NOVEL | ナノ

 TrickもTreatも


>>>Calling
赤ちん



「もしもし、赤ちん?珍しいね〜」

「ああ、敦。今、大丈夫だったか?」

高校に入学し既に2年半を経過し、目前にWC、それを経たあとの高校卒業はもう見えてきた今年の10月末。予期せず週の半ばにかかってきた電話に9割以上の幸福感を、そして数%ほどの心配を込めて5コール目で出た。
週末になるとどちらともなくかけ始め、繋がり続けた2年半だ。
心の距離は前よりもずっとずっと近くなった赤司と紫原だけれど、依然二人を隔てる物理的距離は数百km。ほぼ毎晩メールで連絡は取っているとはいえ耳の奥を優しく震わせる声の繋がりは愛おしい。
秋が深まり始めたどころかもう本格的に冬と化した秋田の気候に3度目の今年を以てして未だ慣れないでいるが、それでも赤司の声が聞こえるというのなら紫原には本望だ。誰にも邪魔されないよう、「ちょっと待って、」と暖房の稼働した食堂からまだ温まりきっていない自室に移動し鍵をかけた。





TrickもTreatも





「もしもし、赤ちんごめんね。大丈夫〜」

「…良かった。いや、大したことじゃないんだが、」

(今朝ね、氷室さんに会ったよ。)

一つ年上の氷室は気付くと紫原の一つ上の歳をいき、彼に主将という重圧とそれに付随する雑務を残して一年前、ひと足早く卒業してしまった。そのことについて紫原は未だどことなく理解がいっていない部分がある。納得はするが、頭のどこかでは未だ理解出来ていない気がするのだ。
彼は、年度の途中ではあるけれど確かに紫原と同じ年に陽泉高校に来たはずなのに。

…そうは言ってもやはり”一つ歳が上だから当然”と納得はしているし、そしてこのめんどくさくてストレスの溜まる主将という立場を置いて行ってくれたことに感謝もしている。業務雑務役割責任部長会予算折衝メニュー決め取材の受け答えとこれではまるで面倒のフルコースではあったが、それを通し現在に至るまでの赤司の苦労を垣間見ることが出来たから。
今でこそ高校での最高学年となったが、ましてや中学生だった当時の彼がそれも主将を受け継いだのは2年の頃だ。部内の人間関係作り雰囲気作りに気を揉んで、場を盛り上げてはときにキリッと引き締める。そのうちの一つだけでも、これまで好き勝手に過ごしてきた(それにきちっと見合っただけの練習量はこなしていたから問題はなかったが)紫原には大きな負担だった。主将という立場になり改めて部員の前に立ったとき初めて、ようやく赤司の苦労を垣間見ることができた。そして、それら面倒事全てを一人背負い全うしようとしていた当時の赤司の小さな背中を思い出すと、思わず涙が出そうになった。
…挙げ句自分の心無い一言で彼の心を深く深く傷つけたことを、紫原は忘れてはいないし忘れることなど恐らくないだろう。当時の自身の振る舞いを思うと、怒りも呆れも通り越し、ただひたすら絶望する思いしかない。

だがそれでも、強く気高く気丈であろうとした彼の姿を思い起こしては自戒し、そして誓った。
もう二度と彼の心を傷つけまいと。今この時からは何があっても、持て得る力の全てを持って赤司を守ろうと。
赤司を想う心は昔と変わりはない。だが主将という新たな立場を知って初めて、あるいはそれまで以上により深く何か気付くことが出来た部分もある。

…元主将であり元相棒である氷室は、陽泉を卒業後東京の大学へ進学した。
赤司ほどではないにせよ紫原はたまに彼と連絡を取り合っていて、彼が今またサークルでバスケに勤しんでいることくらいは知っているし、紫原はそれを快く思っていた。
才能のなさを嘆いた過去も彼にはあったが、それでも氷室辰也という男はやはりバスケの人だ。バスケに身を置き、バスケに生き、そしてバスケの神様に愛される。…努力に勝る才能など、この世にはないのだから。
その彼が京都の赤司と会ったという。聞けば、どうやらバスケの合宿で京都に行っていたらしい(大学生とはそんなにも暇なのだろうか?学祭の準備期間の連休らしいが、だからといっておいそれと合宿などと)。出くわしたのか示し合せて会ったのかは聞かなかったが、どちらにしても紫原にとって不安材料にはならない。氷室が赤司に手を出そうなどと考えるはずが…、…。
…、いや、そもそも、赤司のことを疑おうなどと。

