※微血描写有


秋の風が身に沁みる。今の時間が夜だから尚更寒さが強く感じた。
隣にいる少女もそれは同じなのか凌統の隣で小さい体を小さく振るわせた。
その体躯に見合う小さな、少女らしい白い手を少しだけ赤くさせて擦り合わせて熱を生ませる。
それでも寒いのか目を細めて「寒いね」と凌統に語りかけた。

「寒いならもう少し厚着してくれば良かったのに。と言うか何でそんな薄着で外に出てるんだっての」
「だって。夜襲なのに厚着なんてしてたら衣擦れの音がしてばれてしまう可能性もあるでしょ?」
「そんな簡単にばれないと思うけどね、俺は。ま、夜襲なのに鈴つけてきた馬鹿もいるけど、それに比べたらまだましか?」

その言葉に少女、名字は苦笑いを浮かべた。
本当、何時何処に居たって隣にいるこの男は皮肉しか言わない。
それが彼らしさではあるのだが、少しだけ嫌だ。皮肉で言われる言葉は何故か人を小馬鹿にしている様にしか聞こえない。
そんな時、寒さに耐えかねくしゃみが出そうになり急いで口と鼻を塞ぐ。
何とかくしゃみの音は最小限に抑えられたが、今は夜だ。音が響く。
敵が宴会でもしていない限りは遠くからの音でも気付く物は気付くし、警戒をする。
これは凌統が言った通りもう少し厚着をしてくるべきだったと名字は後悔した。
だが、そんな後悔をしている暇はない。
国の為に、孫呉の為に一つでも要所を確保して置くに越した事はない。
その任務を寒さに負けて失敗する訳に行かなかった。

国の為、と言うのもあるが名字の父は大都督として孫呉の政治に関わっている。そんな父の顔に泥を塗る真似は出来ない。
手にした獲物をぎゅっと握り直すと、頭にぽんと手が置かれた。
それが隣にいる皮肉屋の男の手だという事を知っている名字は凌統の顔を見上げ、じっと見つめる。

「そんな気張り詰めなさんなって。大丈夫、俺が隣にいるんだからさ。もう少し気、抜きなよ」
「……うん、ありがとう凌統」

それでも体に張り詰めさせた緊張の糸は解けはしない。
視線を獲物を握る自分の手に向けると、手が少し震えている。
これは悴んでいるのか、はたまた武者震いなのか。
傍目にそれを見ていた凌統は自分の言葉が逆効果ではないのを解ってはいたが、少しだけ責任感がない発言をしてしまったと自分の首元に手を掛けた。
首に巻いていたマフラーをそっと名字の首に巻きつけるとそれに驚いた名字は今度はばっと凌統の方に振向いた。
はにかみながら此方を見ている凌統と視線が交わる。
すると名字の頬は段々と赤く上気していった。
凌統のにおいと温もりがほんのりと体を伝う。

「寒いならそれ巻いてなよ、暫くの間貸してあげるからさ」

「それに女の子が首元冷やすのって駄目なんだろ?」とさらりと言ってのける。
確かに凌統は皮肉屋だがこういう気遣いが出来る、何だかんだ言って大人の男性だと名字は思っている。
そんな凌統を名字は大好きだし、ずっと傍にいたいと思っている。
今回のこの夜襲だって彼と二人きりで先鋒を務められる事に喜びを感じていた。
首の後ろで確りとマフラーを結んで貰い、二人は武器を構える。

「そろそろ敵さんの陣地、引っ掻き回してやりますか!」
「そうだね。早く帰ってゆっくり休みたいし、何より早く温まりたい」
「ははっ、名字らしい。んじゃま、行きますか!遅れるなよ、名字」
「勿論!」

二つの影が敵陣地である砦に向かって走り去っていく。
そして目にも鮮やかな奇襲を仕掛け、砦の中に入り込み中を攪乱していく。
敵も馬鹿ではないだろう。何か策を仕掛けられている可能性を十二分に考えながら。


