NOVEL | ナノ

 11月11日

11月11日の前日、要は11月10日夕刻を前にして。

久しぶりに赤司と喧嘩をした。








多分ポッキー以外のことで頭がいっぱいだった11月11日








今回もちょっとした口論が喧嘩 (…要はあいさつなど必要以上の会話がなくなる、酷いとあいさつもしなくなる)へと発展したそれだが一晩経っても解決を見ず、朝になっても紫原の腹の虫は未だ収まってはいなかった。赤司の方が一足先に折れたにもかかわらず、ごめん、そう言って項垂れる赤司を一瞥することすらせず、既に身支度を整えていた紫原は朝食の用意がされてあるテーブルに背を向け玄関に向かった。
靴ひもを結んでいると後ろから「敦、…あの、」と躊躇いがちに小さく声をかけられたが、無視を決め込んで鞄を肩にかける。朝食、いらなかったか、…?と聞こえた気もしたが、それには構わず玄関のドアノブに手をかける。

「…」

「赤ちん、」

「!、何、だ…?」

無言のまま瞬間振り向くと、俯いてしゅんと項垂れてしまった赤司が視界に入る。
自分にだけ…自分に関することに関してだけこんな風にころころと不安げだったり喜んだりと様々な表情を見せる赤司が愛おしくて仕方ない。…そう実を言うと、正直なところ紫原の怒りはとうに収まっていた。だがこのまま自分が折れるのも、そう簡単に赤司を許すのも癪で、ただそれだけで未だ怒ったフリを続けていたのだ。
いつまでもそっぽを向き続けていれば再び赤司も腹を立ててしまうかもしれない。少しだけ…とは思いつつ、しかし落ち込んだ赤司の可愛い顔を冷静な頭で見てみたいという思いのまま、紫原は朝になっても態度を軟化させることはなかった。
従って、頭はcool、態度だけが未だ静かな怒りを内に秘めている(風を装っている)状態で赤司を見ると、思った通り、もしくはそれ以上に可愛らしくある。思わず頬が緩んでニヤけそうになるのを堪え、紫原は赤司へ向き直る。
顔を上げしばし紫原の目を見つめていた赤司は数秒の後に気まずそうに視線を逸らし、再び俯いてしまう。その姿があんまり可愛くていじらしくて、紫原は堪らず、だが悟られぬよう密やかに笑った。

「…別にもういーし。まだ許してねーけどいーし。」

「…敦…」

可愛い声で可哀想な姿で上目遣いになったって駄目。
だってもう紫原の理性は別の方向へ進んでいる。自分も悪かった、赤司を悲しませるなんてしたくない…と我に返る賢者タイムはとうに過ぎ、今の紫原を動かしているのはごくごく純粋な悪戯心であるから簡単に崩れることはない。
不安げな赤司を視界の端に捉えつつ、…今日はそのふわふわつんつんの猫っ毛をくしゃくしゃと撫でられないのをさすがに残念だと思いつつ…、くるり振り返りレバー式のドアノブを下げた。
かちゃりと音がすると、一際赤司がしゅんとする。その姿は大層可愛かったのだけれど何故だかとても気分が悪い。落ち込ませれば落ち込ませるだけどんどん自己嫌悪に陥ってしまいそうな気がして紫原は慌てて首を振った。

「あー…もー別に良―けど。…赤ちん気にしてんなら、今日俺の欲し―の…やって欲し―の、用意して待っててよ。」

今日赤ちん帰るの早い日でしょ?
言うとしばらくぽかんとした顔で赤司は紫原の顔を見上げていたが、すぐに再び戸惑った顔を覗かせた。恐らく紫原の真意が分からないのだろう、何のことだろうと顔に書いてある。
無論素直に応じようという気はせず、意地悪は続行中だ。世俗のことには物知らぬ純朴な、あるいは世を知らぬ赤司にヒントを与えて考えさせることにした。彼はそのヒントからおおよそのことを掴むだろうか、それとも日付の意味をそのまま取るだけだろうか。
後者であると紫原は予想しているし、またそれでいいと思う。けれど今日一日、彼の思考を自分で埋め尽くしたい…いくら頭はいくばかcoolになったとはいえ、浅はかな独占欲を抑える術を喧嘩後数時間の紫原は持ち合わせていなかった。

「今日が何の日なのか考えてよ。そしたら分かるし。俺の言いたいこと。」

やって欲しいこと。

「…?」

戸惑うだけだった、不安だけだった赤司の表情に少しの希望の色が見える。余程張りつめていたのか、少し緊張が解けたように寄っていた眉根が戻るのを複雑な気持ちで眺めてから、紫原は外に出た。
ドアの前に残された赤司がどういう結論を出すのか…もしかしたら帰った時には既に赤司の方がいい加減怒りの沸点を迎えていて、紫原が平謝りしなければならないという状況も考えられなくもないのだがそれはさておいて、罪悪感にも囚われつつ紫原の心は自然と高鳴った。








