聞こえない届かない好きの声は胸中に響く

鼓動が早くなる。
それに合わせて、次第に、少し駆け足で、見つけた後ろ姿に近づく。


「白石さーん!はよっす」
「おぉ、切原クン、おはようさん。朝会うなんて珍しい偶然やなぁ」
「、そーっすね」

毎朝、少しはやいこの時間に彼が軽くジョギングをするのだと幸村部長に教えてもらって、何度も寝坊したけれど、今日やっと早起きができた。
いつもより澄んだ空気と、キラキラと白石さんの髪に木漏れ陽が降り注いで綺麗だ。
偶然、じゃないのにそう言われて少しドキッとした。バレてないかな?

会う度に、好きだなと思う。この人のこと。難しいことはあまり考えられないけど、好き。
なんていうか、見てもらえた気がした。俺っていうそのものを、この人は受け入れてくれる。そんな気がした。
ずっと一緒に過ごした先輩たちよりもすんなりと、俺を丸ごと、白石さんは受け止めてくれた。
叱らず、押さえつけず、馬鹿にしないで、こんな俺をいつも褒めてくれる。
優しい色の瞳とか、穏やかな言葉とか、全部、

(好き。)

胸の内側で溢れる。俺の中だけに反響する。壊れそうなくらい体内で暴れまわる。
心の中で叫んでも、聞こえやしないのに。届かないのに。
だけど、もしかしたらって。白石さんなら、なんて。

また俺のこと、見つけてくれるんじゃないかって思ってる。



「ん〜…どうすりゃいんだろ…」

トレーニング終わり、もうすぐ日が沈むであろう空が綺麗に見える宿舎の裏でぼうっと呟いた。
どうにもなんないのに。
お前じゃどうにもできない、もう一人の自分がそんなことを言いそうな気がした。
柄にもなく大きな溜息を吐いて、もう部屋に帰ろうと思った。

「あれ?切原クンやんか、どないしたんやこんなところで。」
「ぇ、あ、し、白石さん!?」
「驚かせてもうたな、なんや練習終わってから見かけへんかったけどこないな場所で何してたん?」
「や〜別になんもないっすよ、ちょっとぼーっとしてただけで」
「なんや、悩みでもあるんか?」

アンタのことが好きで悩んでる、なんて、言ったらどんな顔すんのかな。
言えないけど。

「そういうんじゃないっすよ!ていうか俺悩んでたら頭痛くなるから無理っす」
「ははっ、ほんまおもろいなぁ切原クンは」

もうほとんど夜に近づいた空が俄かに放つオレンジの光が、ミルクティー色の髪に透けて見えて綺麗。
時間が止まってしまえばいいのに。
好きだなんて言えなくて辛い気持ちも、この綺麗な人が居る世界で止まってしまえるなら。

「せやけど体冷えるで。風邪でもひいてもたらあかんし、はよ部屋戻ろな?」
「ぁ、はい」

もう少し、一緒に話していたい。それすらも言えない。
一歩も踏み出せないままだ。
後ろ姿を見つめて、置き去りにされそうな気持ちになる。ねぇ白石さん、俺ここに居るの、ちゃんと見えてますか?
やっぱりアンタも俺のこと、置いてっちゃうのかな。
俺の視界は気づけば、薄暗い足元になっていた。


「切原クン?どないしたんや、なんか変やで?やっぱ体調でも悪いんか?」
「、ぁ…」

泣きたくなる。こうやって、気づいてくれるから。
期待する。やっぱり、もしかしたら、って。

「や、ホント、なんでもないっす」

俺、今ちゃんと誤魔化せてんのかな?
気にかけてほしいみたいな、構って欲しいみたいな、そんな顔してないかな。
もう自分でもわからないくらいに、アンタが居ると周りが見えない。
胸が、痛い。鼓動がずっと、好きだって叫ぶ。

気づいてよ、って。
そうすると、他力本願な弱い奴だな、頭の奥で俺が言う。
そこで俺は現実に引き戻されて、いつもみたいに笑えた気がした。



「ほな、風邪ひかんようにあったかくして寝るんやで?おやすみ」

白石さんは部屋の前まで送ってくれて、そう言って去って行った。
部屋に帰るなり財前に、

「なんでお前が白石部長に送迎されとんねん」

なんて言われたけれど、今日はそれに何か言う気にもならなくて、一言「別に」と答えた。
いつもみたいに噛み付かない俺に財前もそれ以上何も言ってこなかった。

どんなに気にかけてくれたって、優しくったって、きっと片想いで。
それに、この合宿が終わってしまったらもう離れ離れになる。大阪なんて遠すぎる。
そばに居られるだけで、なんて健気な思いもそこで消えてしまう。
わかってるのに期待してる、結局ほんとはわかってなんかないだけだ。俺はやっぱ馬鹿だ。
日に日に黒いドロドロしたものが増えてく。いつも俺を蝕んでた何かがまた湧いて出てきた。白石さんが蓋をしてくれたはずのそこから。
また俺は駄目になってく。

