▼ 3月13日
「赤ちん、何やってんの…?」
最愛の想い人へ。
最大の愛と最大限の憐れみを持って。
3月13日のぷれほわいとでー「よぉ赤司、ちょっと付き合えよ。」
そう青峰に呼び止められたのは、ようやく春の陽気が漂い始めた3月12日。
ホワイトデーを目前に控えたこのタイミングで、彼の意識の中に自分が組み込まれるということは。
唐突に声をかけられたものの、赤司には彼の意図することに大体の想像がついた.
あれから1か月とは早いもので、先だってのバレンタインに部員一同へ、1軍から3軍1年生から卒業を待つ身となった3年生まで全部員へ分け隔てなく送られた愛へ、感謝を示す日が間近に迫っていた。
あの日、桃井は一人ひとりに日頃の労いの言葉をかけ、全部員に献身的にチョコを配り歩いた。
その彼女へのお返しに、こちらとしても最大限尽くしうる人事は尽くしたいというもの。
心ばかりとはよく言うものの、やはり何とか喜んでもらいたい。
もちろん個人的にお返しをする者もいるようだが、せっかくの大所帯なのだ。
まとめて何か送った方が、きっと良いものが用意できるに違いない、という誰かの提案により少額ずつながら先日集められたお返し代。
その集金袋を右手に、困り顔というか呆れ顔をした青峰をまじまじと観察してみる。
それを見て、赤司は何とも微笑ましい心持ちになった。
バスケ以外に興味のないように見える(実際そうなのだろう。あとは多少胸の辺りの豊満が過ぎるくらいのモデルかアイドルか)彼が少なからずそのことへ注意を向けていることが少しだけ滑稽で、バレない程度に小さくだが、少しだけ笑ってしまった。
部の全員から、誠意と感謝の気持ちを示そう。だが、どうやって?
その疑問が中々解消されないまま日々は過ぎ、ホワイトデーを目前としたその日。
プレゼントを探す騎士の座に、幼馴染の青峰が急遽座らされたということだ。
通常であれば、そのその選択は全く的を射ている。
まだ年端のいかない中学生には、大人のような経験や多方面から得た知識というストックがないのだ。
その中では、幼い頃から共に過ごし共に成長してきたという時間的な事実が、その濃さ如何にかかわらず圧倒的な強みとなる。
のだが。
返す返すもだが、それは通常の場合の話だ。
何も青峰だけに限ったことではない、バスケに明け暮れバスケに生きる彼らにとって、女子の好みなどはっきり言って宇宙語に等しい。
もしくは古代から提唱されながら未だ証明されていない数学の定理とでも言おうか。
解読することが全く出来なくはないと思うが、そのためにはあの言語とこの言語、歴史的背景や生物学的に異なる嗜好その他とにかくさまざまなものを巧みにを組み合わせ、複雑な方程式を解かなくてはならない。
何せ英語の翻訳にも苦労し、数学の公式すら覚えるのがやっとという者たちが、一体どうして女心というものを計算できようか。
その段に至って、白羽の矢が立てられた幼馴染。
そしてその青峰が縋ったのが、我らが赤司さまである。
(「よぉ赤司、ちょっと付き合えよ。」、とか、な。)
呼びかけこそ横柄で威圧的だったが、だがそれも照れ隠しと焦りからだと思うとやはりこの上なく微笑ましい。
子供の恋愛を見守る親のような気持ちになった赤司はそれを快諾し、とうとうホワイトデー前日となった今日、普通の男子中学生にしてはやや大きめのその体躯を心なしか少し縮めながら、2人はデパートのホワイトデーギフトコーナーへ、その賑わいの中へと意を決して入っていった。
…と、事の一部始終を話し終わった赤司に、紫原が真っ先にかけた言葉が前述のそれである。
「何って、…」
だからお返しを買ったんだってば。
日本語は時に曖昧で便利かつ不便だ。
この場合の何、が何を差すのかも分からないので、赤司も明確な返答を返すこと出来ない。
何、中学生2人してデパート行くとか。
何、悩み倒した挙げ句プレゼントがそれなのかとか。
(結局、普段彼女がマネージャー業をこなしているときにも使えるようにと、可愛らしくキラキラのデコレーションをされた首提げのボールペンとホイッスル、それと、中学生にしてはちょっと高価なネックレスを選んだ。部員が多いということのメリットをこれほどまでに感じたことはない。)
「だから、赤ちん、何してるんだし…。」
今度こそ大きく一度ため息を吐いた紫原は、はぁというその響きが消える前に赤司の頭に自らの大きな掌を置いた。
撫でられるか引き寄せられるかと思ったが意外にもその手はそのままで、代わりに赤司の顔をじっと見つめる紫陽花いろの目。
上を向かずとも目線が水平に合うのは、彼がいつの間にか身をかがめていたからだと分かる。
「だって、赤ちんバレンタインもしたんでしょ…」
「あ。」
どうしてそれを?