「氷室さん、昨日誕生日だったんだって?」

「あ〜そうそう。メールしといた。」

「そうだね、言ってたよ。嬉しかったって。」

何気ない会話の中で急に赤司の声のトーンが下がる。気分が落ち込んでいるそれではなく明確な意図を持ってのそれだ。
日頃赤司のことばかり考えているのにこういうとき、紫原は赤司の心を読み取るのが苦手になる。時に素直な(ふとした瞬間に拗ねたり笑ったり、猫の目のようにくるくる変わる表情が大好きだ。そして、赤司が再び、一歩一歩ではあるが段々と表情を取り戻していくのを実感する度にじわじわと胸が熱くなっていく)恋人は、だが時に裏も表も見せてはくれないのだ。ついやきもきもしてしまうがそこは平常心、平常心と心を落ち着かせる。
感情を思うまま、または無意識に曝け出してくれるのも自分の前だから。つい取り繕って隠そうとしてしまうのもそれが自分の前だから。…とこんな具合に、半ば自惚れめいた自任が出来るようになったのは紫原敦この2年半の成果だ。堪え性のない、あるいは極端に弱い紫原にとってそれは大きな収穫であり成長である。
是非とも早く赤司に会って、存分に存分に披露したい。

「敦、俺に何か隠してることは?」

凛と、いっそ澄みきった声で赤司が告げる。決して責め口調ではなく、実際のところ責めているつもりなど全くない。それに、それが何なのかを今朝方氷室から聞いたばかりで、その動機についても粗方の予想はついている。ただ事実確認として赤司は知っておきたいのだ。
そしてそれは彼の口から、紫原の言葉で聞きたい。

「…」

紫原は数秒押し黙った。恐らく、"何のこと?"と頭をフル回転していることだろう。その姿を想像すると可愛らしくて、つい吹き出してしまいそうになるのを電話越しで必死に隠した。
そうして、観念したように告げる十八秒後。

「…うん、」

目の前に広がる紫陽花色の髪を思い浮かべながら。目を閉じ彼の声を聞いた。
戸惑わせ、躊躇わせ、翻弄して、でも愛される。それは赤司にだけ許された行為であり、赤司ただ一人にだけ向けられた、紫原からの想いだ。
彼の背ほどの超人仕様で、彼の手程に大きくて広い。

「今日はハロウィンだね、敦。」

「うん。」

再び黙ってしまった愛し姿を電話越しにも想像し、思わず笑みが浮かんだ。
中々にハイスペックな頭脳を持ち合わせているはずの紫原がこと自分のことに関してはこんなにも戸惑いこんなにも迷うのだという事実、そして何より、今この瞬間彼の頭のほぼ100%を自分が占めているというその事実が、本当は言葉にならないほどに嬉しい。
…が、ここは冷静にと赤司は紫原の反応を待つ。

「…そう、俺、でも、嘘は、」

「うん、吐いてないね。」

たまらず語尾を引き継いだ赤司に"う"と小さく呻くと、紫原は電話の向こうで頬を掻いた。ポリポリと絵に描いたような音がするわけではないが、ごそごそと受話器が擦れる音でその姿を夢想する。
恐らく目はきょろきょろと泳いでいて、たまに瞑っては"う〜"と唸るような。そんな表情、そんな情景を描いていた赤司は、だが紫原の声にふいに引き戻される。

「…うん、。あのね、赤ちん、俺ね、」

願掛け、してたの。

そう、愛し声はぽつりと呟いた。





ずっと、は、無理だ。
お菓子を食べるという行為は、食べる・寝る・排泄するといった人間の基本的な生活習慣同様に紫原のDNAに刻み込まれた絶対的欲求である。ご飯の量を増やすとか、空腹で仕方ないとかそういうことともまた違う。口寂しいのともまた違うような気がしている。
お菓子を食べるというその行為が一種の身体的そして精神的安定を保とうとしているのかもしれない。一種のホメオスタシスだろう。
…常行動を変えるのはそう簡単なことではない。だからこそ"願掛け"という言葉が存在するのだけれど、出来なくては、達成できなくてはそれは意味がない。

「…お菓子、毎日食べるのやめるってのはちょっと出来ないって思ったからー…、」

こちらの様子を気にしながら一語一語窺うように、そわそわした様子が息遣いからも伝わって、その緊張が赤司にも移る。
いつしか息を飲んで聞いている自分に気付いて、赤司は苦笑いした。
紫原だけじゃない。自分もまた、紫原に大いに影響しては影響されて生きている。
…そうして共に補い合って、ド・モルガンの法則のように重なり合った部分ばっかりになって生きて行きたい。拙い願いが図らずも具現化し、赤司はほんのりと頬を染めた。

(赤ちん、赤ちん、俺ね、)

幼子の声音。

「ハロウィンには、絶対お菓子もらわなかった。…誰からも、一個も。」

偶然にも京都駅で顔を合わせた紫原の先輩、氷室。彼とは紫原ほど付き合いがなかったにせよ、美麗などフォーム、鍛錬に鍛錬を重ねて得た美しい技巧とは裏腹にどこか劣等感を抱える秀才であった彼が未だバスケの世界に身を置いているのを、赤司もまた嬉しく思った(持ち物と荷物の多さから、彼がチームメイトと共に京都に合宿に来たとすぐに察しがついた)。
軽く会釈をし、二三会話を交わすうち、「あ、そうだ」と思い出したように彼は言った。

