「さっっむ!」
「そりゃもう、秋だし?」
「妙に冷めてんなー。秋だから?」
「それは相手がリエーフだから」
「うっわー全然意味分かんねー」
「てかロシアって寒いじゃん。耐性無いの?」
「俺は日本生まれ日本育ち!」

あと、ロシアにも暖かい場所はあるからな!とリエーフは付け加える。まあそうなんだけどさ。なんとなく、イメージっつーの?ぶつくさ文句を言いながら隣の彼は両手を口元へと持っていき、はーっと息を吐いた。そこまでするか。大体、さっきまでやっていた朝練で体は十分に温まっているのでは?リエーフくんよ。それとも、うっすらとかいている汗がひいて寒いとか、そういう話なのだろうか。ホームルームの終わりを告げる鐘が鳴る。一時限目はなんだったかなあと思いながら、スマートフォンをカバンの中に投げ込んだ。あ、思い出した。現文だ。

一時限目の現代文は抜き打ちの漢字テストにしてやられ、クラスの全員がぶーぶー文句を言っていた。リエーフもその一人で、大の漢字嫌いである彼にとってこの抜き打ちテストは相当に堪えただろう。ただでさえ普段のテストも出来が良いとは言えないのに。挽回の余地なし。机に突っ伏してふて寝しているリエーフにご愁傷様でございますと心の中で合掌する。あまり構わない方がいいなと早々に判断した私は手元のスマートフォンに視線を戻した。すると突然教室のドアがガラリと開いて、灰羽!と元気良く入ってきたのは1組の犬岡。リエーフには劣るが、彼もまた185センチと長身なので、目立つ。

「前言ってた最新巻、持ってきた!」
「!?マジかー!」

途端、さっきまでの不貞腐れしょぼんぬモードはどこへ行ったのやら。キラリと言うよりギラリと目を光らせて犬岡から漫画が入っているのだろう袋を受け取るリエーフ。犬岡と目が合うと「久し振り!」と爽やかに笑顔を振りまかれた。元中が目の前にいるというのは少しだけ気恥ずかしい。うん、久し振り。と返すと、リエーフはハテナマークを浮かべていた。事実でもなんでもないめんどくさいことを聞かれる前に後で説明しておこう。任務を遂げて自教室へ戻ろうとした犬岡は、何かを思い出したのか「あ!」と声を上げる。

「何ほしい?誕生日」
「おいなりさん!犬岡の母さんめっちゃうまいって聞いた!」
「オッケー!」

今度こそ自教室へ戻っていった犬岡は小さな嵐みたいだった。他にもこの教室にはわいわいしている人たちで溢れているというのに、しーんと静まり返ってしまったような雰囲気が私とリエーフの間に流れる。しかしリエーフはそんなのどうでもいいと言わんばかりに、若干興奮気味に袋の中を漁っていた。袋の中からそれを取り出し、どひゃー!という効果音が付きそうなほど嬉しそうに漫画を見つめているリエーフ。あんたほんとに高1か。

「そーいえば」
「ん?」
「さっきの話。誕生日なんだね、いつ?」
「今月の30」
「はぁ?」

30って、もしかしてもしかしなくても来週じゃん。てか次の日ハロウィンじゃん。リエーフってそんな日に生まれたの、なんだかすごいね。誕生日パーティーとハロウィンパーティ一緒くたにしてわいわいやったりしてんのかなぁ。それはそれで、ちょっぴり羨ましい。…ってそうじゃなくて、来週?やばいなータイミング悪すぎ。給料日来月だし…プレゼントに漢字ドリルでも買ってやろうかと思ってたのに、買えないじゃん!

「なんでそれもっと早くに言わないかなー」
「ご、ごめん…?」
「プレゼント買えないかも」
「マジか!いや別にわざわざいいけど!」
「んじゃあプレゼントはわたしーなんつって」
「えっ」
「えっ?」

おい、ちょっと待て。なんだその嬉しそうな表情は。女子みたいに顔赤くさせて、驚きながら嬉しがるな。冗談だよとは言えない雰囲気である。第一、リエーフと私はそんな関係になるような間柄ではなかったはずだ。今のだっていつものリエーフなら「うわー!死ぬほどいらないな!」って無邪気に笑いながらぐさぐさ心に言葉を刺してくるのに。そもそも、あんな私の言葉にそんな態度を彼が取るということは、自惚れとか言っている方が鈍感以前にバカみたいな。

「欲しい」
「えっ」
「言ったからには、有言実行するだろ?」
「えっと…」
「返事」
「は、はいっ」

リエーフと私はそんな関係になるような間柄ではなかったはずだ。ノートに落書きをしたら倍にして返されて、授業用のノートに青のペンで落書きしやがったんだよ、リエーフのやつ。この恨みは一生忘れないと心に刻んだのが記憶に新しい。
登校途中に秋の代名詞でもある石焼き芋を売っている車を発見して、急いで引き止めて一本買った。教室でそれを食べていると、横からリエーフの長い腕が伸びてきて、焼き芋を掻っ攫っていったのだって忘れない。男女の友情はアリだと思っている。私が一番仲がいいと思っている男子は間違いなくリエーフで、またリエーフも、私のことを女子の友達という枠組みで見ていると思っていた。むしろ彼は恋愛に興味なんて微塵もないんだろうなと思っていたほどで。私は彼をそういう対象として見たことなど、一度もなかった。

というのに、なぜだか心臓はどっくんどっくんとかつてないほどに音を立てて動いている。この状況は理解ができないのだけれど、つまり、本当に有言実行をする羽目になったと、そういうことですか?


幸せが心臓を食い千切る





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