NOVEL | ナノ

 病は気から

※注
珠葵はガチで理系です。高校で日本史履修してません≒時代背景とかまったく分かっておりません。
パロディですので、温かい目でご覧ください…。







いつの頃からだったかな?
君の言葉、発言、ちょっとした仕草とかごくたまに見せた表情とか、そういったものから、俺は気付いたんだ。
赤ちんが、いつかどこかに行かなきゃいけない人だってことを。





病は気から





それは立場とか住む場所とか、家柄の違いとか物理的な距離とかのそれじゃなくて、もっと絶対的なお別れだって、本能で分かった。
それからは頭の中でもうずーっと警報が鳴ってわんわんして、目の前が真っ暗になる感じが続いてる。異次元とか異空間?に放り出された気分ってこんなかな?息が出来るの?帰れるの?ってパニックになってる、きっとそれと同じ感じだ。

赤ちんがどっかに行っちゃったら?
例えばそれが運命で、避けることすら出来ないものだったら?

一瞬そんなことが頭に浮かんで、誰も見てないのに誰も聞いていないのに、俺は慌てて首を横に振った。赤ちんが、いなくなる?…そんなの絶対耐えられない、俺は多分、ううん確実にどうにかなっちゃうよ。
一人で考えてたら暗い方に暗い方にどんどん思考がいっちゃって、たまらなくなって赤ちんを探して、勇気を出して問い詰めたんだ。
…何で勇気がいるかって?
だって。そうだよって言われたら、俺はやっぱりどうにかなっちゃうから。怖くて、聞けずにいたんだよ。でももう、わんわんなる警報に耐えられなくなったんだ。だから、俺は赤ちんに聞いた。
それを君が、笑い飛ばしてくれることを強く強く望みながら。

俺に問い詰められた赤ちんは少し迷ったみたいだった。
でも、俺が一歩も退かないって分かったら、諦めたみたいに教えてくれた。
悲しそうな笑顔を浮かべて。

(…どうして?どうして笑って、言ってくれないの?そんな馬鹿なことあるわけないだろって…ねえ、どうして???どうしてそんなに悲しそうなの???ねえ、ねえ!)

赤ちん、どこへも行っちゃヤだよ!

「…敦、俺はね、」

違う時代の人なんだよって、そう静かに赤ちんは言った。





赤ちんは、今よりずっと前の、寛政って時代の人なんだって教えてくれた。
俺は寛政って言葉が分からなかったけど、江戸時代だよって赤ちんが教えてくれた。
赤ちんはこの時代の”赤司征十郎”っていう人とどういう訳か繋がっちゃってて、赤ちんが向こうで意識がないとき、寝てるときとか臥せってるときとかにこっちに来るんだって、教えてくれた。元々の”赤司征十郎”って人がどういう人なのかは、赤ちんにも、俺にも分からないらしい。赤ちんはここ数年のほとんどを赤ちんとして過ごしていたからって。…中学に入学したときから既に今の赤ちんなら、俺の、俺たちの前にいる赤ちんは、やっぱり最初から赤ちんだったんだ。それを聞いて、俺はどうしてか少し安心した。
ただ、その”赤司征十郎”っていう人がどういう状況にいるのかは、赤ちん本人にも分からないらしい。

…あっちの赤ちんは、元の時代の赤ちんは、ずっと病に臥せっているんだって赤ちんは言ってた。
生まれたときから体が弱くて、そして大病を患って。家が裕福だったから口減らしにも遭わずに栄養状態にも不自由することなく養生出来てるらしいけど…。

とっても、常識で考えて信じられるような話じゃなかった。でも、俺は赤ちんの言葉を信じたし、疑う気持ちは全く浮かんでこなかった。
ただ、話してる赤ちんが…とっても悲しそうだったのが、すごく気になった。一言一言苦しそうに、辛そうに言うんだ。
何で?って思った。やっぱり、赤ちん、どっかに行っちゃうの?かぐや姫みたいにどこかに帰っちゃうの???って俺は急に焦って、赤ちんの肩をぎゅって掴んで目を覗き込んでハッとする。

