NOVEL | ナノ

 あかし・あらし・あつし

赤ちんがぬるくよくじょうしちゃってる、お初までのお話。
そのシーンはありません。








春の嵐近づく夜に。
風雨も荒ぶる素晴らしい天候。

窓越しに見える大荒れの街並みと、絶えず聞こえる悲鳴のような風の音。
その爆弾低気圧並のそれが南から共に連れてきた暖かさも相まって、生ぬるい暴風雨はまるで晩夏の台風のようだ。
もし外にいるときにでも遭遇してしまったら、まず間違いなく悪態の一つも吐く天気。
だがその光景をあるいは音を、直接の風雨に曝されることのない屋内で見て聞く分には悪くない。
それも今、紫原の部屋の中から眺めるというこの状況ではなおのこと。

だからこそ、その天候は素晴らしいと赤司には思えるのだ。

「赤ちんー…俺思うんだけどさぁ…」

「うん、?」

「これはさー…あれだよねー…、」

「うん…、?…」

赤ちんお泊りのコースだねー。

そこに、特別何か意味があるわけでもない。
理由があるのだから結果があって当然とでも言わんばかりの紫原の口調が何故だか今日ばかりは少し寂しい気がしたけれども。

(こんな天気じゃ、帰れないもんね?)

「迷惑じゃなければ…、」

「んもー何で赤ちんそんなこと言うしー!迷惑なんてあるわけないでしょー。」

嬉しいにせよ寂しいにせよ、付随してくる結果は同じこと。





あかし・あらし・あつし





本日の紫原家。両親は揃って外出中。
というより、いつも朗らかな笑顔で迎えてくれる彼の母親が、一か月の期間で出張中の夫の元へ会いに行っているのだという。
委細思いつき用意しだしたのはつい昨日のことだったと聞いたときは少し驚いたが、それは息子とは正反対で活動的な彼の母なればこそ。
きびきびと段取りを決め準備するその姿は目に浮かぶようだ。

(洗濯とか身の回りのこまごましたことしてくるーって言ってたけどー…、…あれただ会いたかっただけだと思うんだよねー。)

とは紫原曰く。仲の良い両親の惚気は見慣れているのだ。
夫の好物を大量に作りこみ、タッパーにこれもまた大量に詰め込んで彼女は始発の電車で東京を後にしたのだという。
その残りがたくさんあるから、ごはんの心配はいらないねーと午前中呑気に言っていたのが俄かに現実味を帯びてくる。
実際これが余りか?と思うほどの量、種類もいくつかあったから、カップめんで一晩ということにはならずに済みそうだった(外はもうコンビニに出かけることすら不可能だと思わせるほどの荒れ模様になっていた)。

「それにしてもすっごい嵐になっちゃったねー…そんな予報だったっけ?」

俺天気予報見なかったから分かんないけど…。
何か春なのに台風みたいだね。

呑気なというか長閑なというか、いつもと変わらない穏やかな口調が嵐の音にささくれ立つ耳の奥に心地よい。

「うん、そうだったかな…」

俺も、あんまり詳しくは見なかったから。

そう言ってごまかした赤司のバッグの中には、この暴風雨にはあまりにも似つかわしくない小さな折り畳み傘が眠っている。





「赤ちん、お風呂先入ってねー。」

赤司の家ほどではないけれど、紫原の家は一部屋一部屋の作りが広いマンションだ。
長躯の彼が暮らすのにあまり不自由しないほどの広さと高さがそこにはある。
だがさすがに長身の男子中学生2人が満足に収まれるほど、浴室は広く作られてはいないらしい。

「お前の家なんだし。俺は後で良いよ。」

「んー…そう言われっと何かー…。でも赤ちん先どーぞ。」

「そういう訳にいくか。」

「いーのいーのそっちのがね。ここ俺ん家だし、ワガママ言わせてよー。」

「…」

恬とした表情でそう言いながら、鍋でフライパンで手際よくおかずを温め直し、その間にレンジでごはんを解凍しながら湯を沸かす。
昼もそう思ったが、食事の支度をする紫原はあまりにも段取りが良くて手際が美しい。
その動作一つ一つにしばらく赤司は見惚れてしまっていた。
途中何か手伝う、と言いはしたが「いーよいーよ座っててー。」とふんわり言われてしまって結局そのままだ。
悪い気はしたけれどそれでも一回で引き下がったのは、自分が横に立つことで紫原のその美しい動きを返って邪魔してしまうような気がしたから。

