NOVEL | ナノ

 DDA

※ 赤司の家庭?について、一部本誌ネタバレ注意です。





「え…?赤ちんディズニー行ったことないの?」

思わず2、3秒静止して驚く紫原の目前。
色素の薄い赤い髪を揺らした彼は、そんなに珍しいことか?と不思議そうに首を傾げた。





DDA






「本当に?」

「嘘をついてどうする…。」

「いや、だって…。俄かには信じがたい。」

「…驚きすぎて口調が大真面目になってるぞ。」

未だ驚きを隠す気のない紫原に、赤司は傾けていた首を元に戻した。
きっとこのまま彼が納得するまでその姿勢を続けていたら、確実に首筋を痛めてしまう。それほどに、紫原の受けた衝撃は大きかったのだろう依然ああだのこうだのと言っては悩み出している。

東京生まれ、東京育ち、まあそこそこベッドタウンではあるけれど一応23区の中で育ってきた身としては、千葉舞浜程近くないにせよ当たり前のように慣れ親しんできたテーマパークだ。
当然紫原自身はいつも家族と車で行くことが多かったけれど(大家族では交通費が馬鹿にならない)、大きな駅に出れば直行のバスもある。路線の関係で帝中近辺からは車やバスで行った方が便利だが、当然電車を使っても行ける。もしくは、ここより東京駅に近い赤司の家からであればりんかい線を使った方が早いかもしれない。
いずれにせよ、東京生まれの中学生である彼が、かの夢の国へ一度も行ったことがないなどとは考えられなかった。

確かに、経済的な出費が半端な額ではないのも事実だ。だから自分たちくらいの年齢であれば、行った回数が数回あるいは1回だけというのも珍しくないけれど、何分私立の中学校に通う自分たちである。周りの経済状態はそこそこだから皆当然のようにそのテーマパークに行ったことがあるようだったし(だからこそ、ポップコーンの好きな味の話題で盛り上がれるのだ)、それは大家族の紫原とて例外ではなかった。
赤司の言葉を疑うわけではない。だが、財閥の御曹司(そもそも御曹司って何なんだろう。お金持ちの息子のことをそう呼ぶのかな?)であり、同級生にも増してさらにそこそこの経済状態にあるだろうはずの彼が、ディズニーランドに生まれてから一度も行ったことがないというその事実は、中々想像しづらかった。





…赤司が財閥の御曹司だ、とはついこの間緑間から聞いたばかりだ。
本人のいないところで、周りで取り巻いて噂しているような状況にはしたくなくて、翌日本人にストレートに聞いてみた。
赤司は紫原の問いに少し驚いた顔を見せてから、一度頷くと戸惑いがちにいつもの微笑みを浮かべていたが、続いた紫原の「ふーんすごいねー」という気の抜けた炭酸水のような声音に、不意に相好を崩して言った。

「驚かない、のか?」

そんな反応見せた奴なんて、お前くらいだ。

「…」

…他の連中に比べられるとは心外だが。
まあ良いか、赤司がこんな風に幸せそうにふあっと笑うのは珍しい。

実際、財閥というものがどういうものかも紫原は分かっていなかったし(彼自身でもそうなのだから、青峰や黄瀬が正確にそれを理解していたのかは疑問だ)、今でもただの有名なお金持ち程度の認識しかない。
もし緑間の言う通り、赤司が家で規則にガチガチに固められ息詰まる思いをしているのなら、辛い毎日を過ごしているのならどうにかしてあげたいという気持ちはある。微力だけれど、中学生に何が出来ると言われてしまえば何も返せなくはなってしまうけれど。…彼を支える経済力さえあれば、すぐにでも奪いに行きたいほどに。
…だが、紫原の前の、あるいは部内での学校での彼の振る舞いにそういったところは全く感じ取れなかったし、そもそも親が厳しい家庭というのはある程度であれば赤司に限らず存在する。主に女の子で。
赤司は家庭内での悩みや苦しさ、生きづらさについて意図して押さえ込んでいたのかもしれないが、それなら今のところはまだ、他人に自身の姿を偽ることの出来るくらいの落ち着いた精神状態だということだ。
赤司征十郎という人間は、この上なく強靭な精神力を持ち合わせている。友人である自分たちはそれに甘んじては決していけないが、同時に、彼の強さを過小評価することもまた、してはいけないことだと紫原は思っている

これまでの一年、確かに赤司の行動言動の端々に、育ちの良さは感じていた。あるいは時折垣間見える彼の父親の”秘書”の存在(秘書というものもまた、紫原には理解しがたいものだった)や一度だけ訪れたことのある彼の自宅、自室から、家は旧家で、やはりある程度はお金持ちと呼ばれる部類に入るだろうという程度の認識はあった。
だだっ広い平屋の日本家屋の、何故か赤司の部屋は母屋から庭を40m程進んだところにある離れだった。そのことに関して紫原は問うてよいものか迷ったが、離れに案内されたときの赤司の落ち着かない、というか、そわそわして戸惑いがちな様子から、紫原はああこれには触れないでほしいんだなと本能的に思った。である以上、無理に聞き出す必要などない。赤司としたいことなら、話したいことなら、他に尽きぬほどある。家族関係がどうとか家族間における何か複雑な理由があるのだとか、そんな些細なことはどうでもよかった。
目の前の赤司が、赤司であれば良いだけなのだ。彼が話したいと思うなら聞くし、辛いと思うのならその胸の内、自分にだけは晒してほしいとは思うけれど。
弱い部分などもしかしたらないのかもしれないけれど、せめて彼の一番無防備な部分を見せて欲しい。そんな風には思っている。

「俺の態度が威圧的なのかな。臆されることがよくある。」

紫原の想いを恐らく知らないだろう赤司は戸惑いがちに、だがいつものように不敵な笑みを浮かべている。
そしてその表情が少し寂しげだったことを、紫原は見逃さなかった。





紫原は、赤司を恐れたことはないし、不必要に畏れたこともない。
ただ、赤司征十郎という人間が常人にない類稀な輝きを持っていて、それが大層美しいのは事実だ。紫原とて赤司の第一印象はどのようなものだったかと問われれば、間違いなくそのようなことを答えるだろう。
仮入部の1日目、初めて視界に映り込んだ彼。
赤司の凛と歩む姿は、その小さな体に見合わないとんでもないルクスの光を、自己戒律で必死に抑え込んでいるかのようだった。

今はそれとは少し違う。
赤司の内面は、見た目通りただお人形さんのように美しく象られ彩られたものなどではなくて、抗いがたいほどの熱情を持ったそれであることを今では知っているし、日々努力を欠かさない、いつだって真剣で誰よりも全力な姿は、最大限の敬意を払うに値すると思っている。
けれども、そのことを論って一線を引く気はない。
赤司が言っているのはそういうことだろう。こんな風に自己を律することが出来る中学生がいるのかと疑問に思うほど完璧な存在に見えてしまう赤司に、皆どこかで自分の方から一線を引いてしまっているのだ。

赤司にしてみれば、自分への畏怖、畏敬の念…それは相手の完全なる独り相撲に他ならない。しかし結果として彼は、誰とも本質で交わることが出来ない絶対的な寂しさをいつも独り抱えることになってしまっていた。そしてそういう状況に、今ではもうすっかり慣れていた。
だからこそ、赤司にとって紫原の存在は驚きであり、また貴重なものであった。今まで自分を恐惶の存在へと押し上げた能力やスペックについて、素直にすごいね赤ちんまじすごいねと賞するだけで、その後に一歩引いた目線で見られることが全くない。ましてやこんな風にあっさり垣根を越え、自分と関わって来よう者がいるなどとは、中学に入学するまでの赤司には考えられないことだった(「赤ちん」は、赤司にとって人生で一番初めにつけられたあだ名だ)。
それは嬉しくもあり、一方で戸惑いもあるけれど、彼の存在は間違いなく今の赤司を構成する最大の要素に他ならない。

その彼が、赤司に常に自然体で接してくれる彼が、今日はとてつもなく驚いている。
だとするならば、例のテーマパークに行ったことがないという事実はそれほど大きなものなのだろうか。





もちろん、東京ディズニーランド(略してTDL、TDSあるいは両方まとめてしまってTDR)というテーマパークの存在は知っているし、万人に愛されるあのネズミのキャラクターだって知っている。実は家にディズニー関連のDVDはほとんど揃っているし(教養として揃えられたのだろうと思う。DVD収納専用の物置にしている部屋があって、自由に見ることの出来るそのほとんどが、映画や知育DVDに至るまで全てディズニー関連のものだ)、親の背よりも家庭教師の形式的な笑顔よりも、それを見て赤司は育った。
どのアトラクションが好き?とかどのポップコーンの味が好き?とか聞かれてしまうと言葉に詰まるけれど(そんなにたくさんの種類のポップコーンが売っているんだろうか)、好きなキャラクターならいる。赤司は昔から、ミッキーミニーよりくまのプーさんのぬいぐるみを好んで、ある時期まで抱いて寝ていた。その話はまだ紫原…というか他の誰にも話したことはないけれど。恐らく、親ですら知ってはいないだろう。
とにかく、ディズニー関連のものを一切知らないというのなら、それほどまでに驚かれることも納得は出来る。
が、日本に1つしかないテーマパークに行ったことがないというただそれだけのことが、これほどまでに紫原を驚かせる原因になっていることが、今一つ、解せない。