赤ちんの両目は、丸くて、大きくて、べっこう飴といちご飴みたいな色した猫の目だ。

いつも堂々と前を見据えてるそれが、今日は膜が張ったみたいに潤んで見えた。

「敦、」

気付いたのはお前だけだよ。お前は賢いね。

赤ちんは言った。一言、一言、懐かしむように。
そしてとても、苦しそうに。





…赤ちんは、夢を見ると後の世界に来ることが出来るらしい。





俺はね、敦。こんなおかしな体質で、色んな時代を旅していたんだ。
明治も、昭和も。…大正時代に行ったことはないけれど。
でもね、敦。俺はこの時代に一番長くいるんだよ。ここで、この時代に生まれた赤司征十郎として。
この世界が、俺は一番好きだったから。
敦と、皆と、一緒にいられて、友達が出来て…嬉しかった。夢中になれるものにも出合えた。バスケ…、精一杯体動かして、トレーニングして、試合をして…勝って、笑って…。
馬に乗るのも、楽しかったな。…本当の俺は、立って歩くことも、時に不自由していたから。

「赤ちん…、」

俺は、それを聞いていたたまれなくなった。
何で?どうして?そんなこと言うの?どうして、…過去形なの?
楽しいなら、嬉しいなら、いつまでもここにいようよ。元の赤司征十郎なんて知らない。俺の知ってるのは今の赤ちんの赤ちんだけだし、赤ちんが、ずっとここにいればそれで良いじゃん!
気付くとそんな風に喚いていた俺に、赤ちんは柔らかく微笑んで、言った。

「もう、そろそろ本当の俺が限界みたいなんだ。…本体が死んでしまったら、…こうして、自由に旅することも、…もう、…。」





(あのな、敦、)





「…魂だけが生きていることは出来ないんだよ。」





酷く残酷なことを言っているのに、その声はとても穏やかで、どこまでも優しかった。





嫌だ、いやだよ。そう駄々っ子みたいに繰り返すだけの俺に赤ちんは言った。

驚いたよ。でも…敦が、気付いてくれてよかった。
お前にだけは、嘘を吐きたくなくて…。ずっと迷っていたんだ。
でも、これで、やっと…

「やっと…さよならが言える。」

「!!!」

っ何それ!!??ヤだ!!!何でそんなこと言うし!赤ちん、赤ちん、ヤだ!!!俺、赤ちんと一緒にいたいよ、赤ちんと離れ離れなんて嫌だ!!!
赤ちんは、取り乱す俺の頭を撫でた。開いた指の間で、俺の髪がさらさら揺れる。
赤ちんの好きな、俺の猫っ毛。
紫陽花色の光沢をからかわれたこともあったけど、赤ちんに愛でられるのならこの世にこの姿で生まれてきたことも幸せだった。ずっとずっと嫌だった、コンプレックスだった度の過ぎた長身も、バスケで赤ちんの役に立てるなら…それ以上ないくらい嬉しかったんだよ。なのに、なのに。

何で、君は諦めたみたいに笑うだけなの?

