NOVEL | ナノ

 みらくる・ぽけっと

※ 赤司の前の帝光主将、名前のみネタバレ注意です。出ては来ません。





「あつしくん、おはようございます。」

「おはよーございまーす。」

門の前のせんせいに、げんきにあさのごあいさつ。
朝から優しいそのテンション、これから一日過ごすのに眠くなっちゃうよ。
俺はいつでも眠かったんだけどね。





みらくる・ぽけっと





「今日もぽっけがいっぱいなんだね。」

確か、あれは幼稚園のときだったと思う。
その頃はそれほど自分も大きくなくて、背の順もさくらんぼぐみの後ろから3番目。
せんせいも他の子たちにお話するのと同じくらいの体勢でよかった。
せんせいたちが膝立ちになればふらふらと眠そうに立つ自分と目が合った。

「あつしくんのぽっけには何がはいっているの?」

「せんせいにも教えてほしいな。」

そう優しい声音で聞いてくる幼稚園のせんせいに、これーっていつもお菓子を見せた。
本当は持ってきちゃいけないんだろうけど、せんせいたちは許してくれたんだっけ。

(ほかのみんなには内緒だよ?せんせいたちとおやくそく、守れる?)

(うん、やくそくー。)

思えば、あの頃から既に大きく成長する片鱗は見えていたのだと思う。
給食やお弁当だけでは全然足りなかった。
すぐにお腹が空いて、駄々を捏ねる(だけなら良いのだけれど、凶暴になる。周りの子に当たる)自分への救済策として、彼女たちはあつしくんとおやくそくを結んだのだ。
それを自慢げに周りに暴露するほど自分は頭の悪い子ではなかったし、黙認されているという自覚がある分ほかのおともだちの見えるところではお菓子は食べなかった。
その頃から相当に負けず嫌いではあったのだけれど、元々おもちゃとかお絵かきの道具とか、遊具で遊ぶ順番とかそういうことにはこだわりも執着もなかった自分だ。
自由時間にはどちらかと言えばきょうしつの端っこで、誰にも見向きもされなかった古い小さな猫のぬいぐるみを抱いて眠っている方が好きだった。
幼稚園児というのは意外にも利口で、自分と関わりのないもの、自分と機嫌よく遊んでくれないものには興味を示さない。
だから周りも自分が教室の端っこでお菓子を食べていることには気付かなかったし、せんせいたちもよく配慮してくれた。

ある日、いつものようにあつしくん、そのぽっけには何が入っているの?と聞かれ、いつものようにお菓子を出して見せた。
その時持っていたのは、右のポケットに飴玉が5つ(いちご、ぶどう、リンゴ、メロン、レモン)とラムネが2つ、左のポケットに2枚入りのビスケットが2袋。
手に取り見せながら、そういえば見たことないせんせいだなぁなんて呑気に考えていたことを覚えている。
今考えると、それは教育実習のせんせいだったんだと思う。
普段声をかけてくれるせんせいたちより少し若く、声のかけ方もぎこちなかった。
が、声音がふわりと優しいことに変わりはなかったので特に気にもしなかった。

「これー。」

「うわぁ、お菓子たくさんだね、あつしくん。」

そして、そのせんせいは眩しい笑顔でこう言った。
ほかのせんせいたちは今までそんなこと言わなかったのに、だからだろうか。
せんせいの顔は忘れてしまったけど、その声だけは鮮明に覚えている。

「あつしくんのぽっけには、ゆめがたくさん詰まってるんだね!」

素敵だね。

あんまり自然に言うものだから、自分もそうなのかな、と思ってしまった。





さくらんぼぐみに始まってみかんぐみ、いちごぐみと通った自分の幼稚園生活は無事3年間で終わり、あれからもう8年以上が経つ。
せんせいたちの多くは結婚したり赤ちゃんを産んだりして園を辞めてしまったけど、まだ当時から残っている2、3人のせんせいたちは、未だに送迎時すれ違った時には挨拶をしてくれる。
そして、たまに”あつしくん、ぽっけには何が入ってるの?”と冗談交じりに聞いてくる彼女たちに、もーやめてよーってお手上げってポーズで言いながら、コンビニのビニール袋に入ったお菓子を見せる。
たまに送迎が終わってから会うと飴をくれたりするのだから、自分は未だに相当子供だと思われているのだろうけれど、全く悪い気はしないのだ。
幼稚園に通っていた時からはもう考えられないほど大きくなってしまったのに、驚くこともなく(バスケの試合であっただけの他校の生徒は、数か月会っていないだけで身長が伸びた自分にびっくりしてくる。お前らだって伸びてんでしょ?そーゆーのほんとウザい。)、親のようにいつも変わらず接してくれるのが少し…いや結構嬉しくもある。
だからたまにおまけしてウインクして見せると、あちらも嬉しそうに笑うのだ。
小さい子の面倒を見て、成長を見守るのが何よりの楽しみなのだろう。
苦労も多いだろう(自分など、”人”のデフォルトミニサイズとも言うべきあの小さいのに囲まれた瞬間にフリーズしてしまう)が、高貴な職業だと思う。

(あつしくんのぽっけには、ゆめがたくさん詰まっているんだね!)

