NOVEL | ナノ

 葡萄のショートケーキ

10月8日夜半。


キッチンに人はなく、静まり返っている。


父は珍しく常識的な時間に帰宅したらしく、夜食もしくは遅い夕食を求められた場合に備えて待機しているスタッフもいない。


誰かがいても別に構いはしなかったが、俺がこんなことをしていたと告げ口されてもまた気分はよくないのだから、ここはいないに越したことはない。


旧家の壁にあって、ここだけのデジタル時計が酷く不釣り合いな時を刻んでいる。
恐らく料理の時間を計るのに、こちらの方が勝手が良いのだろう(それは今日俺自身感じたところだ)。


光源のある中では黒く表示される、その無機質なディスプレイの陰影が22:32と映し出す。
9日までにはまだ少しの時間がある。


そんな時分に、一人。ひたすら葡萄の皮を剥いていく。


皮を剥くのが面倒だの、ならばそのまま食べれば良いものを、それは渋いと言う駄々っ子のために。





葡萄のショートケーキ





少しの時間とは言うものの、実際に会い手渡すことになるのは明日の夕刻になるのだろうから、元よりそれほど急ぐ必要はない。
それよりも気になるのは見た目の美しさと口当たり(葡萄の味は、葡萄に頼るしかないだろう)。
一つ一つの実にナイフを立て、濃い紫色の皮を慎重に剥いていく。
意外と上手いようにはいかないけれど、少しでも外皮が残ってしまえば舌触りもよろしくない。
慎重に、慎重に。


皮を剥かれた葡萄がいずれ座すであろう土台は既にできている。
やったことはなかったが、スポンジを作るのも生クリームを泡立てるのも、レシピ通りに作れば失敗しないという確信があった。
思った通り、成功した。


お菓子の好きな君のため、初めて家で料理をしてみたのだけれど、これが意外に興味を引いた。


材料にしても工程にしても、求めるクオリティによって多くもなり少なくもなる。
スポンジ一つにしたって、洋酒をいれるかバターを使うか、共立てにするか別立てにするかあらゆる選択肢が存在する。
以前からよく耳にしていたレシピ検索サイトから、一番オーソドックスだと思われるレシピを一つ選んでプリントアウトしたが、これでお前の口に合うだろうか。


一瞬考え、首を振った。


何も、最上級のものを渡そうなんてつもりはない。味や見た目の最大限を望むのなら、俺は真っ先に洋菓子店へと向かう。
懇意にしている店もある、甘さを抑えたその店のケーキは俺も好きだし、以前家へ訪ねてきた敦に振る舞ったこともある。その際ひたすら美味しい美味しいと繰り返していたのだからそれは彼の口にも合ったのだろう。
それにオーダーメイドも請け負っている店だから、もし形にこだわりたいのであれば如何様にもしてくれたはずだ。
だが、俺はそれをしなかった。


もちろん、欲しいものは何かと事前に聞いてある。


(それにお前は「赤ちんの時間が欲しい」なんて殊勝なことを言うものだから…。)


…俺もそれを、最大限に心がけることにした。


結果、プレゼントにと選んだのは、一時の幸福と(口福、とでも言うのだろうか)そして何か記憶に残るもの。

今年は3つのプレゼントを用意してある。
手作りのケーキと、ふかふかの耳あてと。


(今年の冬は寒くなると聞いたから。それに、お前は寒がりだから。)


それと、もう一つ。これは後でラッピングする予定だ。


一番喜びそうではある菓子の詰め合わせといった類のものは、俺の方で手配をせずとも他の者からたくさんもらうのだろうから初めから除外した。





ようやくそれが完成したのが23:17。
小ぶりのホールのケーキを眺め、多少肩から力が抜ける。


(うん、見栄えには申し分ない。)


後は、お前をこの家に招き入れれば良い。約束は既に取り付けてある。
それからは、自然と事が成り行いていくのだろう。
翌日の午前0時を待って、俺は送信ボタンをタップした。





“誕生日おめでとう、敦”
“生まれてきてくれてありがとう”





送った言葉に衒いも偽りもない。
お前のいないこの世は無価値だ。





(先に生まれたお前がいたから、俺はこの世に生まれ出たに違いない。)





それから約18時間後。
さてそろそろお腹を空かせた熊の子供が現れる頃かと最後の盛り付けに取り掛かっていると、案の定キッチンへと姿を見せる紫陽花色。
視界に俺を(もしくはケーキを)捉えると、幼子さながら嬉しげに駆け寄ってくるものだから、愛おしくてたまらない。
生クリームに仕込んだラム酒の香りに酔ったわけではない。ただ、その幼稚な仕草にくらくらとしそうだ。


「赤ちん〜結構待ったよ〜…って、あ、これも、もしかして、俺に???」


「そうだよ、敦。…誕生日おめでとう。」


朝会ったときから…いや、0時にメールを送ったことを考えるとその時点からもう何度となく言い続けている祝詞を口にする。
耳あては今朝会った時にもう渡してあった。
さすがに食べ物のプレゼントは貰い飽きたかもなと思い敦を見れば、ぱあっと見る間に顔全体を輝かせ、俺にすり寄ってくる。


「これ、もしかして…赤ちん作ったの!!??」


「ああ、初めて作ったけど、見た目には及第点、だろう?」


…全く、分かり易い奴すぎて分かりにくい。
それじゃあ、(…本当のところここ数日考えあぐねた末の)この手製でのプレゼントが嬉しかったのか、単純にケーキが嬉しかったのかが分からないだろう。
俺は言いかけた言葉を呑んだ。


そうだ、別に、構わないじゃないか。
敦が喜んでいればそれで。


「すげーーー!!!しかも初めて作ってこれとか…赤ちんってやっぱすごい…!!!」


(うちの姉ちゃん今はお菓子作り上手いけど、やり始めた頃は失敗ばっかだったよ〜!)