「っ、赤ちん!…赤ちんの病気って、今の技術あったら、薬あったら、治るんじゃないの???戻んなきゃいけないんだったら、それ持って戻ってよ、そんで、そんで、」

俺のとこに、皆のとこに、帰って来てよ…死んじゃう、なんて言わないでよ。
…でも、赤ちんは首を横に振った。

それは出来ないよ、敦。
これはね、きっと神様がくださったご慈悲なんだ。
俺はこうして、ここで過ごすことが出来ただけで…そうだな、お前の…、

「お前の、”赤ちん”でいられて、…本当に、嬉しかった。」

ありがとう。
大好きだよ、敦。

そう言って、赤ちんは金縛りみたいに体の動かない俺の前から、いつもの歩くスピードより心なしかゆっくりと去っていった。





その夜、いつも通り家の布団でいつも通りの時間に眠った赤ちんは、次の日の朝になっても目覚めなかった。





「征、お医者様だよ、」

気をしっかりお持ちよ。
母の声が聞こえる。自分を呼ぶ、悲痛な声。何度、何年間この声を聞いてきただろう。
ああ、でも、母上。これで今生のお別れのようです。
もう、親不孝な息子のために悲しむ必要もございません。
生まれてこの方、何の役にも立たない息子でありました。親不孝の他には何もしては参りませんでした。
でも、あなた様のご慈愛と必死のご看病のおかげでこの様に生き長らえた征は、どなたも信じてはくださらないような不可思議な体験もすることができたのです。これからの世を旅し、時代の変化を眺め、…この世では得ることの出来なかった友にも…恋しく想い慕う者にも、出会うことが出来たのでございます。
征は、幸せでございました。

苦しさを少しでも紛らわすため手拭いを握りしめていた手に、重ねられる大きな手の感覚がする。
最期の足掻きとばかりに熱を持った素肌に、ひやりとした体温が心地いい。

「…?」

いつもの医者はこのような”手当て”はしない。そもそも、町の医者は全て自分に関し匙を投げたのではなかったか。
不思議に思って顔を向け、重たい瞼を無理矢理押し上げ見上げた先に、慣れた紫陽花色の光沢。

「赤ちん、」

俺は思わず目を見開いた。錯覚かとしばらく瞬かせてみたけれど、視界に映り込んでくるのはやはり同じ色の光。柔らかそうな長い猫っ毛に、床から上がれないことの多い自分のためにと広く設えられた床の間が狭く見えるほどの、恵まれた体格。

「どうし、」

言いかける薄紅い唇を長い指の先でちょんっと触れることで制し、共に寄り添う母や従者を、人払いをした後で再び枕元へ戻ってきて笑いかける。
いつもの敦の見せる、無邪気な子供の笑顔じゃない。今日の敦はとても大人びていて、落ち着いている。まるですべてを悟ったように柔然と構え、柔らかく微笑んでいた。
こちらを見、微笑みかける視線はそのままに、敦は布団の脇の盥から水に濡れた手拭いを取り硬く絞った。看病ばかりされてきた自分には聞き慣れた水の音、けれどその主が敦だと思うと何故だろう、胸が締め付けられる思いがする。
熱を持った肌に押し当てられる、ひんやりとした濡れ手拭いの感覚。どんなに苦しくても、この感覚だけはいつも心地よかった。敦は丁寧に俺の額、頬、そして顔全体から首筋までを拭っていく。”赤ちん”とは違い、赤くない、黒い髪の生え際を濡れ手拭いで優しくなぞり、うなじと肌蹴た胸元まで。にじんだ汗が拭きとられ、清潔な水で置換されていく。
枕と頭の間に重ねた布を挟んでもらうと、じめっとした感じが無くなって思わずホッとする。見た目にも分かるほど脱力した俺に敦は柔らかく笑いかけ、後で着物も布団も替えようね、と穏やかに言った。
…生まれついたときから病弱で、それもこの時代の男だ。それほど体格は大きくはないにせよ、母や従者にそれは荷の重い作業であり、こうして寝付いたときには頼んだことはない。
でも、恐らく敦なら軽々とやってのけるだろう。”紫原敦”ほどの身長があるのかは見た目だけには判然としないが、それでもこの時代では大男の部類に入るだろう、がっしりとした体つき。”赤司征十郎”としての俺から見ても、羨ましいと思っていた恵まれた体つきだ。ただ背が高いだけでなく、しっかりと鍛えられている。

…その姿を頭の中で描きながら。気付けば俺は視界をぼやけさせていた。

どこから湧いてくるのか分からない、涙という名の清い体液。汗と同じくミネラル分だ、失うとそれを補完しなくてはならない。病を患った身には余計に負担になるのだけれど、そう思ったところで抑えることなど出来なかった。
ほろりほろりと流れる涙を、目元と鼻元を、敦は優しく手拭いで拭う。
言葉にはならなかったが、思考だけはぐるぐる回った。
どうしてこんなところにいるんだ、敦がいるべき世界はここじゃないのに。後の世で、何不自由ないあの世界で、友と笑い、家族と過ごし、バスケというスポーツに打ち込んで…彼の未来は明るかったはずだ。それが何故、どうしてこんなところに…。
彼の顔を見、二番目に俺はそう思った。敦の才能を駄目にしてしまった。こんなところで、不自由ばかりの前の世で、敦を埋没させてしまうのか。俺が、不可思議な時代転送を告白してしまったがために。敦を、巻き込んでしまったのか。
そんな俺の言いたいことが分かるのか、敦は困ったように眉根を下げ、首を傾げて見せた。