「…で…」

「…」

「…これ…」

「…あ、のな…」

「うん…」

「調べたんだ、が…」

「うん…」

その夜、帰宅した紫原が目の当たりにしたのは丁寧に整えられた夕餉の席。
そしてお揃いのランチョンマットの上に規則正しく配膳されたごはん、玉ねぎのみそ汁、きゅうりとかぶ香の物、副菜にだし巻き卵と大根サラダ。
そしてメインに焼き鮭と、横に添えられた苺のポッキー。

「…ええ、ぇ、と…」

「…今日…だから、で、その…」

今日は箸の日で、鮭の日で、ポッキーとプリッツの日で…

赤司の口からポッキーとプリッツという単語を聞くのはもしかしたらこれが初めてかもしれない。軽い感動に囚われ、しかしもそのちぐはぐな見た目に目が点になる。
赤司の方もこの取り合わせはとんでもないと分かっているようで、だが彼にとっては精一杯のこれなのだろう。やりきったという一種爽快な心持ちと、いわんやこれで良かったのかおやという思いが交錯しているのが表情から読み取れる。
それを無碍に出来るほど、今の紫原には怒りの感情もこれ以上赤司をからかおうという悪戯心も残ってはいなかった。
期待に添えなかったのなら申し訳ない…放っておいたらそんなことを言い出しそうな赤司の頬にちゅと口付けし頭をわしゃわしゃと撫でまわす。朝にはお預けだった感覚に、幸福感に包まれたのは何も紫原だけではないようだ。

「敦…///」

「ごめんね…昨日だって…俺色々酷いこと言ったし、考えてみたら何にも言わないですぐ拗ねちゃって俺も悪かったし…。それに朝俺もーそんな怒ってなかったの。…可愛い顔で困ってる赤ちん見たくて意地悪した…」

ごめん。

正直喧嘩どうこうよりも遥かに叱られて然るべきな行為だが、赤司はその懺悔にも柔らかい微笑みを返すだけで言葉にしては一言だけ、「良かった、」と返した。
なんと愛らしいのか慈悲深いのか、逆を言えばそれほど不安の内に取り残していたのかと自己嫌悪に陥る紫原の頭をよしよしと撫で、赤司は昨晩以来の笑顔を見せた。

「ううん、良いんだ…。俺も、ごめん…」

「ごめんね…。…えへー…仲直り?」

「うん。仲直り、」

だな、と語尾を引き継ごうとしたかは分からないが、珊瑚色の唇を塞いで堪能した一晩振りの感覚。反射的に一度は怯えたように引っ込んでしまう小さい舌でやがて紫原の舌を這い、口内へと侵入を果たそうとする健気な様子が好きで、いつだって紫原は待ちの姿勢だ。彼のやりやすいようにと少し誘導はするけれど、それ意外は赤司の好きなようにさせる。その方がきっと彼も気持ちが良いのだし、自分の容赦ない舌遣いに息苦しくもならないだろう。

「っは、」

リップ音は忘れなかった。
しばらくの後に唇を離し、見つめ合うとどちらともなく笑った。険のない紫原にもう一度、赤司は「仲直り、」と言った。





「…で…」

「…すまない、その…」

「うん〜…良いし、良いし…精一杯考えてくれたんだよね、」

俺、幸せだし。

そうだ。元より赤司が一日中自分のことを考えていてくれたら…との浅慮で張った意地。これをそのまま悪戯と呼ぶのでも望みと呼ぶのでも、大成功と言えるだろう。赤司がどんな表情でこれを用意したのか、どんな想いを自分に抱いていたのか…、

(あ、マズい…)

悪戯心が形を潜めてから、代わりにむくむくと湧き上がった情の欲に紫原は慌て、首を振る間も惜しみ再び珍妙なメニューに視線を戻した。落ち着け、と…さて自身の下半に果たして言葉は通じるのかと煩悶しながらも、紫原は意識を何とか夕飯へと向ける。
その内少しながら落ち着いてきた頃合いで赤司を見つめ、安心させるように笑いかけた。

「お箸の日ってのはなんとなく分かるけど〜、シャケの日なの?で、シャケメインで和食???」

「…そう…鮭は漢字で魚へんに十一十一って書くだろ…だからだって…」

「へ〜〜〜!確かに!赤ちんすごい!」

素直に感想を告げると、赤司は少し頬を赤くした。
その色がシャケのようだと紫原は思った。そんなことを言えばまず間違いなく"からかうな、"と返されるところだが、一理はある。元々鮭は白身の魚であり、食す生物の色素によりあの鮮やかなピンク色が生み出されているのだ。だとすれば、普段から白磁の肌を持ちそれがときにパッと珊瑚色に染まる彼の肌をそう表現しても間違いとは言えないのでは?