そう言ってくれたせんせいは今どこで何をしているのかは知らないけれど、きっと、良い先生、あるいは良いお母さんになっていることだろう。
きっと、その一言が一人の園児の心の中に深く深く残っているということは全く知らずに。

今ではブレザーのポケットにお菓子は入っていないし、ものぐさな自分のために母親が入れてくれたハンカチとティッシュが入っているだけだけれど(思えば幼稚園のとき、その2つの必須アイテムはどこに入っていたのだろう?ズボンのぽっけかな?)、その言葉を時折思い出す。

そしてポケットに触れると、慣れた布地あるいはティッシュの柔らかな感触から”夢”の一文字がふわり浮かぶ。
夢ってどんな感じ?柔らかいの?飴みたいに舐められるの?ビスケットみたいに甘いの?
それも分からぬままこのまま大人になりそうな自分は、このところ頻繁に、そして少し焦り気味にポケットを触る。
けれどそこに”夢”と呼べる何かが潜んでいるとは全く思えない。

いつの頃からか崩れてしまった自分たちの関係。

(赤司くん、僕は、僕は…、)

聞こえてしまった会話。

聞いてしまった友人の心の叫び。

今まで彼が抱え続けてきた葛藤。

気付いてしまった、それに気付かなかった自分たちの浅はかさ。

(…それを今言って、お前はどうするんだ?)

見てしまった、自分にとっての”絶対”の悲痛な表情。

声には決して表れない、精神の奥底からの悲鳴。

気付いてしまった、自分たちのこの関係の脆さ。

(迷惑はかけません。…大会、が、終わったら、)

(僕は、バスケ部を辞めます。)

迫る中学三年の全中。

それを控えた今の状況では尚更。





「赤ちん、」

「何だ紫原、まだ残っていたのか?」

視界の先、トントンと部誌の底を揃え、赤司は立ち上がる。
先日見てしまった聞いてしまったあの光景は、ひょっとして夢だったのではないか。
そう思うほど、彼の態度はずっと泰然としている。
ただ、反対に黒子の様子はガラリと変わった。
吹っ切れたという言葉では何か違う気もするけれど、とにかく目がここしばらくの彼とは全く異なっている。
一言で言おう。彼は確かに、前を、向いている。

「んーん、」

うん、忘れ物。

そんな繕いを言っても、彼ならそれを見抜いただろうが。

「赤ちん待ってた。」

「そうか。」

じゃあ、帰ろう。

見間違いかもしれない。だが視界の端っこに、緩く笑った赤司の、少し和らいだ表情。

(…うん、そうだよねー。…見間違いだよね。)

赤司の表情が一瞬でも和らいだなんて。
そんなことはありえない。

1年から副主将、主将の虹村が引退したその瞬間に、あっという間に主将になった彼。
誤解されることも多々あった。
それは赤ちんがやりすぎなんじゃないの?って、思うことも少しはあった。
そのくらい、他人にも、そして自分にも厳しい人だ。
そんな風に苦心に苦心を重ねてきて、一人で全部抱え込んで帝光を頂点に導いた。
周りよりちょっと能力が高く少しだけ抜きんでた存在であっただけの自分たちを、引き込んで引っ張り上げてバスケへと惹きつけて。
キセキの世代と言わしめた。
だというのに、今度は、彼自身の心であり体である自分たちが彼から離れていこうとしている。
彼が呼吸し拍動を起こすために(“勝つために”)必要な彼の一部、駒の自分たちのその一部を失うことが既に確定している。
余命は後数か月。
崩れそうになる全中連覇、だがきっと自分たちはまた頂点に立つ。それは自負であり何より自覚である。
計らずも、彼は命を長らえる。
…頂点でないところに立つことで、あるいは頂点に立てないことで見えることもきっとあるだろう。
だが、彼はそこへ舵を切ることはないし、あってはならないと思う。