「赤ちん、」

のんびりとした声が耳に優しい。
けれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。敦、帰れるなら、戻れるなら、今すぐ帰れ。本心からそう思う。お前はここにいるべきじゃない。

(こんなことを、してもらわなくても、)

…俺は嬉しかった。幸せだった。
残された僅かばかりの命、その最期にお前と会うことが出来た。
”赤司征十郎”として、お前の傍に、共に在ることが出来た。
この数年の、最期へと至るこの数年の間全てにおいて言える。
お前と共に生きたこと。
それは、俺にとっての今生の幸せだ。
それなのに、これ以上何を求めどう許されるというのだろう…。

(…そうか、そうだ。)

相変わらず、いつも役に立たないこの体の代わりに思考だけがよく働く。
いつも、どの時代でも、手を延ばすことが苦手だった。何かを望んだり、求めたり、そんなことをしてはいけないと思っていた。役に立たない自分、生きていても仕方のない自分。残された人生を消費し、不可思議な時代転送で余生をふらふらと過ごしていた自分。
その俺に、”赤ちん”に、求めることを、望むことを教えてくれた。紫色の彼。紫陽花色の光沢の髪と、アメジストの瞳。大人びた目元、顔つき、けれどそこに浮かぶ幼い表情。しっかりとアスリートの筋肉のついた長身、それに裏付けされた俊敏な身のこなし。ふわふわとした物言いに似つかわしくない、幼さから発せられる暴言。けれど、時に普段の彼からは想像もつかないほど大人びた一面を見せる、精神の豊かさ、幼稚さと同居する合理性、無遠慮の中に隠されている、あまりにストレートな優しさ、思いやり。

敦、敦。
”赤司征十郎”という男が愛した”紫原敦”。
”赤ちん”が、誰より愛した、敦。

(そうだ…)

彼の顔を見、一番最初に、俺は思ったんだ。

会いたかったと。

もう二度と、離れてくれるなと。





それこそが、彼が今ここにいる理由なのかもしれない。





神様、仏様。これは、あなた様のご慈悲なのでしょうか。
何故でしょう、征だけが、父に母に散々のご面倒をおかけしたこの親不孝者だけが、このような幸せに恵まれて良いわけがございません。
…けれど、けれど。
どうかこの我が儘をお許しください。これを限りに、征はもう何も望みは致しません。
彼と、敦と…共に居させて欲しいのです。どうか。
この命、尽きるまで。
そしてこの命かの命共に尽きたならば二人、魂ごと、永久に。

「赤ちん、」

俺を呼ぶのんびりとした声。
今はそれに、大人びた雰囲気が加わって、本物のお医者様の様だ。

「ごめんね、赤ちん、」

俺は、薬も技術も、何も持っては来れなかったんだよ。赤ちんの言うように、それは無理だったみたい。

でも、でもね、俺、

「赤ちんを、絶対、死なせないから。」

絶対絶対守るから。

敦はそう言った。こんな時にまで、かっこつけて”守ってみせる”、とは言わないのが何とも敦らしかった。敦は決して、誰かに誇ることはしない。誰かにどう思われるかより、自分がどうあるべきかを考え、行動する。そのせいで敵も多い。誰かと衝突することも多いけれど。目に余る言動も時にはあるけれど。