今もこうして、その姿を飽きることなく目で追っている。





夕飯をいただいた後、もう一度遠慮をしてみたものの結局流れで赤司が先に湯に浸かった。
熱くもぬるくもない、ちょうどいい湯の温度に体がほぐれる。
ストレッチの要領で背を伸ばし上半身を屈めると鼻の上まで湯に沈むことができる。
しばらく考え事をしながら浸かっていたら息苦しくなって、湯に沈んでいた顔を上げ声もなく息を吸う。

「っ、はっ、」

俄か酸欠状態のぼんやりした状態だというのに。

(…また…。…まだ、)

赤司の思考の端っこから、ここ数日あの紫色が消えることがない。





(ああ…、そうだ、…そうか、)

じわじわと本調子を取り戻した思考の中で、赤司はふと気付いた。
4割回転の思考の端っこに、風呂を先にと勧めた紫原。
彼が湯船に張ってくれたのは、赤司が浸かってちょうどいいほどの湯の量だ。
恐らくこの量では紫原の体では大きく溢れてしまうのだろう。逆を言えば、彼が浸かった後の湯の量は赤司には少なすぎるということだ。
赤司に気を遣わせずにと自分が自然に気を遣う。
その心遣いといい手際よく進められる料理といい、普段子供然として振る舞う無邪気な同級生のことを正直ここまで器用な人間だったとは思わなかった。

授業よりも家庭よりも、ずっと長く遥かに濃い時間を共にする部の中で、その中でもとりわけ傍で近くで過ごすようになってからもう2年余りになる。
周りからは何を考えているのかよく分からない、すぐカッとなって扱いづらいと称される紫原だけれど、その考えの読めない気怠げで難解な表情も複雑に入り組んだ考え方も赤司にとっては意に介するほどのものではない。
加えて、普段の生活では見られない彼の一面、赤司に対してだけ向けられる彼の感情だとか表情だとかいうそれ。その事に関してだけ言えば、さらにこれほど分かりやすい人物はいないと赤司は思う。
そんな風に、彼のことは公私ほぼ全て把握したと思っていたけれど。
ここへきて少し紫原に対する見識が改まる。

(ずっと、器用で…ずっと、かっこいい。)

周りに言えば惚気と言われるか。本人に言えば照れられるか。
普段感じていたそれをはるかに上回る魅力からかあるいは長湯からか、赤司は少し上せてしまったようだ。





体を拭き髪にタオルで覆いながら、入れ替わりに入った紫原が風呂から上がるのを待つ。
ゆっくり好きにしてて、と言われたけれど、紫原なしにはすることも特にないし、見たいテレビ番組もない。
かといって人の家を詮索するのは好きじゃない(これが青峰なり黄瀬なり灰崎であれば、所構わず弄りたおすことだろう。またはそうしないと分かっているから、赤司には好きにしてと許すのかもしれない)。
考え数秒。逡巡した結果、赤司は再び浴室へと向かった。

赤司が上がった際の湯気がまだ篭る脱衣所で、浴室の壁を背に座り込む。
紫原がもし湯船に浸かっていたら、無音の浴室には自分がこうしている音が響いてしまわないだろうか、この行動が彼に分かってしまわないだろうか、

(変に、思われないだろうか、)

杞憂は、サアァサアァと断続的に聞こえるシャワーの音にかき消された。

単調な霧雨の音に、時折大きな水音が混じる。
髪を水で流しているのか、または体を流した音か。
あの大きな手で、あの長い腕を伸ばして、彼は自身の体にどう触れどう清めていくのか。
たったそれだけのことが、果てもなく気になる。赤司の心を支配する。
彼のその手が行き着く先が、心逸っては気になって仕方がない。

俺は、どうにかしてしまったのか。

おかしくなってしまったんじゃないか。

(全部、嵐のせいだ…、)

持て余した感情のその激情の意味すら分からず、赤司にとって理解不能なもの全てを吹き荒れる恵みの嵐のせいにした。
すると少しだけクリーンになった思考。…だがその体には未だ厳然とした事実が残されている。
こればかりはどうしても消せない、事実事象、条件反射、生理現象。

(…どうするんだ、これ…)

意識してしまうと、頬の毛細血管が羞恥に支配されカッと熱を持つ。
浮かぶ、薄い生地の寝巻越しにその膨らみが分かってしまわないかという再びの懸念事項。
今の赤司に良い解決方法など思いつくはずもなく、ただ鎮まれ、鎮まれと言い聞かせながら、顔を真っ赤にして俯いているしかなかった。





