NOVEL | ナノ

 そこにきみを

学年末試験が終わった。あとは試験返却と、消化試合気味の授業が残り少し。
とはいっても続く春休みもずっと部活なのだから、生活のリズムはほとんど変わらない。
朝5時に起きて、準備して、朝練。
…試験は終わったのだから、深夜に起きて早朝にかけて勉強する、という時間を作らなくてもよくなったのに、体がまだいつものリズムを取り戻せていない。
そんな、暇を持て余した午前2時。



君が来ることを期待しているわけじゃない。
ただそこにきみをかんじられるようなきがしてあしをはこぶぼくをきみはわらいますか?




関東には春一番が吹いたらしい。
天気予報でぼーっと関東の様子は耳に入ってくるが、基本ここでは天気予報は秋田中心に行われる。
先日は雪が降った、今日は晴れた、先月の雪は27年ぶりの大雪で…と一つ一つ詳しく知っているその情報は、一人息子を寮にやった母親の、寂しさからだろう毎朝送られてくる短いメールから得たものだ。
紫原はそれに毎夜一つ一つ短い返事を送り、束の間家族を思う。

れんしゅうつかれたまじめんどー

ねむいてすとちかい

ゆき2めーとるくらいつもった(これふつうだって)

きょうのゆうはんおいしかった

眠そうな絵文字と、そして一言、ママちんパパちんおやすみ。

ここ数日メールをする相手は家族だけで、日中は全く反応しないスマートフォン。
それでも電池の減りが異常だ。
後は一週間に一回程度、赤司に電話をかけるのだけれど、今はお互いに試験期間だったから見合わせていた。
今日はもうかけても良いだろうか?洛山の試験期間は終わってるんだっけ?
いや、それにしたって今は深夜2時。赤司はもう寝ているだろう。
起きていたとして、あるいは起こしてしまったとして、この時間に特に用もないのにかけるのは、あまり常識的ではないな、と呆れる赤司の声が想像できる。

…その想像だけでも良かった。
紫原は、周りが静かすぎるという理由で、それ以上にあるトラウマのせいで小さい頃から深夜の二度寝は苦手なのだが、寝てみようと試みるのも悪くない。
今日は、赤司の夢が見れそうだ。
だが、ベッドに再び潜りこみ微睡もうと試みたとき視界に一枚の広告が映る。

「…」

紫原はそれに手を伸ばすと、再び充電器につないだスマートフォンを手に取った。



携帯のときと変わらない、アナログなコール音。
それを耳に、もう一度鮮やかな広告を眺めた。
たまたま今日寮の新聞コーナーで見つけた、地元のデパートの広告。

明日から京都物産展が始まります。

と、ふつっとコール音が消え、文明の利器の向こう側から、四次元越しに聞こえる息遣い。
まさかつながるとは思っていなくて、咄嗟に何もしゃべれなくなったのを疑問に思ったのか、二回ほど聞こえた息を吸う音と息を吐く音(あかちんが、こきゅう、するおと)の後に、“敦?”と名前を呼ぶ不思議そうな声。
その声で1%くらいは生じかけていた眠気も、呪縛も全部吹っ飛んで、
体は秋田にあるのに、聴覚だけ息遣いだけ、赤司の傍に飛んで行ってしまったようで、ふわふわした気持ちがして、それが中々落ち着かない。
思わず上ずった変な声など上げていないといいのだが、こんな時間に結局電話をかけてしまった複雑な気持ちが少しと(呆れられないだろうか)、赤司の声が久々に聞けたことによる9割方の嬉しさとがないまぜになって、赤ちん、と呼びかけたはずの自分の声が耳に届かない。
ああ、やっぱり、自分は体だけ秋田に置いて、聴覚だけ京都にいるのだ。

「どうした敦?こんな時間に。」

「…あ。…ごめん、何か、」

「何か?」

「ぁー…とね、」

「…分かった。特に理由はないんだな?」

「…ごめんなさい。」

起こしちゃって。起こしちゃった?消灯時間は過ぎたよね。
電話越し、紫原の沈んだ声に続いた赤司のため息は、だがどこか楽しげで、安堵の音色のようにも聞こえた。

「…赤ちん、?怒ってないんだ…?」

何故だろう、不思議なことに赤司の顔は見えないのに、その表情が穏やかに微笑むのが分かる。
聞こえてくるのは相変わらず、きっと物音一つしない静かな京都の夜と、赤司の呼吸音だけなのに。