なあ、敦。
…俺はそんな、素直なお前に惹かれていったんだよ。

「馬鹿じゃないのか、」

嘘でもあり、本心でもある。…いや、100%本心だ。
敦が傍にいてくれる。それは俺にとってこの上ない幸福だ。けれど、敦にしたらどうだろう。
…一時の気の迷いかもしれない感情に絆されて、文明社会からこんな現代どころか近代ですらない、不自由ばかりの時代に来てしまうなんて。
夏場の暑い時期のクーラーも、冬の寒い時分の暖房もストーブも、暖かい衣すらないこの時代なんだ。分かっているのか?薬も医療技術も、交通手段もあらゆることが手動で稚拙だ。腹が減ったと言ってもコンビニは近くにないし、お前の好きな駄菓子もない、そもそも飢饉には食べ物だって不足する。上下水道もここ江戸では少しは整備されているけれど、それはあの時代のものに比べれば決して衛生的とは言えないし、火事になれば周囲の家を壊すしか手立てはない。夜は街灯も電気もない完全な闇夜、出歩けば辻斬りにだって強盗にだって遭うと聞く。第三者機関もないから癒着や賄賂、それによる悪政も何でもまかり通るし、泣き寝入りしなければならないことも多々あるはずだ。
…少し調子のいい時に数度だけ、乗って運んでもらった籠でしか外の世界を知らない俺だけれど、それでも、あの世界に比べてここがどれほど生き辛い時代かというのは分かる。時代劇なんて幻想だ。だって、人間の世は、少しでも改善しよう改善しようと努力した結果、作り変えられていったものなのだから。以前の方が生きやすかったなんてことはあり得ない。少なくとも、現代以前の時代については。
それなのに。
俺たちの中で、暑い寒いと真っ先に文句を言うのはその口ではなかったか。蚊がいると嫌がったのは。防寒着がないと外に出たがらなかったのは。
いくら他の時代を見知ったところで、この時代に生まれた自分は我が身の不自由を享受しなければならない。…けれど、考えれば考えるほど、敦は文明世界に生きる人間だ。こちらの時代に適応しやすい人間ではない。
それなのに。

「馬鹿じゃない、か、」

馬鹿だよ、お前は、

そう言って声を震わせる俺を、敦はふんわりと抱き上げた。
つい先程まで熱を持っていたはずの重い体が驚くほど軽くなり、まるで宙を浮いているような錯覚にとらわれる。ただそうでないと分かるのは、しっかりと抱き支えてくれる敦の胸を腕を、肌襦袢越しに感じるからだ。

誰より近くにいながら、遠い存在だと、思っていた。
誰より愛おしく思いながら、違う時代を生きる人だと、諦めていた。
その敦が、好きで好きでたまらない敦が、傍にいる。共に在る。
彼のこれから享受するであろう不自由や理不尽を考えると胸が苦しくなるのに、同時に想いが抑えられない。
嬉しいと思う、幸せだと思う。とんでもない感情だ。
けれど、これもまた、俺の本心。

「…バカでいーし。」

敦の、俺を抱く腕に力が篭る。
一瞬身構えたけれど、敦は俺が息苦しくならないように器用に俺を包み込んでくれた。
その体勢のまま、ふわふわと俺の頭を撫でる。
髪の色は違うけれど、相変わらずのくせっ毛。一度も髷を結ったことが無い身には不自由はないが人目にはあまり美しくないぴょんと跳ねた後れ毛も、こうして彼の手に愛でられるのなら好くことも出来る。
髪を撫で遊びながら、「赤ちんと傍にいられるなら、俺は馬鹿でいーし、」と続けた。

幸せだと思った。

赤ちん、赤ちん、
敦が呼ぶ。幸福感と数日続いた高熱への疲労に微睡んでいたところだ。
その声に覚醒し、逞しい胸に縋ったまま敦の顔を見上げる。
あちらも俺の顔を覗き込んでいて、目が合った。アメジストの瞳がキラキラと光る、切れ長の美しい目だ。その双眸が、俺を確かに愛でてくれる。

