サソリ中編 | ナノ
5.














『そうだサソリ、美術やろうよ!』

「……いきなり何言ってんだテメー。」






その週の土曜、いつも通り参考書やらを広げ始めたサソリに思い出し、アタシは咄嗟に声を上げた。

もちろんサソリの反応は、至って常人のそれである。






『すっ惚けても無駄よ!ちゃんとあの重たい荷物の中身、確認したんだから!』

「あぁ、あれか……通りで下手な包み方されてたわけだ。」

『で、あんな大きいのどこに隠したのよ?サソリももっかいアレ見れば、また美術だってやりたくなるって。』






あの大きな荷物が届いてから丸三日が経つ。

何故今日まで言い出せずにいたかと言えば、単純に忘れていたから。






というのもあの日は、帰ってきたサソリに「銭湯行くぞ」と開口一番に言われ、それに付き合わされ。

絵画のことを言い出せぬまま、その日は気持ちのよい眠りに誘われてしまったのだ。






『思えば、次の日にはもう視界にあの荷物無かったものね。だから今の今まで、すっかり言うの忘れちゃってた。』

「ふーん、つーかあの銭湯の効能ちっとも効かねぇのな。肩のこりがこれっぽっちも取れやしねぇ。」

『あーはいはい。そんなのアタシが解消してあげるから……で、絵画。どこしまったの?』






アタシが奴の背後に回れば、肩に親指をあてがい指圧を込める。

確かに勉強漬けのサソリの肩は、鉛のようにガチガチだった。






(……何だかんだでサソリ、苦労してるもんなぁ……。)






が、ここで断っておきたいのは、アタシとサソリの付き合いはそこまで長いものではないということ。






始まりは、それこそ大学生になる日の直前だった。






ピンポーン、

―『はーい、どちら様……って、誰…?』―

―「同じ高校だった赤砂サソリ。オレも今日からここ住むから、お前ちゃんと世話しろよ。」―

―『え…ちょ、何勝手に上がり込んでんのよ!?これからアタシ一人暮らしなのよ!?』―

―「テメーのママさんには許可とってあるから、まぁ心配すんな。」―

―『はぁ!?』―

―「テメーのママさんとウチのお袋仲良いんだよ。そんでテメーのこと聞いたから、邪魔しにきた。」―

―『じょ、冗談でしょ?そんなのアタシ一言も聞いてな……って、さっそく人のおやつパクんないでよ!』―

―「おれポッキーよりフラン派だから、そこんとこヨロシク。」―

―『知るかぁ!!』―






はじめは押しかけ同然で、無理矢理始まった同棲生活。

だが暮らしてみれば、不思議なことに……何だか阿吽の呼吸、みたいなのがアタシたちの間にはあった。






―『……サソリ、寝ちゃった?』―

―「………いや……」―

―『じゃあさ、少し話そうよ。アタシも何だか眠れないの。』―






そんなことを思い出しては、頬が緩む。

するとサソリ、その首をぐるりと一周回して、次にはコキリと肩を鳴らした。






「あんなもん、捨てた。」

『…………え?』






一瞬何を言われたのか理解できず、固まるアタシ。



だがさっきまではシャボン玉みたいに膨れ上がっていた感情が、パチンと消えてなくなっていた。






「次の日丁度、粗大ゴミの日だったろ。そんとき出した。」

『え……う、嘘でしょ?あんなに良い作品だったのに、』

「素人が知った口きいてんじゃねぇよ。あの手のヤツなら、もうこの世にゃあゴマンとある。それこそ掃いて捨てられてんのも含めてな。」

『そ、そんな……だ、駄目だよサソリ!!すぐ取り返しに行かなきゃ、』

「もう遅いっての。今頃燃えカスにでもなって、お天とさんの下で日向ぼっこしてんだろ。」






そう言ってふざけたように笑ってみせるサソリだが……アタシの肩は、震えた。






……何、それ。

これっぽっちも、笑えない。






『なんで、そんな……!!っ、どうしてそういう勝手なことするの!?』

「勝手も何もオレの作品だ。オレがどうこうしようが勝手だろ。」

『だって……!!だってアタシ、あれ見て感動したんだよ!?あの絵見て、すごいって、素直にそれしか思えなくって、感動して……』






肩もみなんかしてる場合じゃなかった。

まだ間に合う、今からでも遅くない……そう一心に説得しようと、アタシはサソリを正面に迎える。






―――だが既に奴の目は、踏ん切りをつけた表情しか持ち合わせていなかった。






「そんな感動も、いずれ無くなる。」

『っ……!!無くなるわけないでしょ!??勝手なこと言わないでよ!!!』






アタシがその肩をドンと突き飛ばせば、サソリは目も合わせないで立ち上がった。



そうしてずんずんと玄関のほうに歩いて行ってしまう後ろ姿に……アタシはハッとして引き止める。






『ごめん待って!!怒鳴ってごめん、聞いて!!』

「………、」






サソリの服の裾を掴み、呼吸を整え……自分の頭でそれを整理すると。



アタシは一つずつ、慎重に。言葉を選んで訴える。






『アタシはじめてだったの、サソリが美術やってるのは知ってたけど……実際にそれ見て、本当に信じられないくらい、すごくて……』






―「肝心なモンは、何も救われやしねぇんだからよ……。」―






『人の命を救うのは確かに医学だけど、アタシは……サソリの絵に救われたよ、すっごく。』

「……んなことで救えたら、苦労しねぇんだよ。」






そうしてサソリのほうでも改めて、今一度体をアタシへと向ける。

ほんの頭半個分の身長差から、アタシは奴に見下ろされた。






「医学だって、日進月歩で進んでる。つい最近までは夢物語だったことが、今やどんどん現実のもんになってる。」

『……っ…それでも、さぁ……。』






アタシはもどかしくて、頭を左右に振ってみせる。

もちろんアタシは、医学を馬鹿にしたいんじゃない。






―「ものの例えだが、電化製品などが可動していることを「生きている」、停止していることを「死んでいる」と仮定する。」―






……アタシはサソリみたいに語意力もないし、頭だって良くない。






―「つまり“製品が壊れる=死”ととらえるのではなく。私たちは普段から「可動と停止=生と死」の永遠のサイクルを目の当たりにしているのである。」―






どうしよう……何を言えば、アタシの気持ちはサソリに伝わるんだろう……。






『……医学は確かにすごい。けど…っ。』

「…………。」

『才能は、その人にしか無いものだよ。誰も、真似できない。』

「…………。」

『治療とか、研究はさ……もっと、他の人がやってくれるよ。だから、』

「オレは変えねぇ。今さらそんなんで逃げ出せるか。」






……でも、やっぱり。

サソリは、アタシにあんなにも感動を与えられたのに。
























―――アタシの言葉じゃ何一つ……サソリの心に、響かない。






『……っ!!逃げ出すって何よ!?あんた何隠してんのよ!!?』






ついには癇癪のように怒鳴ってしまうことしか、アタシには出来なくて……。






―『……じゃあサソリには、そうまでして救いたいものでもあるわけ?』―






「…………name……
























テメーに関係ねぇことを、テメーが知る必要はねぇんだよ。」
























睡眠4×亀裂時間

そうしてサソリは今度こそ、玄関の向こうへと姿を消した。


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