髪を乾かすのもそこそこに、再び紫原の部屋へ向かう。
午前からずっとこの部屋で過ごしていたけれど、改めて見ると面倒くさがりの彼の部屋は意外にもさっぱりしていて(片付けんの面倒だし、元々あんまし物置かないんだよね。試験勉強もテレビもパソコンも全部…んー、っていうかほとんど居間で生活してるし、ママちん片付けてくれっし)、彼と赤司が共に存在していても全く窮屈でないほどの居住空間がある。

そこで初めて、寝る≒寝る場所が必要というところまで赤司の思考が到達した。

床にタオルケットの一枚でも敷いてもらえれば身を屈めて眠ることができるだろうか。
板の間での…というか雑魚寝自体したことがないので何とも言えないが、恐らくそれで正解なはずだ。
赤司は、これまで友人の家に泊まった経験などなかった。
そういえば、風呂を借りたのもちゃんとした昼食夕食を振る舞われたのも初めてだ。あまりにも自然な流れで意識するのを忘れていたけれど。
思えば朝から初めてのことだらけだ。改めて意識すると先ほど何とか鎮めた熱が再び顔に集まりだす。
それを隠すように赤司は窓辺に駆け寄り外の光景を眺めた。

「まだ、酷いな…。」

ガラス越しの目の前には続く酷い嵐の図。
ただ、今はその好機の嵐も小学生が描きなぐった風景画程度にしか思考に入らない。

(…えーと、…)

その赤司の様子を見て、紫原もどうしたものかとしばし首を傾げた。
考えてみれば紫原にしてみても友人を家に泊めるのは初めてで、眠るスペースに関しては今の今まで全く考えもしていなかったのだ。
女の子のようにこだわった洗顔せっけんやシャンプーがあるわけではなかったし、未使用の歯ブラシも下着もあったからそこは良かったけれど(あ、サイズ大きくなかったかなー…)、それが場所となればハイ半分こ、とシェアするわけにもいくまい。さて、どうしたものか。

だが楽観主義者の紫原の思考は、すぐにまあそれほど深く考えなくても大丈夫だろうという結論に達した。
人間一日二日眠らなくても(眠いとは思うが)何とかなるだろう。
赤司に自室のベッドで寝てもらって、自分は床で雑魚寝でもすればいい。
父母の寝室を借りても良かったが、せっかくの友人のお泊りだ。同室で過ごす方が良いに決まってる。
そう決めると、赤ちん、と呼びかけようと口を開く。

それと、どちらが早かったのか。

ばちん、

鈍くない、鋭くもない、だが確実に何かが切れた音を立て、一瞬の後に辺り一面が全て闇に包まれた。





「え、」

「え、」

呟いた言葉はどちらのものだったろう。

赤司は外を向いていた視線をそのままに、辺りの様子を窺った。
家の中が暗くなったせいで相対的に明るくなった屋外、事実紫原から見ると赤司はちょうど逆光の位置にあって彼が振り返っても表情は見えなかったが、そのゆっくりとした動作と声色から、赤司の落ち着いた様子は感じ取れた。
一瞬にして真っ暗闇に包まれパニックになりかける思考も、赤司の安定した動作に触れだんだんと落ち着いていく。
停電、という二文字が紫原の頭に浮かぶ頃には、赤司の推測はもう結論に達していた。

「どこかの電線が切れたか…見える範囲全部停電してるみたいだから、もしかしたら強風で変電所がやられたかもな。」

紫原にはその2つの理由にどれほどの違いがあるのか分からないが(どっちでも結局停電、だ)、腕を組んだ赤司はふうと息を吐く。

「これは、予想外だな…。」

「…」

再び窓に向き直って外の様子を見ようとする赤司の後姿を、紫原はじっと観察してみる。
彼が真剣に何を観察しているのか(屋内に比べれば多少明るいのかもしれないが、真っ暗闇であることには変わりないだろう)。
別にそのことに興味があったわけではない。

かろうじて残った車のライトや家々の懐中電灯から漏れる光がうすぼんやりと赤司を照らす。
逆光で細部はよくは見えないのだが普段と変わらず泰然とした彼の様子は、その輪郭から、首から肩にかけてのラインから、また組んだ腕から覗く指先のシルエットから伝わってくる。
非日常の空間で、滅多にない非日常な状況に遭遇し、それでもなお普段のままでいられる強靭な精神力。
微かな人工光に照らされた姿が、まるで満月に嘆くかぐや姫を思わせる。
ただ単純にその姿を、美しい、と思う。