聞けばさっちんが、と返す。
呆れかえった表情のまま、彼はもう一度ため息を吐いた。
バレンタインに何をあげたらいいか。
およそ一か月前に桃井も青峰と同じく迷っていて、赤司に助けを求めたのだ。
桃井の料理が相当苦手だというのは、いつだろう青峰から聞いたことがあったので、そうとは言わずに買うという選択肢を提案した。
大人数向けであれば作った方がやはり安上がりだが、毎日部員と同じく遅くまで活動する彼女の負担にもなるだろうし、何よりその後の体への影響が心配だ(と、思わせるくらいの何か迫力をもって、青峰は語っていた)。
結果複数のバレンタイン特設会場をはしごすることにはなったが、何とか数・費用・何と言ってもこだわった見た目の可愛らしさを満足するに足るものが買えたので、こちらは結果としてあまり苦にならなかったと言える。
恋する乙女を地で行くタイプの桃井がバレンタインコーナーではしゃいでも、2人は似合いのカップルのように見えるため(青峰と行ったときのように)浮くこともなかったからだ。
そして迎えたバレンタイン当日、皆にラッピングされたチョコを渡しに行くとなった際、赤司は桃井に「これは全部桃井からということにしてくれ。」と頼んだ。
彼女は最初それを拒んでいたが、「男の俺も一緒に選んだなんて、気持ちがられるだけだろ?恥ずかしいから黙っていてくれないか?」と頼めばしぶしぶ了承してくれた。
感傷はない、この程度のことで自己犠牲など微塵も感じない。
ただそれを何やってんの、と言われれば、それはそれで返す言葉がない。
「…いや、でも一応頼まれたわけだし…。」
「だからそれが変だって…どっちか贈られる日じゃないと、赤ちん、バランス悪いよ。」
赤司とてそこまで呆れられるとは思ってもみなかったが、なるほど紫原の言う通りなのかもしれない。
月の半ばに一日だけある部活の定休日が、ここ2か月立て続けにつぶれてしまったのも思えばそのためだ。
今日などは、紫原の誘いも断って。
何とか夕方だけでもと言うので、桃井へのプレゼントを買ってから急いで彼の家に向かったのだが、もう辺りは暗くなり始めていた。
再度強調するが、今回、自分を犠牲にしているなどと赤司自身は露とも思ってはいない。
だがそこに、もし何か犠牲にしているものがあるとすれば、それは本来なら紫原と過ごせたこの時間か。
それも、学年末考査も終わり部活も休みというこの上ないシチュエーションの。
「…赤ちん、自分可哀想とか思わないの?」
このままじゃ、さっちんが教えてくれなかったら、
赤ちんの頑張り誰が見ててくれんの?
「…そんな風には、思ったことはないな。」
別に、誰かに評価されたくてやっているわけじゃない。
誰かから必要とされている、という充足感。
どちらかというと、自己満足に近いそれ。
だが紫原はそれを否定して、頭をふるふると横に振った。
「その満足がそもそもMなんだし。もー…。…分かった、もーいいし。赤ちんの心配なんかしないし。」
急に態度を変え不機嫌になる紫原に、赤司は独り苦笑いを浮かべた。
(ああ、確かに散々と言えば散々だ。)
バレンタインにもホワイトデーにも両方駆り出され、今日などは男2人でホワイトデーコーナーでああでもないこうでもないと言っている間、明らかに好奇の目で見れら続けた。
そして右から左からの、店員の質問というか売り文句。
(贈られる方はどんなものがお好きなんですか?可愛いものをたくさん持ってらっしゃるとか、シンプルな方が好き、とか。)
その間も、本当は常に頭を離れなかったというのに。
(お菓子なら基本的に何でも好き…。)
「おい、赤司ー聞いてんのか?コレどっちがさつきに似合うと思うよ?」
「ああ、…、悪い、えぇと、」
「…赤司、思ったんだけどお前さ、さっきから、」
それなのに、この一日の締めくくりが、不機嫌な紫原と険悪になって終わる、という。
散々というのなら、まさにこれこそ散々だ。
自分が進んで選んだ結果にもかかわらず、胸の奥がちくりと痛む。
どうやら自分は、周りが思うほど大人ではないようだ。
「赤ちん、もー赤ちんの心配なんかしねーし。」
(でもねー赤ちん、)
「じゃあさー…赤ちんが良くても、俺が可哀想とか思わない?」
「?…」
次にどのような辛辣な単語が襲うかと身構えていたところ、不意に投げかけられた幼稚な微笑みにしばし面食らう。
にへらっと首を横に傾けながら紫原は笑った。
思えば上体をかがめながら首を横に傾けるというすごい体勢なのだが、誰かと目線を合わせるのに気を遣うとこうなるのだろう。
その小さな苦労は、今まで気付かなかった。
不用意に図が高いなどと言わないようにしなければ。