「こんな時間に何だろうって、少し心配した。」

何もないなら、何よりだ。

それに、久々に敦の声が聞けたから嬉しかったよ。

「赤ちん…。」

そんなことを言われてしまったら紫原はもう、にへらっと笑うしかない。
それを見越してのことだろう、緩み過ぎだ、と2台のスマートフォンと電波越しに忠告され、だがその笑みは度を増すばかりだ。
深夜に起きてしまったのも、二度寝しようと苦労したのも、…朝、広告に目が留まったのも。
全て随分前のことのように思える。
だいすきなあかちんのこえをきく。
他の何にも代えられない。

「あのねー赤ちん、近くのデパートで、京都物産展やるんだって。」

「物産?…ああ、よくあるな、そういうの。」

こっちではこの前まで、北海道物産展がやっていたよ。

そうなのー?北海道良いよねー、いろいろ美味しい。

「でねでね、広告見てたら赤ちん思い出しちゃった。」

「京都で僕?敦、京都に関する見識が狭すぎないか?」

僕は秋田って聞いても敦のことは思い浮かばないよ?

それはいーの。赤ちんは別に俺のこととか思い出して寂しい思いしなくていーし。

「行ってみよーかなって。赤ちん感じられそうじゃん。」

「…京都の名品に僕はついてこないよ?」

赤司に紫原の挙動が手に取るように分かるのと同じように、紫原にも赤司の行動はお見通しだ。
きっと今頃、目を閉じて頭を左右に振っているのだろう。
呆れた、という表情をして、しかし口角を少し上げているはずだ。
文面に起こすなら、「やれやれ(苦笑)。」といったところだろう。

「えー、でもー、」

さっきからずっと微笑みを通り越したにやけ顔をしているんだろう、紫原に対し、赤司は一呼吸おいてから敦、と呼びかける。
それは魔法の込められたような声音だ。
2台の端末と電波越しに、紫原が大人しくなるのが分かる。

「寂しいの?」

“それはいーの。赤ちんは別に俺のこととか思い出して寂しい思いしなくていーし。”

さすがに耳ざとい。
さっき一瞬だけ、ちょっと流しただけの本音を、赤司は聞き逃していなかった。

「別に、って嘘。寂しい、けど、へーきだよ。」

試験終わったし、結構楽勝だったし。
バスケとか疲れんのヤだけど、皆いるし。
室ちんも福ちんも相変わらずその態度何だー敬語使え―とかうるさいんだけどさー。
でも何かいろいろ気にかけてくれてるみたい?だし。
後は劉ちんがね、まじ面白いし。見てて飽きないの。
あ、でも福ちんもうすぐ卒業だから寂しいかも…。
それ以外はだいじょーぶ。
雪と寒いの以外は、全然。

「そう。」

「ちょっと思っただけー。」

色とりどりの広告の中に、刹那映える赤色に。

小さく可愛らしい中にも意志の強さを感じさせる、凛とした居姿の京菓子に。

記憶の中の君を思い出してしまっただけです。

って言っても、この前会ったの初詣だから、まだ2か月くらいしか経ってないんだけどね。
ごめーん。

「…敦、その広告、今手元にある?」

「あるよー。何々、赤ちん何かオススメあんの?」

「うん。多分出店してるんじゃないかな、可愛いお菓子売ってるお店でね。」



君が来ることを期待しているわけじゃない。
ただそこにきみをかんじられるようなきがしてあしをはこぶぼくをきみはわらいますか?


僕がそこに行くことを期待されてるわけじゃない。
ただそこにぼくをかんじてくれるというのならそこにおもむくきみのためにぼくはせいいっぱいすがたをみせたいんだ。




「また、春休み、皆で集まろうか(僕らだけ交通費かかるけどね)。」

「うん!さんせー!(気兼しなくていーからむしろ好都合でしょー!)」

京都の物産展は、君を連れては来ないけど。

京都の物産展のおかげで、割と早く、君に逢えそうなのです。

end.

むっくんの深夜のトラウマは、成長痛。酷い時期は数か月、夜は眠ることも出来なくて、小学校にも満足に通えなかったこと。
という妄想。
キセキは仲良しになっていて欲しい。


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