「赤ちん、言ったじゃん。いなくなる前、俺に、」

大好きだったよ、って。

「ああ…」

そう言うと、敦はあからさまに眉根を寄せて不機嫌そうな顔をして見せる。
不安になって身じろごうとするのを俺の前髪を撫でることで制して、敦はもう一度俺の両目を覗き込んだ。
オッドアイではない、ただ少し他の者より赤いだけの瞳。あの世界の俺と比べれば、茶色と言えなくもないほどの薄い赤色を湛えただけの瞳。それでも、敦はそれを俺の瞳と認識してくれる。

「大好きだったよ、なんて、俺ヤだよ。」

過去形なんて俺、いらないから。

だから、

「大好きだよって、言って?」

そうしたら、きっと、俺、赤ちんとずっと一緒にいられる。

敦はそう言って、もう一度腕に力を込めた。
触れ合った肌から、感じる息遣いから、敦の緊張が伝わってくる。

緊張?それは何に対する緊張なんだ、敦。
そんな躊躇い、いらないよ。だって、





「大好きだよ…ずっと、」





これからも、ずっと。…一緒に、いて欲しい。





戸惑いながら言う俺の額に、敦は口づけた。

「俺もー…ずーっと、赤ちん、大好き…」

(俺の方こそ。ずっと、ずーーーっと、傍にいてね。)

俺は、もう一度、思った。
…いや、きっと…これからも、何度も。こう思うのだろう。
こう感じながら、日々の命を生きるのだろう。





幸せだと。





その昔、ある名主の嫡男に、生まれながらに体の弱く病に伏せがちな征という男が在りました。
夭折する、夭折を逃れてはそのうちに早逝すると言われながらも生き長らえた彼ではありましたが、やはり年を追うごとに病に臥せっていきました。
そしてやがて齢十五を迎えようかという頃大病を患い、元服を済まさぬままにいよいよという時を迎えた彼の元に、ある日一人の大柄な医者が現れました。
一見して妖怪のような大男。奇妙な色合いの髪を持つ素性の知れない男でしたが、江戸の医者全てに匙を投げられた名主には、彼しかもはや頼みはありませんでした。
…ですが、藁をも掴む思いで頼ったこの者の看病の甲斐あって、名主の一人息子はなんとその危機を脱することが出来たのです。二、三日が峠と言われていた征の儚くも消えかけていた命の灯は、こうして再びの明かりを灯すことに相成ったのでございます。

名主は、商売を続けていかなければなりませんから一方で養子を貰い、しかしその医者のこともまた家に招き入れました。それは段々と回復の兆しを見せていた息子のためでもあり、そして頼みでもありました。また、名主自身もその奥方も、それを強く望んでいました。夭折すると思われた嫡男がこうして生き長らえている…二人にとって、これ程嬉しいものはありませんでした。
…時代も時代でございます。
医療の設備も薬も不十分な世の中でありましたから、征からは生涯、病の気は去ることはありませんでした。
けれどその後、時に臥せることもありましたが、彼はほとんど普通の人間と同じように暮らすことが出来るまでに回復していったのです。
これも偏にお医者様、あなた様のお陰だと名主も奥方も紫陽花色の髪をした大男に必死に頭を下げましたが、いつでも男は両手を上げて謙遜しました。

“いーの、いーんだってば、”

言葉遣いの独特な男で、いつもそればかり繰り返しては笑い、横の征に目配せし、助けを求めては微笑んでいました。

“俺は、役に立てれば、いーんだって、”

(赤ちんのね、傍にいられれば。)

(…うん、俺も、敦の横に、居られれば良い///)





そうして、長く長く、安寧の元に過ごしたそうでございます。





病は気から

古来よりそう申します。

そして、それは確かに。





end.

2013.10.01.

どうか、幸せに。

TOP連載にするつもりで書き始めました→とりあえずまとまってかけたので、SSに置こうと思いました→Novelの長さになりました(あれ!!??笑)。
時代が変わっても、変わらない紫赤ちゃん。
ずっと一緒にいて欲しい…。

仁(漫画・ドラマ)寄り…というよりは、前に見た洋画に影響を受けています。
エレベーターを作った人?が現代にタイムスリップしてきて…というお話。
タイトルは忘れましたが、面白いですよ。


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