NOVEL | ナノ

 おんなのこのひ

赤司の家には、ひな人形があるらしい。



おんなのこのひ



ああ、もちろん七段飾りじゃないよ?お内裏様とお雛様がいる、一段飾り。

と赤司は続けたが、紫原には七段飾りの意味がすぐには分からなかった。
そもそもお雛様なんていうものは紫原の家にはない。
母親のひな飾りは祖父母の家にしまわれているし、何より一人っ子なので、おとこのこである敦と女の子の成長を願うひな人形とは無縁だった。
そんな紫原の中でのひな飾りは、この時期よくテレビで見るあの赤い布敷きの何段にも階段状になっているアレであり、段数を数えたことはないが恐らくあれが七段飾りというのだろう。
なら一段飾りとはあの一番上のお内裏様とお雛様だけの飾り?赤司も確かにそう言った。
確かにそう言ったものもCMで見かけたような気がしていたが、あああれかと思ったその一瞬後に疑問点。

「赤ちん、」

「ん?」

「赤ちん男の子だよね?」

怪訝そうな顔で赤司の顔を見上げる紫原。
そこには呆れもなく、ただただ不思議さ100%のその表情に赤司はくすりと目を細めた。

(あ、赤ちん笑った−ひど−!)

(ごめんごめん、ついね。紫原可愛いから、つい。)

そう言って、再度くすりくすり。今度は数回。

それを見て紫原は頬を膨らませたが、それを見て赤司はまたくすり。

珍しく部活もなく、ゆっくりとした放課後。赤司は紫原のクラスに足を運んだ。
別に何があったわけではない、話があったわけでも、そもそも朝練で顔を合わせたばかりなのだから、恋しいと思いいたたまれなくなったわけでもない(バカップルとは先日青峰に言われたばかりだが、そこまで色ボケてはいない。そもそもすぐ横の美少女に目もくれず、ひたすら大きなおっぱいを追い求める中2病などに恋愛がどうのと言われたくはないと赤司は思った)。
それはごくごく普通の中学生の放課後、クラスに残って他愛のない話を繰り返す。たまに先輩の愚痴をこぼす、先生の声真似をする。
と、そういう時に限ってその先生が廊下を通る。心臓が凍り止まるのは一瞬で、そのすぐ後には苦しいくらいの笑いがやってくる。

冬至はとうに過ぎたが未だ季節は早春の頃、授業が終わってしばらくすると、あっという間にあたりはオレンジ色に包まれてしまう。
紫原のクラスは西日が入りやすい角度にあって、太陽高度の低い冬場の夕方はとてもきれいなオレンジ色に染まる。
その教室で、赤司は紫原の席の一つ前の机に座っている。紫原は自分の机に突っ伏している。
よくそのこじんまりとしたスペースに収まるな、と教師やクラスメートに半ば揶揄する口調で言われるが、大して苦はない。余計なお世話だ。
赤司はそうは言わない。紫原が器用に身を丸めあるいは縮め、既定サイズに収まろうとする彼の努力を、いつも単純に“すごいな。”と感嘆した声を上げる。
それでいい、それが、良い。
知らずなのか知ってなのか、とにかく赤司は紫原の折れやすい心を抉らない。

必然と赤司を見上げる格好になっている紫原は膨らませた頬を元に戻し、だがまだ会話が進んでいないことに気付いてもう一度赤司を見上げる。瞬間、視線がぶつかって、目前の男子中学生がニコリと笑う。
全知全能のような表情をして、愛の女神のような整った顔立ちをしている。
その彼を、赤司を、全て形容するのは不可能だ。
欠点以外完璧、という言葉で片付けたいのだが、目に見える範囲に欠点がない。
よくとおる澄んだトーンの声、聡明な頭脳、他を寄せ付けない威圧感。
そして、スポーツセンスの良さ、鍛えられた体。
そのくせ時折、(つい先日身長が200cmを超えた)紫原のことを可愛いなどと訳の分からないことを言う。そんな赤司には敵わないのは重々承知だ。
少し首をかしげ、先を促すと赤司はようやくああ、と合点がいった表情をした。

「祖父がね、孫には女の子が欲しかったらしいんだ。」

「…せーじゅーろー?」

伸びた発音に今度は赤司が首を傾けたが、一瞬の後にああ、そうだねと目を閉じた。

再び開いた双眸でまっすぐに紫原を見つめ、また逸らす。

「そういう場合、女の子みたいな名前を付けたがるかもな。でも、それはそれ、だったんじゃないかな。」

一を聞いて十を知るって、あるだろ?