「そんなに珍しいことか?」

「んー。めっちゃすげめずらしーよ多分。帝中で1人じゃね?」

「…そんなに?」

赤司は、珍しいとかどうとかいう以前に、周りの皆が体験してきた当たり前のことを当たり前のように欠落させ育ってきた部分がある。
それは厳格な父の、あるいは将来的に財閥を背負い立つであろう彼自身の立場からの当然の要求であり、抗おうにもその根拠すらつかめなかった幼少期だった(他者との関わりは管理され、幼稚園にすら行ったことはない。自身が特殊だという認識がなければ、そのことには気付かないものだ)。
帝王学を学んだり、赤司自身の披露目も兼ね幼い頃から定例総会やパーティーの席に参加させられたりと、その逆のこと、自分だけが体験し学んできたことももちろんあったけれど。
だがいずれにせよ、普段はそのどちらもそれほど不自由には感じない。
慣れていないことにはこれから慣れていけばいい。また、自分の方が余分に持っている知識を不用意にひけらかして、わざわざ周囲から浮き立つ必要もない。

なるほど、それなら一度くらいは行ってみるものかもしれないな、と赤司が口を開く前に、その決して華奢ではない両肩ががしっと力強く掴まれる。
何事かと上げた視線の先、目の前の長身はいつになく真面目な顔を見せている。

「赤ちん、一緒に行こう、ディズニー。」

「…」

何を唐突に、と思わなくもないが、そこで気付いた。そういえば、明後日の休みの話をしていたのだった。顧問とコーチの予定がかみ合わず、急遽オフになった明後日。晴れるようだし、久々にディズニーランド行きたいなと紫原が言い出したのがそもそもだ。
赤司は頷くでも首を横に振るでもなく、ただ目をぱちぱちとさせている。

「…いや、何で、でも、俺も…?」

(俺も…?俺と…?)

赤司には、それが良い選択とはとても思えない。
乗りたいアトラクションや見たいものなど色々紫原にはあるだろう。そこへきて初心者の赤司(大体その場所が何をして楽しむところなのかも未だ掴めていない)。きっと思うようには動けないだろうし、何より人酔いする可能性がある。
赤司自身はそのことを何とも思っていないけれど(もう13年間、慣れきった体質だ。少し休めば元に戻る)、やはり足手まといになるのは否めない。

「…」

だからと断ろうとはするのだけれど、思うように断りの言葉が出てこない。とりあえず否定らしいことは何一つ紡げていない赤司の前で、彼をディズニーに連れて行くと宣言した(というより、彼の中では既に決定した)はずの紫原は、だがやはり何事か悩んでいる

「…どうしよう…ランドにしようかシーにしようか決まんない…」

(ああ、TDLかTDS)

だがあそこは確か、テーマ性が全く違ったはず…。
赤司にも、その程度の知識はある。だとしたら、彼が選びそうな方はどちらか?
子供っぽい紫原のことだから、当然ディズニーランドを選択しそうなものだけれど。

…と、何事か口に出しそうになったが、赤司は思いとどまった。
ここはやはり明確に、断る方が良い…はずだ。親や兄弟、他の友達と一緒に行った方が紫原には楽しかろう。滅多にない、せっかくのオフなのだ。精一杯存分に楽しんで、また月曜からの練習に励めればいい。
その月曜、嬉しそうな紫原の姿を見るだけで、自分は構わない。
…はずなのだ。けれど。

(…)

一緒に、行きたい、なんて。そんなことを思ってしまう自分がたまらなく浅ましくて、恥ずかしくて、赤司は俯いてしまう。
紫原のさっきの言葉がまだ頭に残っていて、ぐるぐるとループしているのだ。じぃんじぃんと響くように赤司の思考を埋め尽くす、低めのテノールがあざとい。耳に残りやすくて、消えにくい。



(そんなの、)



“赤ちん、一緒に行こう、ディズニー。”



(行くって言うしか、ないじゃないか…)



もう一度戸惑いがちな視線を上げた赤司に、ちょうど良かったとばかりに紫原は人差し指を立てて見せた。提案のポーズ、あるいは何かを尋ねるポーズ。ちょっとだけ首を傾げたその姿が、200 cm近くの身長を誇るとは思えないほど愛らしく、また愛おしい。

「赤ちん、ランドとシーどっちが良い???行ったことないし分かんないかもだけど…うーん…赤ちん…赤ちん連れてくの…どっちが楽しいかな…」

「ええと…どっちって言われても…(行ったことないし…)。…紫原はどこに行きたいんだ?」

「んー…いっぱい遊べんのランドだけどーだから俺ランドのが好きだけど…でもシーも美味しいもんいっぱいあるしー、デートならシーとかっていうよね(赤ちんとデート…わぁ…っ///)。…っ///、でもやっぱ赤ちん初ディズニーならまずはランドかな?でもね!ていうかね!赤ちん!」

「…ぅ、うん?(紫原とデート…///)」

「俺、赤ちんにダッフィーだっこして持ってもらいたいの!!!ダッフィーだっこ赤ちん見たいし写真撮りたいし。…どうしたら良いと思う???」

「ダッフィー?」

「うん、そう、ダッフィー。」

「ダッフィー…」





それから、赤司を送る駅までの帰り道。

遠回りではあるけれど、紫原は好んで赤司と帰りたがる。そう、単に、いわゆるいつもの帰り道。

ダッフィーの話をして(赤司はダッフィーを知らなかった)、ランドの話をして、シーの話をして、

ポップコーンの話をして、チュロスとか食べ歩きぐるめの話をして、スーベニアつきのおやつの話をして、

赤司の家に揃っているディズニーのDVDの話をして、

実は赤司がプーさん好きだという話を…(…ちょっと気を緩めたらあっさりばれてしまって)、

それじゃあハニーハント行かなきゃっていう話になって、やっぱりランドっていう話になって、

紫原は最初少し残念そうな顔をしていたけれど、それがそのうちとても楽しそうな表情に変わる。だんだん楽しくなってきたというより、何か良いことを思いついたという表情で、あどけない子供っぽいそれが赤司の心をきゅうぅと掴んだ。

「…どうした?」

「んー…。プーさんと一緒の赤ちんも見たいけど、俺、やっぱ赤ちんにダッフィー抱っこして欲しーんだよね(多分すっげ可愛いよ)。」

「?じゃあ、」

「んーん、違くて、今回はランドでいーの。でもさ、だってね、」

「?」

「それって、また、行けば良いってことじゃん!…行こーね、明後日の、あと。」

いつか先。休みの少なくて大変な部活だけれど。いつか。

一回の予定が二回になって。

君が気に入れば、きっと、何回も。その予定は立つだろう。





DDA(だっふぃーだっこあかちん)

(焦らなくても良い、またいつか、2人で行こう。
今度は今よりもっと大人になって、そこでちゃんとデートをしよう。
…明後日はとりあえず、)

でぃずにーはつたいけんのきみに、せいいっぱいたのしいおもいでを!





「…ん、」

ああ、でも、うん、でもなかったけれど。それだけで、分かった。
愛され慣れない赤司の、戸惑いがちな、だが否定のないそれは最大限の受容だ。
拒絶のない返答はイエス、嬉しそうににこりにこりとする紫原の様子を右に感じながら。
赤司は、ドキドキと脈打つ心音と密かに戦っていた。





end.

タイトルのDDA、最後まで説明がないという…(ダッフィー抱っこ赤ちん)。
相当可愛いと思います(笑)。行きたいな、ディズニー…。
むっくんがダッフィー抱えてても良い。それで赤司シェリーメイ…それも可愛い…!
またの名をGTH(ごーとぅーはにーはんと)。
ワイワイしていちゃいちゃして、人込みで疲れちゃった赤ちんを介抱して。

「…ぁ、あれ、…」

「?」

「…」

「…?」

「…」

「…ああ!(ぽん!)赤ちんあれ行きたいの!」

「…、…、…ぅ、ん…///」

「よっし!次そこ!!!」

っていう2人(笑)。
ジャングルクルーズでわくわくしちゃう赤ちんも可愛い…!!!
モンスターズインクで目を輝かせてるのも可愛い…!!!
チュロス食べて、違う種類のポップコーン食べさせあって、休憩しながらスーベニアつきお菓子を食べてるといい。あと、うきわまん(…は、シーだったかも…)。

耳は何でも可愛いです。帽子タイプでもカチューシャでも。ミッキーでもミニーでも、プーさんでもティガーでもマリーでも。

…とりあえず赤司とむっくんなら可愛い!!!

2013.05.19


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