『アツシって、ハロウィンに嫌な思い出でもあるの?』

『それとも、宗教的な何かかな?』

赤司には、初め何のことか分からなかった。…聞けば、どうやらそういうことらしい。
在学中、少なくとも氷室の知る一昨年と去年のハロウィンは、その日だけは、紫原はお菓子を全く受け取らなかったのだという(そしてそれは、普段お菓子の妖精だのスイーツスピリッツだのと言われる紫原の、あるいは彼を擁する陽泉高校の七不思議となっていた)。
それを聞いて、赤司には驚くことしかできなかった。中学の頃のハロウィンには、それはもう楽しそうにお菓子をもらうと嬉しそうにしていたのが彼だった。誰よりハロウィンが似合い、赤司でなくとも皆、揃って誰よりお菓子をあげたくなる相手。
仮装も悪戯も、何もなしにハロウィンだと思えた印象的な紫色の髪と、ふにゃりと笑って崩した相好につられてこちらも笑みが浮かんだ。
当時の彼には、ハロウィンを毛嫌いする素振りなど全くなかったのに。





「…いつも俺は、今年のハロウィンは楽しかったかって、聞いたね。」

それに対して、楽しかったよ〜と。

「…うん、嘘じゃない。だって前日は室ちんの誕生日だし、…まあ室ちんだから色んな人から色んなものもらって、お菓子はお裾分けだよってたくさんくれたし。それがあるから、嘘じゃないよ、楽しかったよ。」

「我慢、したのか?」

今年で3年目?今日は3回目?

「うん、今年もするよ〜…ってか、年イチだし。」

赤ちん、俺のことナメすぎ。

「そうか、…悪い。」

「!んーん、赤ちんが悪いとかねーし〜。」

俺がそんだけ、赤ちんのこと好きってことだよ。
電話口でそう言って、紫原はけらけらと笑った。
しかし、その笑みに軽薄さは全く感じられず、代わりに、離れたこの2年半、会うことが出来たのも回数としては両手で収まる範疇だったこの期間を通し、紫原の人間としての成長の片鱗を見た、そして、

「ねーねー、赤ちん、」

「何だ?」

「何の願掛けかって〜…聞かねーの…???」

少し戸惑いがちな、おずおずといった口ぶりで尋ねてくる紫原の様子に、今度こそ赤司は吹き出した。

「ふっ、…何だ、それ…ふふ。願掛けなのに、聞いても、良いのか?」

「…あ。やっぱ駄目かも!!!」

思い出したような「あ」がやはりあまりにも可愛らしくて、赤司もまたけらけらと笑った。そして目尻にいつしか浮かんだを拭い、涙腺の緩みを笑ったせいにしたが。

「あ〜…でも…ごめん、やっぱ、言う…」

「え、」

「…赤ちんには、知っててもらいてーし。」

思わぬ返答に赤司が何も言えずにいる間、電話の向こうで紫原が深呼吸するのが分かる。気持ちを落ち着けているのは彼の方なのに、泰然と構えているだけで良いはずの赤司の方の鼓動は高鳴った。

「…俺、赤ちんと、ずーっと一緒にいたいって、思ってる。祈ってるとか願ってるとか、そういうの全部超えて、…決めて、る…。…ねえ、赤ちん、俺、絶対絶対迷惑かけない。そんで、赤ちんのこと色んなのから、俺には分かんねーこととか赤ちんが背負い込んだ赤ちんじゃないとダメかもっていう重荷とかいっぱいあるかもだけど、…でも、でも、精一杯、赤ちんのこと守りたい。」

「敦、」

それ以上、赤司が声に出すことは叶わない。

「俺が赤ちんの傍にいられるように、…赤ちんが俺の傍にいてくれますように。」

赤ちん、強いけど。
強がって、でも何とかしちゃうのが赤ちんだけど。
耐えられないことは、どうしても無理ってなったら、頼って欲しいの。具体的に問題解決しろおかじゃなくてもいーんだし、ただ、傍にいるとか、ぎゅーってするとか…そんなんでも、別にいーし。
絶対、赤ちんのこと、守るよ、俺。
…そんで、赤ちんも…俺と一緒にいてくれたら、嬉しいなって…。

赤司が赤司でいてくれるだけで、その赤司が傍にいてくれるだけで、自分には活力になるのだから、

真剣なその願いが、スマートフォン越しに届く頃、赤司の目元がじんわりと熱く濡れていった。





『ハロウィンの願いが、叶うと良いね』

そう言って、氷室はやわり笑った。

問いかけでもないその言葉に、

願いって、何ですか?

でも、

秋の収穫を邪魔されないように、というあれですか?

でも、

?…そうですね、叶うと良いですね…

でもなく、





「幸せです。」





と答えた赤司を氷室はどう思っただろう。

(…幸せなんだね、)

そう、手を振り見送ってくれた赤司の姿を見て氷室が言外に呟いたことを、赤司は知る由もない。





そして二人、これから多々困難にも出くわすだろうが、彼らが共に歩む未来に幸多かれと望んだことを。





TrickもTreatも

(君から、欲しい。…両方とも)





end.

13.11.01

一日遅れ〜!

13.11.02

加筆訂正。

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