そんな状態で、表情の一瞬でも和らぐことなどあるだろうか。
全くの見当違いの見間違い。
一瞬垣間見えたそれを、白昼夢よろしく夢と呼んでも良いかもしれない。





夕暮れすらとうに過ぎた夜の中ごろ。
あれだけ練習して、しかも家の遠い彼が帰り着くまで何も食べないのはいくら何でも逆に不健康だと、寄ったコンビニで彼の分も買ったレジ横のから揚げパック。
最初は拒絶して、だがそのうち遠慮がちに「ありがとう、」と受け取って。
2人して食べながら、少し前を赤司、後ろに自分。
春を過ぎ、肌をからかいながら触れていく生ぬるい風に夏の訪れを感じている。

(終わるな、終わるな、)

春。

全中なんか永遠に、やってこなきゃいいのに。

「紫原、」

「んー?」

「美味い、」

「そっか、」

よかったーと語尾を延ばせば、今度こそふっと力を抜いた赤司の目。

(…ああ、ってことはここんとこずっと、気ぃ張りっぱなしだったってことじゃん…。)

それを、泰然としているなどと表して。
気付かずにいた自分の浅はかさに、心がずくりずくりと痛みだす。
きっと、それ以外にも自分の気付いていないところ、鋭い針をいっぱいいっぱい飲み込んで、外側からはナイフで切りつけられているのだろう。
自分の存在が、針のむしろとなった彼の心を救えるほどの何かであれば良かったのに。
想い願うだけでは叶わないことを、ここ数週間で自分は覚ってしまったのだけれど。





(あつしくんのぽっけには、ゆめがたくさん詰まっているんだね!)

そう言ってくれたせんせいは今ここにはいないけれど。
彼女なら、赤司のポケットに何を見出したのだろう。

着崩すことのない彼のブレザーと、肩にかけられることの多い”俺らの象徴”真っ白ジャージ。
或いはズボンの、ジャージの下の、バスパンの。
その中に詰まっているはずの彼の夢は、恐らく叩いても割れないし触っても分からない。
そこには、空気以外の何物も存在してはいないからだ。

勝つことすら基礎代謝である。
その彼に、優勝以外の何かの選択肢があるはずもない。
大勢の中学生の思い描く”夢”。
だがそれは彼にとって夢ではなく、到達しなければならない最低限なのだ。
大気のように大きく大気のように掴めない。
それが赤司の命そのものならば、ポケットに収まらないのは当然だ。

思わず、触れていた手。
後ろから抱きよせるように、ブレザーのポケットを触る。
やはりそこには何もなくて(ハンカチはどこに入っているのだろう?)、筋肉の程よくついたその感触だけが布越しに伝わってくる。

(…脆い。)

いつだって威圧感に包まれている赤司。
だがその体には、いざとなったとき彼のことを守る鎧も盾も、防弾チョッキだって存在していないのだ。
むき出しの体とむき出しの精神に、容赦なくナイフが針が襲いかかる。
…実際の体にそんなことが起こるわけじゃないのだけれど、耐えられなくて。
そのままぎゅっと抱きしめると、「紫原?」怪訝そうな声。

「…」

「…」

しばらく無言のまま抱き竦めていたら、彼はその状況を受容したらしい。
抱きしめられたその体勢のまま、残っていたから揚げを食べ始める。その音は骨伝導によっていつもより低く響いてくる。

ようやく食べ終わったらしい彼に、俺のぽっけ、とだけ言ってみる。
やがて後ろ手に自分のブレザー、その左右のポケットを苦労しながら探る赤司の手が、いずれも目的のものを探り当てる。

右のぽっけからは飴が5つとラムネが2つ、右のぽっけからビスケットが2袋。

「…紫原、これ、?」

「うん、それ−。」

…夢がたくさん詰まってるとせんせいは言った。だから、お菓子なら何でも良かったのかもしれない。
だけど、夢の形なんて分からなくて。
結局選んでしまったのは、最初に”ゆめ”と知ったもの。

「あげる。」

それが、今の、俺の、夢。








「俺の夢はね、赤ちん、」

「赤ちんが笑顔でいてくれることだよ。」

でも、それじゃぽっけに入りきらないから、

代わりにお菓子を入れておくね。

俺のぽっけの夢いっぱいで、赤ちんがたくさん笑顔になりますように。



みらくる・ぽけっと

きっとそこには、キセキという名のゆめがいっぱい。



「何かリクエストがあったら言ってねー!あ、チョコとか溶けちゃうのはダメかも…。」

「…じゃあ、…湯豆腐。」

「ゆ…っえぇ〜!!??それは無理でしょ!って赤ちんっ、もーからかうなし〜〜〜っっっ!」

「ふふ、…あはっ、はっ、ごめ、」

「もー!」

なんて。

ほら、また、笑顔!



end.

捏造たっぷり。
虹ちんって呼ばせたかったけど止めました〜。

2013.04.14.

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