十(じゅう)を、すべてを征する、って意味なんじゃないの。

十番目の子とかそういうんじゃないよ、と笑った赤司の表情は、今度はとても悲しげだった。

紫原には“すべてを征する”のどこが悪いのかそのときは分からなかったが、赤司と過ごす度、赤司の傍にいる間、だんだんと分かってきた。
それは勝手に尊敬され期待され、“赤司なら大丈夫だろう”の言葉でデコレーションされ。“失望させるなよ”という言葉のリボンできれいにラッピングまでされた上で、孤高という急な山の頂に取り残される孤独。
その山の名前を、彼が幽閉されている空間を“勝利”というのなら、いつかそこから救い出そうと紫原が決めたのはそれから数日もしないうちのことである。

「生まれた俺は男の子だったけど、」

祖父は俺が生まれたときはもう病に臥せっていて、最後のワガママだったんだ。七段飾りはさすがに気が引けるけど、一段飾りなら何とかって。

だから、ひな飾りがあるんだよ。
ひな祭りのお祝いはしないけど。

相変わらず楽しそうに目を細める赤司に、先ほどの悲しさは感じられない。
だが侮ってはいけない。紫原の目の前の完璧な猫は、隠し事をするのも得意なのだ。

「赤ちん、」

紫原は徐に立ち上がった。大きな歩幅で一歩進むと、前の席を余裕で回り込める。
そうして赤司の後ろに回り込むと、振り返るのを許さず後ろからぎゅっと抱きしめた。
赤い光沢をもった黒髪に反射する光が、瞼を閉じていても感じられる。
そこに征十郎以外立ち入り禁止とでも書いてあるのか、他を寄せ付けない孤高の赤だ。ただ、その聖域に紫原だけは入っていけた。
…突き詰めていくと理由は全く分からないのだが(それだけ無条件に安心されていたか、極端に意識されなさ過ぎていたかのどちらかだ)、この上なく嬉しく思う。
そして、この赤を守らなければ、との思いを一層強くするのだ。

「赤ちん、おんなのこだったら良かったね。」

「…。」

たっぷり静止沈黙5秒間。

赤司の前でぎゅっとした腕の力を緩め少し体を動かすゆとりをもたすと、ゆっくり身を捩って紫原の方を見上げた赤司の不機嫌そうな表情。
蔑みの目線に怒り60%、下げた片方の眉に呆れ40%と言ったところか。
ああ、誤解させたなと紫原は思い、その顔を見ないように向き合う形となった赤司の真横に顔をうずめた。

瞬間、聞こえた息を吐く音。赤司のため息には、諦めと少しの失望がこもっていた。
悪いことに、紫原に対してではなく、自分に対しての諦めと失望。
女の子と望まれていたのに男だった自分。
自分を好きだと言ってくれた紫原へ、彼への思いが募るたび、募っていく無力感と喪失感。
こんな考え、二律背反だ。
好きだ、紫原が好きだ、だがそう感じる度、鼓動が大きくなる度その先の未来が急に遠くなる。飛び込んで甘えてああやっぱり自分は紫原が好きなんだと感じたい、そのぎりぎりのラインで赤司を阻んでいるのは、男である自分。
女の子であれば何も問題なかったのに、男だった自分。
どう考えたって行きつく先はアンビバレントで、ループする思考にこれまで赤司が何度苦しめられたか。
その苦悩を、目の前の妖精は感じ取ってもくれていないのだろうか。

「そんなことを言ったって仕方ないだろう。」

俺だって男なんだよ。その俺を好きって言ったのはお前だろ?
仕方なく選んだ諭すような口調を、慌てて紫原が遮る。

「ちょ、待ってそうじゃなくて違くて。」

ちょっと赤ちん深呼吸しよう。

…。

一番テンパってるのはお前だろうに、と赤司は思う。
目の前の紫色は本当に面白い生き物で、おまけに本当に深呼吸なんてし始めたものだから、赤司は思わずくすっと笑ってしまった。
本当にする?それ。