凌統と名字は夜襲に成功した。
その後、機を見計らって到着した本隊・朱然隊が嬉々として火計を、火矢を放ったお蔭で周囲の空気が熱されて暖かい。寧ろ暖かいを通り越して暑い。
陣地確保の為の夜襲だったのに焼け野原にしてどうするつもりだと思ったが歯車の一つでしかない名字がそんな事を進言できる筈もなく、砦内の木造の建物や施設は意図も簡単に焼け崩れていく。
まるで大きな焚き火だ。今度適当な果物でも焼いて食べたいななど見当違いな考えが頭に浮かぶ。
そんな火花がはらりひらりと散る中、名字は息切れを起こして地面に大の字で横たわっていた。
薄着をしているというのに火計のお蔭で暑い。まるで秋から夏に戻った様だ。
そんな名字の顔を遥か上から凌統が覗き込む。

「なーにやってんだよ」
「……暑い」
「朱然殿が思い切り火計してくれたからね。俺も暑いよ」
「それに疲れて立ち上がる気力ない」
「おいおい、こんなとこで寝そべってたら丸焼きになっちまうぞ」

凌統に手を差し伸べられ、寝転がったまま彼の手を取るとその場に立ち上がらせられる。
未だに火が燃えているのかぱちぱちと言う音が鳴っている。
焚き火程度であればすぐに燃え尽きるんだろうな、と思うが一斉射撃された陣地がそう燃え尽きる事はないだろう。燃え尽きるほどの火力で攻めるのも問題だとは思うが。
ふと名字は首元のマフラーの存在を思い出し、首裏に手を回し、結び目を解く。
そして凌統の首にマフラーを掛け返した。

「そうだ、これ返す」
「もう良いのかい?」
「言ったでしょ、暑い」
「本当自由気ままだね、あんたも。寒いとか暑いとか好きに言っちゃってさ」
「体調に関係する事だもん。素直に主張しなくちゃ」

そう言い返すと凌統は「はは」と少しだけ腹を抱えて笑う。
その様に怪我でもしたのではないかと身構えるが、孫呉手練の将がそう簡単に傷を負うだなんて考えられない。
頬に付着している血も恐らくは敵の返り血だろうと名字は極々小さく息を吐いた。
すると凌統はまだ名字に手を差し出している。
片手には彼自身の武器である三節棍を握り、肩に掛けている。

「さ、帰ろうか。早く戻ってゆっくり休みたいんだろ?」
「うん」

差し伸べられている手に指先から手を重ねると凌統は少し驚いたのか肩をピクリと振るわせる。

「口では暑いって言ってたけど随分手は冷たいね。こりゃ大変だ、早く戻らなくちゃね」
「え、ちょ、うぎゃあ」
「何、今の"うぎゃあ"ってさ」

うぎゃあとも言いたくなると名字は頭を抱える。
名字の足は宙に浮き、その体は地面に接している場所は皆無だ。
いきなり凌統に横抱きにされて、そのまま孫呉の本陣の方に向かって走られては誰だって驚くだろう。
「確り首に腕回して捕まってなくちゃ、振り落とされるぜ?」なんて耳元で言われてどきりとする。体中の血液の循環が早まっていって体温が自然に上がる。
凌統の言葉通り首に確り腕を回し、目をぎゅっと瞑った。
この暑さは秋の物ではない。春の様な暖かさだ。

「早く、秋来ないかな」
「何言ってんだ。今が秋だろ」
「だって、暑すぎるんだもん。……凌統の所為で」
「何で其処で俺の所為になるんだっての」
「さーあね!あーやだやだこれだから無自覚は!」
「何だよ」

そんな言い合いが出来るのも今の内だと、名字は心の奥底で悲しく笑う。
この気持ちが冷めてしまう頃にはきっと秋が来てしまうだろうから。

「本当、素直じゃねえの」
「皮肉屋の凌統にだけは言われたく無いけどね」


此処が秋だと思ってた





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -