NOVEL | ナノ

 珈琲と紅茶

時計は深夜の2時を指す。
いつの間にかうつらうつらしてしまったらしい。
自分のこめかみを強く推して刺激するも見える世界は依然ぼんやりしているが、どのみちこれくらいで覚醒するとは思えない。
ただ自身を痛めつけるごく軽度の自傷行為と、目の前のカフェインの誘惑。
今夜もそれにのまれるべく、無機質な缶に手を伸ばす。



ローカフェイン・ミルクイン
珈琲と紅茶味のラストスパートを君と




と、その誘惑に手が触れる直前で、不意に目前の缶が持ち上げられる。
そのままさっとすり替えられ、代わりに置かれたカフェオレの缶。
赤司はそれを手に取りながらこの地異を起こした天上の主を仰ぐと、視線の先に見慣れた紫色。

およそ深夜2時には似合わないほど晴れやかに、にこーっと笑う紫原と、それを見て、ああ昨日はそのままうちに泊まったんだっけ、くらいの認識しかできない自分。これだから低血圧はいけない。
体が、脳が、未だに眠っているのだ。消費電力を最小に抑えたエコモードの状態では、もちうるスペックの10%ほども使用できない。
元に戻るにはやはりコーヒーのカフェインが必要なのだけれど、赤司が普段机の上に常備してあるブラックの缶コーヒーは紫原の手に。自分の前には、これもまた深夜には似つかわしくない、甘そうなカフェオレの缶が佇んでいるだけである。
コンビニか自販にでも行ってきたのだろうか(うたた寝してしまった赤司を一人置いて?)。
赤司の指先に触れたそれは熱いくらいで、温製缶飲料特有の温かさを保っていた。

缶から指を離しながら恨めしそうに見上げると、視線が合う前に飄々とした声が天上から舞い降りる。

「ブラックは胃を荒らすって言うよー?赤ちん疲れてるんだし、駄目駄目。」

「紫原…、」

いっそ神々の戯れとも思える、緩いお告げだ。
決して強い語調ではなく、のんびりとした発音が未だ眠気覚めやらぬ赤司の耳に心地よい。
手に取ってつい開けてしまった広口タイプの飲み口から、普段とは違う甘く柔らかな香りがふわりと漂ってくる。
優しい紫原の声音と、甘いカフェオレの香り。それだけでまた眠ってしまいそうになるのを何とか奮い立たせ、上目で紫原を見やると今度は視線がかち合った。
寝起きでもはっきりそれと認識できる、特徴的な目のライン、にこっと笑ったその口元。 
出会って間もないころはまだ幼かった顔立ちも、最近はだんだんと線がはっきりしてきたこともあり。
スペックの著しく低下した脳にさえ、一目でそうと分かる程度に男前。

温和な口調で撫でられる聴覚とは反対に、視覚の破壊力はすさまじい。
思わず頬に赤みがさすのを、眠気ゆえと思ってくれるだろうか。
低血圧の赤司の頬に、じんわりと血が戻ってくる。
そんな赤司の表情がコロコロ変わるのを、紫原は楽しげに眺めていた。

「カフェインは乳製品と一緒に取ると効かないんじゃないか?」

「んー、起きてるためってなら、赤ちん俺が起こすから良ーし。胃に何か入ればとりあえず体は起きるし、糖分取った方が頭は働くよー。」

(…お前、さっき俺が寝てた時どうしてたんだ?)

(んー?一緒に寝てた。)

(…頼もしいな。)

(大丈夫。もう起きてっし。)

紫原が自分を起こすというのなら、その存在はさながら目の前のカフェオレだろう。
決して胃を荒らすことはないが、含んでいるカフェインの影響も弱い。
その温かさと、安心感を与えてくれる柔らかなミルク色にいっそ溶け込んでしまいたいと思う。まあそれは低下した脳のスペックのせいにして、赤司はカフェオレを口に含んだ。
広がった香ばしさと甘味、さすがに錯覚だと思うが(どんな成分であれそんなにすぐには吸収されない)幾分か覚醒した視界にブラックの缶コーヒーが映る。
無糖・乳成分無の缶コーヒーを、紫原が手に持っている図。
知らない者が見ればそれだけの図なのだが、紫原をよく知る赤司が見ると、その絵は違和感たっぷりで滑稽だ。
それを見て自然と頬が緩むのを、赤司は隠そうとはしなかった

本来ならば絶対に、彼にチョイスされるはずのないその飲み物。
真っ黒で苦くて、甘さ0%のその液体。

「俺はこれをもらうとして、…それ、どうするの?」

ブラックなんて飲めないだろ。

ついからかってみたくなって、飲めない、と言ってみる。
飲まないと言えば問題はなかったが。

「飲めなくねーし!」

途端に不機嫌になる、その単純さを可愛いと思う。

知ってる。でも嫌いなんだろ?と言えばしばし困った表情。
手にした缶コーヒーを眺め、たっぷり使った12秒。

「後で…牛乳と一緒にあっためて、…飲む。」

まだ開けていないのだから、そのまま置いておいても良かったのだけれど。

「じゃあ、作ったら俺にもちょうだい。」

「おけー。」

また喉が乾いたら作らせてね、と言う彼の前には缶入りロイヤルミルクティ。
なるほど人の家の台所を勝手に使うのが気が引けたのか。
完全にカフェインの効果を台無しにしたその飲み物で、とにかくどこまで起きていられるか見物だ。

気付けばずいぶん赤司の目は覚めていた。いつもの感覚が戻りつつある。

少しうつらうつらしてしまった数時間を取り戻すためには、さあ、これからが勝負だ。

「じゃあ、残りを仕上げようか。」

「おー!」

最近部活と試験勉強ばかりで、各教科の課題をおろそかにしてしまった。

提出期限は来週いっぱい、早いもので明日の放課後。

なら今日のうちに仕上げてしまおう。

「赤ちん寝ちゃだめだよー?」

「(何度目だ…5分おきに言わなくても///)…人のことより、お前美術の提出物もまだ出してなかったんじゃないか?デッサン画。」

「げ!なにソレ忘れてた!デッサンて何―!!??」

(俺は出したぜ。将棋盤のデッサン。気に入ってた対局の終盤。)

(…あーもー良ーし。赤ちん描くし。)

(…やめろ、それはやめろ。ヤメテ。ハズいから!///)

「…ぉ、お菓子の袋とか良いんじゃないか?///」

「あーそれなら(描けそーかも)。」

「だろ…///(びっくりした!)」

「ていうか、先生違うし赤ちんより俺提出物少ないもん。大丈夫いけるっしょ。」

「はいはい。」

それじゃ、

「「ラストスパート!」」



ローカフェイン・ミルクイン
珈琲と紅茶味のラストスパートを君と




(このまま朝2人で学校行ったらさ、どーはんしゅっきんみたいだねー?)

(!!??…っ///っぇ、ど…///、っ///)

(…赤ちん免疫なさすぎ…。…いーか、無くても。)

end.

朝コンビニでブラック缶コーヒーを手に取った瞬間に、「赤ちん、ブラックは胃を荒らすよー、駄目駄目。」のセリフが浮かんで出来た話。
そしてその日はブラックを買うの止めた←う゛お゛ぉぉい!

精神的に紫赤、関係は紫+赤くらいの2人が大好き。
キス1回するより、365回のハグしてる方が大事な2人で良い。
身構えた「あいしてる」より、1日10回の「だいすき」、が、良い。
特に何もなく同じ夜を過ごしてていい。
寝ても覚めても離れていても。


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