「じゃなくてね、赤ちん、」

楽しげな様子の赤司に対して、紫原は真剣な表情で続ける。
深呼吸は功を奏したらしく、聞こえる彼の心音も穏やかだ。

「おんなのこだったら、体に出るじゃん。」

「?」

「おなかいたくなったりするでしょ?せいしんてきにまいったりして、ひどいと、おなかいたくなるの、こなくなったりするでしょ?」


「…。」

赤司は少なからず驚いていた。
(赤司には好きだ、と言ってくるがそれでも)性的なものとは無縁に感じる紫原から、暗に(いや十分ストレートに)女性の月経の話が出た。
緑間のようにただ保健の教科書の中で生きている(と赤司は思っていた。緑間、違ったらごめん。)のかと思っていたが、実際どうなのかは分からない。
性教育は小学生の頃にあるもので、学校差があるから何とも言えないのだ。
ちなみに赤司のいた小学校では男女別で、男子の方はご丁寧にコンドームまで配布されたが、あんなもの手に持った瞬間に緑間なら泡になって消えてしまうんじゃないだろうか(…本当に、違ったらごめんな緑間、お前潔癖だから…。でもお前が例えばむっつりで、家にエロ動画とかいっぱいあっても俺は軽蔑しないよ?とにかく勝手に考えててごめん)。

赤司がそっと心の中で緑間への謝罪をしている間黙っていた紫原だが、そのうち言葉を探しながら小さな声で続ける。

「辛くてもさ、苦しくてもさ、俺ら体に出ないじゃん。鍛えてるし、そう簡単にぶっ倒れることもないじゃん?…夏の熱中症は危険かもだけどさ。」

しかも、普段トレーニングで鍛えている運動部。
帝光中バスケ部1年生レギュラー赤司征十郎、ちょっとのことでは体調を崩したりしない。
体も、精神も。強靭だと思われているし、一般から見れば確かに強いのだろうが。

「…赤ちんが精神的に辛いときもさ、すごくすごく苦しいときもさ、おなかいたくなるのこなくなったり、しないじゃん赤ちん。女の子じゃないから。」

「…」

「だから、誰にも気づかれねーじゃん…。」

もっと皆に頼って良いんだよ。
…俺、頼りないけど。
一人で抱え込もうとすんなし。
…って言っても、赤ちん頑張っちゃうじゃん。
だからさ、出来るだけ皆に気付いてもらえないとダメなんだよ。
おんなのこだったら…。
すごくすごく疲れて、まいっちゃったら、もしかして生理が来なくなったりして、親御さんに気付かれて、大事になって、でも、それで皆に気付いてもらえたかも…。

赤ちん、頑張りすぎだって。
赤ちんにだって、辛いことも、あるんだって。



よわねをはけないあかちんのこころをわかってください。

つよがってないです、これがあかちんなんです。

みんなたよりすぎないで、あかちんだってちゅうがくせいなんです。

これいじょうがんばってがんばってがんばったら、あかちん、

いつかこわれ…

「大丈夫、だよ、紫原。」

紫原はゆっくり、ゆっくり話した。一言一句言い零さないように、慎重に。

その数分間にも感じられる時間の後に赤司がようやく絞り出した言葉のは、ほんの少しだけだった。そしてそれを口にするだけで、また数分かかったような気がするのだ。

「お前が、」

分かってくれてたら。

傍にいてくれてたら。

俺は、大丈夫だから。



(…多分。)

(…多分!!??ねえねえ、赤ちんそれじゃダメだよ〜!!!)

(ふふ、冗談、冗談。…紫原、)



好きだよ。

反則なほど嬉しそうな笑みを浮かべた赤司は、

恐らくこの世で一番可愛い、と紫原は思った。



(うちにはひな飾りがあるんだ。今度遊びに来る?)



おんなのこのひ



(うーん、確かにお雛様じかに見たことないけど…。)

(…雛菓子、きれいでおいしいよ。ひなあられとか。菱餅で揚げ餅作ると美味しいんだよ。)

(…行く。)

(うん。)

(…あ、でも何かこれ、食べ物でつられたみたい…?)

(あはは、みたいじゃないよ、)

(うー…、)

(良いんだよ。だってさ。…つったんだから///)

(…!、っ…///)

おんなのこのひはむかえられないけど、おんなのこのひはおいわいしよう。

おいしいおかしと、きみがいればそれでじゅうぶん!

(赤ちん、)

(何?)

大好き!



end.

俺得。以外の何でもない(笑)。
ああもう大好き。バカップルも好きだけど、初々しいのも大好き。



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