「赤ちん、」

呼べば、紫原がすぐ後ろに立っているとは思わなかったのだろう、肩がびくっと震えるのが薄光の中でも分かる。

「こっち、」

そのまま上から覆うように抱き竦め、ベッドへと移動するさなか赤司はただえ、え、とだけ繰り返していた。
もう赤司が風呂から上がって大分経つ。その体が未だ熱いのを、薄い寝巻越しに感じている。

「俺の部屋だし、俺は寝ぼけてても動けるけど、赤ちんは危ないでしょ。どっかにぶつかったら、たいへん。」

「あ、ああ…ありがとう、」

(たいへん…、)

そう正論を言ってはみたものの、これからそれより”たいへん”な事態を招こうとしているのを、腕の中の想いの人は理解しているだろうか。
そのままベッドへ到着すると、赤司を抱きこんだまま腰掛ける。
1年のときよりも背が伸びて、もう大きくも小さくもなくなった(紫原から見ればまだまだ小さい)赤司だけれど、この体勢だとことのほか小さく感じられる。
ずっと抱きついたままの紫原に、いよいよ疑問に感じたのか赤司が僅かに腕の中で身じろいだ。
その振動さえ肌に心地よいが、今はそれ以上に赤司の身に宿る熱が紫原へと伝わっていく。
首筋に顔をうずめると、気に入っているシャンプーの匂いと石鹸の匂い。
その匂いを纏わせる赤司に、少し後ろめたさを感じながらも率直に思った、”よくじょうする”。

「…、あ、紫原…?」

今度こそ戸惑った声。
だが、密着した部分から伝わる彼の熱が、疼く鼓動が、声よりも雄弁に紫原に語りかける。ねえねえこっち、と呼びかける。

「赤ちんさー…」

「…?」

「さっき、予想外って言ったじゃん。」

「停電…?…うん…、?」

もう一度、小さく身じろぐ赤司から伝わる、微かな震え。
それは彼の内面で、精一杯最後の牙城を守ろうとしている彼の理性だ。
ギリギリのところで、欲を恥と捉え訴えられずにいる部分。
今はもう、その極小の振動さえ愛おしい。

「…何が、予想外じゃなかったの?」

「…っ、…!」

ねえ、赤ちん。

ぐっとこらえて、代わりに赤司の体を抱く腕に力を込める。
呼んで、煽って、焦らせるつもりは決してない。急かすつもりももちろんない。
声を詰まらせ心逸らせる原因は、結局は赤司の内面にある。
紫原は、その戸惑う心が自身の方へと迷わずに来れるよう、こっちこっちと手を延ばしているだけ。

リーチの長いこの手の先に、赤司の指先が触れるようにと。

「俺はさ、たまに天気予報見なかったりするけどさ。…赤ちん、そんなことないじゃん。」

多分、今日のこれも、知ってたんだよね。夕方から、大嵐になるって。

確かに朝は午後の急変が信じられないほどの良い天気だったが、だからといってこんな大事になることが予報できなかったとなればそれは気象予報士の沽券に関わる。
加えて、赤司はそんな風に、天気予報を見たり見なかったりといった風に適当に出来てはいない。
だから今日も、こうなることを知っていて、紫原の家にやってきた。
こうなることを知っていても、早めに切り上げて帰ろうとはしなかった。

それ、は、

期待しても、良いの…?

「ぁ…、」

「違うかなーって、思ったんだよ。お風呂浸かりながらね、シャワー浴びながらずっと考えてたんだけどね、違うかなって。思い過ごしかなって、」

でも、さ、予想外、って、そういう、こと、だよね、…違う?

途切れがちに言う言葉が、紫原にはもどかしくて仕方ない。
だが、途切れがちに伝えられるその単語一つ一つが、完成された文章よりも赤司の内面に沁み込んでいく。

「それ、に、さ、こーして、ぎゅってしたらさ、赤ちん、すげー、熱くって、ドキドキしてて、」

そんなん、だって、だから、…

「…ぅ、むらさ、ぁ、ぅいい、もう、いい、っじゃ、なくて、いい、だからその、」

赤司の言葉は耳に届いているのだろうか。躊躇いがちに告げられた

「違ったら、ごめんね。」

の言葉に、赤司の心臓が跳ね上がる。
そんなことない。そんなわけはない。違う、違うが違う。

「、ごめんっ、」

上手く伝えられない。後ろから抱きしめられているだけなんてもどかし過ぎる。
紫原の両手を全力で振りきって背後に向き直ると、ぼんやりとした暗闇の中だというのに彼の表情がはっきりと分かる。
きっと、自分と同じ、