「でも…敦が何を欲しがってるのか…分からなくて…。いや、本当はお菓子関連だって、ポッキーのことだって思ってたんだが…確証がなくて。それに、敦、やって欲しいことって言ってたから…」

詰め合わせでも買おうかと思ったけど、違うような気もしたし…。

成る程赤司に出来る最大限の判断である。安全策として用意された箸とシャケだけれど、副菜も含め紫原の好きなメニューなので大歓迎だ。
それ以上に、やはり今日一日、この赤司征十郎という人が自分のことで頭を悩ませああでもないこうでもないと考えあぐねていたという事実が、予想を遥かに上回る勢いで喜びへと変換される。体の底から感じる歓喜と少しの罪悪感に自然と紫原の体は震え、それを隠すために赤司をきゅうぅと抱きしめた。圧迫されて苦しいというより擽ったいらしい赤司が身を捩ったが、数秒はキープした後離れる。未だ心の底は感激の念でいっぱいだったけれど、体の震えは治まっていた。

「して欲しかったってのはね、こーゆーの…」

「?」

「赤ちん、端っこ咥えて?」

そう言って紫原が差し出したポッキーの苺色の先端を赤司が咥えると(そこで以前赤司がポッキーの柄の部分が好きだと言っていたのを思い出した。が、まあ良いかと目を瞑る)自分は反対側を咥え、戸惑いがちに見上げる赤司に目線だけでにこり笑いかけると食べ進めていく。
やはり聡い人だ、ポリ、ポリと規則正しく3回ほど齧ったところで委細承知した様子の赤司は、目を閉じ紫原に倣う。
半分より赤司側で終わったそれはゲームにはならず、ぴたりと唇が触れたところで完了したので紫原はああ、そうだと自分の浅い思いつきに笑った。
罰ゲーム、ネタゲームの定番ではあるけれど、恋人同士なのだから、ましてや周りの目もない中で行っているのだから成功して当然だ。
それでも再び触れ合った赤司の柔らかな唇の感覚に、朝方提示した際は悪ふざけの延長でしかなかった紫原の心は満たされていく。

「これ、ポッキーゲームってゆーの。」

唇を離し、おざなりな咀嚼の後嚥下するのは造作もないことだが、いつまでも味わうように(紫原から口移し、という訳ではないのだけれど)咀嚼を続ける赤司に告げる。彼は恐らくこれが、悪ふざけの席での定番…恋人同士でない者が行って、周りから囃される行為だとは思っていないだろうから念のために釘を刺しておいたほうが良いだろう。
赤司の浮気など一ピコグラムほども心配はしていないが、その場の雰囲気に乗せられて断りきれず…といった展開が想像出来なくもない。

(それに何が恐ろしいってさー…)

…何しろ勝利が基礎代謝の彼である。ゲームであっても本気で、と臨まれたら結果としてどこの誰ともつかない男女に赤司の唇を奪われかねない。
ふと浮かんでから消えてくれない、背筋を薄ら寒くする憂慮に紫原は念を押す。

「あと、大学の飲み会とかでこれ誘われても乗せられちゃダメだからね???」

「飲み会…?何で…?」

こっちの飲み会に、敦はいないじゃないか。

…ハイ来た。キタコレ。ガチ勘違いフラグ。

(でもー…修正しない方がイイかも?)

赤司がこれを恋人同士の戯れだと思ってくれていれば…そうすれば、赤司は誘いを全力で拒否してくれるだろう。多少世間知らずと捉えられるかもしれないが、それは赤司征十郎という人物を構成する要素として些細なことでしかない。
財閥の御曹司にポッキーゲームなどを振ろうなどとは無礼だ。頭が高い。

「何でも〜。」

ヘンな人いるから油断しちゃだめだよ〜。言えば赤司は笑った。

「物好きのお前も含めてな?」

「とーぜん。でも、俺は赤ちんの騎士だもん〜?」

公認でしょ?

「その割に、ほったらかしが多いけどな。」

「え!赤ちんまさか浮気宣言!!??」

赤司からのからかいに大げさに反応していると、ぷいと顔を背けられる。

「ばか、」

「えへへ〜ばかだも〜ん…」

しばし身を離し、向かいあわせの食卓に着く。
支度が整ってから30分は経過していたから焼き鮭は少々冷めてしまったけれど、今晩の夕餉の品は特に一日彼が思い悩んでくれた結果なのである。
精神は味覚と相まって、舌の上を踊るその美味しさは格別だ。

「美味しー」

「…良かった。…つまみ食いはそれまでだ、敦。」

「はぁい。…いただきます。」

「いただきます。」

その命、我らが糧として捧げてくれた尊い生の全てに感謝をし。








多分ポッキー以外のことで頭がいっぱいだった11月11日

(こんなにも想ってくれる、君に感謝。)









end.

13.11.11
定番ネタですが(笑)。相変わらずお砂糖100%な二人なのです。


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