気づいて、…気づいてよ。

ベッドの天板がぼんやり歪んで、顳かみを涙が伝う。あぁもうほんと、馬鹿。
はやく寝よう。明日だって朝からキツいメニューやんなきゃいけないんだし。意識をどうにか違うとこに持っていって眠った。




やっぱりよく眠れなかった。いつも俺が起きる頃にはベッドにすら居ない日吉と海堂もまだ寝てる。
時計を見ると4時を少し過ぎたくらい。いつもならできる二度寝もなんだかできそうにない。ため息吐いて、一応同室の奴らが起きないようにこっそり立ち上がって部屋を出て、しんと静まり返っている冷えた廊下を洗面所の方へ歩いた。

全身が冷える。空気を吸うと肺まで冷たくなったような気がする。
気分もそれに似ていて、このまま凍えて死んでしまえるような気さえした。

「こんな程度じゃ死なねーか…」

さすがに馬鹿な俺だって、そんなのわかってる。
睡眠不足も相まって、考えるのも落ち込むのも面倒くさくてボーっと薄暗い窓の外を眺めた。
他の奴が起きるまで何をしていよう。
先輩たちに早起きしたの見つかったらからかわれそうだから部屋に戻って寝たふりしてようかな。けれど布団の中で丸まったところで、昨晩と同じことしか考えられそうにない。
考えっぱなしで頭痛い。考えたくないのに止まらない。もうやだ。

「…切原クン?」
「ぅ、え?」
「どないしたんやこんなはよぉ起きて」
「あ、いや〜ちょっと、寝れなくて」

冷え切ったと、思ったのに。
その声が、鼓膜を揺らしただけで体中の血液が沸騰したみたいだ。
どうして、なんで、いつも起きてるから?

「やっぱり、なんか悩んでるんちゃう?」
「…」
「俺には言えへん?」
「え、と」

そんな顔されると、胸が痛い。でもじんわり暖かい。言ってしまいそうになる、好きだって。好きでつらいって。
でも駄目だって、何か言って誤魔化したいのに、なんて言えばいいのかわからず口を開いては閉じるだけ。目も泳いでて、隠し事バレバレみたいな感じ。
話せない、けど、それは信頼してないからとかそういうのじゃなくてって、そんな感じのこと言いたいのに、それもそれでいいのかよってわけわかんない議論が頭ん中で繰り広げられてる。

「まぁ…無理には聞かへんけど、俺が聞けることならいつでも話してな」
「、はい」
「ん、ほな部屋帰ってもうちょっと寝とき、横になってるだけでも起きてるより体休まるで」

そう言って、ぽんと叩かれた肩が燃えたみたいに熱い。
さっきまで考えてたことなんて一瞬で真っ白になって、俺は言葉さえ忘れたみたいになって無言でただ頷いた。

ふわふわした気分で部屋に帰った俺は布団に入るとそのまま眠ってしまいほぼいつも通りに寝坊した。



心配しないで、気にかけないで、そしたら期待しないのに。
だけどそんなふうにしてくれるのが嬉しくて、どうしたらいいか全然わからない。
そんな俺にさえ気づいてほしい。

聞こえない、届かない、心が叫んでる好きに、気づいてよ。白石さん。








+++*

白赤…白赤ぁあああああああ。
馬鹿アホ全開な赤也も好きだけど、悩んでわかんなくて弱気になる赤也も良い。やっぱり良い。
そして白石はストーカーかってくらいのミスターグッドタイミングです←
違うのよほんとは白石だって赤也のこと気にかけてて心配で眠れなくていつもより早く起きたんだよ(知らんがな)
なんかお互いに変な一線引いちゃってるといいね。

東.京/女.子/流の鼓.動/の/秘.密を聴きながら書きました。
とっても可愛い曲なので。もう、白赤で書きたくて。なんか違う感じに仕上がりましたが←






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