「俺はっ、…こう、したくて、…!」

紫原の顔を頬を両側から包み、ぐいっと顔を近づける。
だがその瞬間恥ずかしさが勝った。
紫原から赤司の表情は逆光で見えないが、赤司からは紫原の表情が切れ長の目が暗闇の中でもはっきりと見えるのだ。
勢いのままかろうじて顔に顔を寄せるけれども、それだけでは全然足りない。
口付けることができなかった、持て余した勢いは自動的に恥ずかしさに変換され、またも頬がかあっと熱くなる。

そのままどうすることも出来ず固まっていると、ベッドに後ろ手をついて2人分の体を支えていた紫原が、不意に腕の力を緩める。
ゆっくりとベッドに沈んでいく体、自然と紫原の上に覆いかぶさる形になった赤司の口から、うわ言のように繰り返される”ごめん”。

「俺は、ずっと、こうしたくて、…こうされたくて、ずっと、ごめん、な、…ごめん、」

ここ何日も、ずっと、おかしくて…。

自分、でも、どうにか、しようって、

…するんだけど、…したんだけど、ダメで、全然、治まんなくって、

ごめん、ごめん、すまない、ごめん、

いつまでも止まる気配のないその口を、下から紫原が塞いだ。
タイミングの計り方、顔のずらし方、口の開かせ方。
…何でこんなに上手なんだろう。心のどこかではそう思ったかもしれない。
だがそんな風に考えている暇も余裕も今の赤司にはなかった。

ようやく解放されると、乱れた呼吸を元に戻すのに気を取られ体を支えていた腕から力が抜ける。
結果紫原の体に上半身が倒れ込んでしまったが、彼はびくりとすることもなく、事も無げにしばらく赤司の背をぽんぽんと撫でていた。

「赤ちん、赤ちん、」

このときばかり、ではない。
柔らかな発音が、結局いつだって赤司の心を穏やかに包んでくれる。

「それ、ごめん、いらない…から…」

大きな手が赤司の体を一瞬持ち上げ、少し位置をずらしてまた下ろす。
不思議そうに彼の表情を窺おうとして、「ぁ、」と赤司は思わず声を上げた。

少ししか移動していない体、その行為に何か意味があったのかと思った次の瞬間、薄い布越しに下から響くいのちのおと。
互いの心臓の位置が重なって、鼓動がダイレクトに相手から伝わってくる。
快楽とは違う、慣れぬ刺激だ。
どくどくという動脈を震わせる振動が、筋肉と胸骨越しに伝わるいのちの符合。
当然赤司の鼓動も上から伝わっているはずだけれど、それより、何より、

(紫原も、おんなじ…?)

言葉ではない、不器用だけれどもストレートな彼からのそれ。
これがあいのこくはくでなくてほかになんだというのだろう!

「赤ちん、」

やがて、躊躇いがちに赤司の下から聞こえる声。
こんなときばかりはかっこつけて、体心に響くような低く官能的な声を作ってくれても良かったのに。
だがいつもと何も変わらない、のんびりとした紫原の声が口調がどうしようもなく嬉しく、どうしようもなく幸せだと思わせてくれる。

「赤ちんばっかそんな、頑張らせてごめんね、俺もちゃんと、言うから…」

「…」

背中にあった手の、片方を赤司の髪に添え撫でる。もう片方はそのまま背をなぞって、下へ、

「優しくするから、いい?」

「、うん、」

もう、数日前からとうに超えていた自分の限界。
かろうじて声を絞り出せたところで、赤司は余計なこと一切を考えることを止めた。





あかし・あらし・あつし

一文字違いを口実に、一文字違いの君に触れる。





「赤ちん赤ちん、俺、すげー幸せ…」

「…俺も、」

この春のさなかの、暴風雨に感謝。





end.

久々にミクの"メルト"を聞きながら。
初々しいのも好きだけど、こうなっちゃってもとても美味しい!でも初々しい///。
照れMAXのお初まで話、大好きです。
こういうお初までの話を、いくつもいくつも想像してしまう…可愛い…///。

襲い受け…に、しない(ちゃんと自分から欲しいって言っちゃう)むっくんがかっこよすぎる。





おまけ

「ねえねえ赤ちん、嵐と赤司と敦って一文字違いだねー。」

「…そうだな(…だがそれは今言うことか?///)。」

(お最中でしたv。←)

2013.04.07. 


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