きっと紫原は赤司をいつでも気にかけていて、辛くてもごく自然に振る舞っているだけなのだ。
「せっかくのお休みだったのにさー、俺のこと置いて峰ちんと2人で楽しくお買い物とか。」
「(楽しかったかは疑問だ)…だからあれは成り行きで…。」
「俺誘ってくれても良かったのに(多分峰ちんと赤ちんよりは役に立ったよー?)。」
さっちんと仲良いし。
「…あ(全く考えてなかった…)。」
「ほらー。普段から頼ることに慣れてないからだよー。」
「うぅ…。」
言葉に詰まれば、先ほどから赤司の頭に置いたままの紫原の右手がゆるゆると撫でる。
そのまま全て包まれてしまいそうな錯覚を覚える、大きな温かい手に撫でられ、その日一日、店員に見つめられ質問攻めにあい最後には青峰にも揶揄されて、もやもや抱え続けた気持ちごとそのまま溶かされていく。
「いつもしてないことってね、いざって時にも絶対出来ないんだよ。」
だから、ちょっとずつでいーから、赤ちん。俺のことも頼ってね。
「…うん。」
紫原の顔が、いきなりぐっと近くなる。
赤司の小さい呟きを聞き返すのかと思えば、彼は身をかがめた身を起こし、ほぼ真上から赤司の髪に口づけた。
3月13日のぷれほわいとでー「で、それ、何?」
オーブンのタイマーが鳴り、紫原が出してきた焼菓子。
焼成の時間を調整してあらかじめ時間差で入れたのだろう、見事に同じタイミングで焼きあがっていた2種類と、始めからキッチンに並べて冷まされていたアイシングクッキー。
お店で買った、と言っても分からないくらい、それはとても美味しそうに並んでいた。
「んー、スパイスクッキーと紅茶のパウンド(俺が作ったんだよー)。アイシングのは昨日焼いてあったの、今日アイシングしたんだよ。」
「!…ほんと!!??すごい!(紫原が!!??)」
お菓子作りは普通の料理と違う。
手順や分量が少し違うだけで出来上がりに大きな差が生じるし、全く膨らまなかったり硬くなったりと扱いがとても難しい。
普段何事にもやる気の見せないこの紫原がここまで菓子作りを極めてくるとは…興味関心というものは恐ろしい。
「明日さっちんにもあげんの。でも今日は出来立てを赤ちんにね(ねえねえクッキーのアイシング似てるー?赤ちんとさっちん!)」
「///…自分じゃワカラナイダロ…桃井は似てるよ桃井はすごく可愛いし///」
「はい誤魔化し禁止〜(声上擦ってる…赤ちん可愛い…///)。2人とも可愛く作ったもん、赤ちんも似てるはず〜。」
「〜〜〜///」
シナモンとナツメグとクローブと、とにかくたくさんのスパイスと、香気の高いアールグレイ。
色々混ざった香りは、赤司の今の内面によく似ていた。
嬉しさや気恥ずかしさでごちゃごちゃで、でもそれが少しずつ混じりあって。
つまり、とても、幸せだ。
「ところで赤ちんのそれ、何?」
「…ぁ、と…これは…。」
紫原が指差したその先に、明らかに桃井に渡すそれではない、ラッピングはされていないご家庭用のそれ。
ホワイトデーコーナーだけでなくデパ地下や駅ビルなど色々なところを探していた結果、何故か店を移動するごとに増えていった、赤司が自分で買った菓子。
…思えば、このおかげで青峰に(あの青峰に!)からかわれ笑われたのだ。
この責任、どうしてくれよう。
「桃井へのプレゼント探してる時にたまたま見つけた…何か、美味しそうな、やつ。」
食べきれないし、俺クッキーとケーキもらうから、これ全部紫原にあげる。
「えっほんと?嬉しー!あ、何か俺好きそうなのばっかだねー。」
知ってる。お前、着色料がなきゃ生きていけないだろ。
今の時期は桜のお菓子、塩漬けの八重桜も、桜リキュールも好きなの知ってる。
マシュマロとクランチの混じった新商品。キャラメルがけよりチョコがけのが好きだろ。
ずっと今日はそんな目で、立派に並ぶお菓子を見ていた。
(…ずっと考えてた。)
「おい、赤司ー聞いてんのか?コレどっちがさつきに似合うと思うよ?」
「ああ、…、悪い、えぇと、」
「…赤司、思ったんだけどお前さ、さっきから、」
(さっきから、紫原の好きそーなのばっかみてんのな。お前らほんっと仲良いよなー。)
(…は?///)
(そこもったいぶんなよ。…ほらもうお前らあれだろ、部内公認?)
(…〜っぅるさいっっっ!///)
だから、だから、そんな風にあの青峰にからかわれてしまって。
耳まで真っ赤になってしまったのだけど。
「赤ちんありがと!」
「うん、俺も。ありがとう、嬉しい。」
…こんなお前得、絶対に言ってやんないけど!
でも、でも、大好き!
end.
むっくん得というか、俺得というか(笑)。
スクアーロの誕生日に何をしてるんだこいつら(笑)。
prev / next