「別に、造作のないことだよ。」


(お前のためならね。)


言葉に出すと調子に乗せるかと思ったが、あえてそこまで口にした。
今日は敦の誕生日だ。
ならば、いっぱいの祝詞と賞賛で祝われて然るべき。


すり寄っていただけの体が不意に後方にずれ、敦が後ろから俺を抱き竦める。
心なしか高くなった体温と、普段より格段に上がった心拍数。
不思議に思って見上げようとするのを押し留め、敦が俺の首筋に顔を埋める。
やや熱のこもった吐息が首筋に当たるのが少しくすぐったいのだけれど、それを心地いいと認知してしまうように体が出来てしまった。
何も言わないままの敦の頭に手を回し、猫っ毛を撫でるとようやく震えた声を上げる。


「…手作り、」


「うん?」


「俺に、」


(赤ちんが、作ってくれた…///)


「…ああ。…だって、言ったろ?…俺の時間が欲しいって。」


(プレゼントだよ、)


「お前のことだけを考えて、お前のことだけを想ってキッチンに立っていた。」





(お前だけの、俺の時間だ。)





俺のことを抱きしめる腕を振りきって対面の格好になると、耳の先まで赤くした敦の顔を見ることが出来た。
上気した頬、朱の差した面立ちが愛おしさを累乗ほどに増していく。
今度はこちらから手を延ばすと、甘える幼子のように敦は俺の体を抱いた。


「嬉しい、」


そのまま、耳に吹き込まれるようにして呟く。
…一体、こんなことをどこで覚えてくるんだか。
無意識だったら問題だし(だとしたら敦は天性の色魔だということになる)、分かってやっているのなら大問題だ。
誰に聞いたか問い詰めなければいけない。


ただ、今日はそれは止そうと思った。
二人だけの時間だ。
どこかの誰かに、例え自分の嫉妬心にだって邪魔されたくはない。





場所を部屋に移し、敦にすっぽりと包まれながら改めて見るケーキの外観に、少し物足りなさを感じる。
葡萄をふんだんにあしらったとはいえ、グラサージュでつや出しまで施したとはいえ。
生クリームのオフホワイトにスポンジのクリーム色、それと皮を剥いた後の葡萄ではやはりビジュアル的には少し寂しい。
小さいながらにホールではあるから、辛うじてろうそくを立てられてはいるけれど。
Happy Birthday Atsushi!と、チョコレートで作ったプレートも乗せることは出来たけれど。


普通あるべき場所に、あるべき苺が乗っていないそれだ。
ほとんど子供脳のお前には、見た目が残念に映るかもしれない。


「…やっぱり苺がないと、お祝いって感じがしないかもな?敦、苺好きだろう?」


言えば、体勢はそのままに、ひくんと動く喉元。
もしかしたら、嚥下の予行演習かもしれない。
だとすればそれは、肉食獣の舌舐めずりと同義。


「んーん、…苺は後で食うし」


「んっ…」


貪欲で、それでいて美食家な敦の唇が、上から苺の髪を狙う。


途端、視界に薄紫のオーロラがかかって、きれいだったからそのまま見ていたかったけれど目を閉じた。


敦が襲う、俺の苺色の髪。


余り好ましく思っていなかったこの赤毛も、こうして君に愛でられるのなら愛おしい。





それを食んで咀嚼するふりをして、俺の欲情を煽ろうとしているなら褒めてやる。





「煽っているのか、それとも誘っているのか…?」


聞けば、瞳の奥が悪戯っぽく光る。


曰く、“どっちも”。


「赤ちんも、そのつもりだったでしょ?」


計画的〜確信犯〜!あざといし!


「…さあ?どうかな?」


とりあえず。


お前より一足先に風呂から上がったら、


凹凸もくびれも何もない、
何の面白味もないこの体に苺の香水を仕込んで、お前を誘惑するつもりだよ。


そういう心づもりを計画的と言うのなら、





葡萄のショートケーキ

そんなものが俺の頭に浮かんだ時点で、お前の負けだよ。





一つ残らず衣服をはぎ取って、誰の前にも出ていけないような恥ずかしい姿にして、





ショートケーキの上に、存分に乗せてやる。





end.


ショートケーキは赤ちんです。

むっくんおたおめ!生まれてきてくれてありがとう!!!
むっくんへのお祝いに、赤ちんにちょこちょこエロいこと語らせました。
婉曲すぎて伝わらなかったらごめんなさい…。
一応、エロい会話なんです…!

13.10.09.

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