27/1.
明くる日の朝。
インターホンに呼び出され、下ったアタシは目を疑った。
『伯父さん……何で…!?』
いつもそこに居たはずの優しい笑顔に取って替わったのは……顔半分に傷を負った、苛立つ表情。
「お前の会社まで送ってやる。」
『え……ど、どうして急に、そんな、』
「自分の胸に手を当てて聞いてみろ。それより早く乗らんか、あの糞長い通勤ラッシュには被りたくない。」
本当はイタチを待っていたいが、伯父と面と向かった今となってはそれも叶わず。
乱暴に発進する車は、今の伯父の機嫌を露骨に表していた。
「今何時だ。」
『え……?し、7時13分…?』
「俺がどれほど待ったのか、貴様には想像できまい。」
『え、えっと……た、確か家のチャイムが鳴ったのは7時ジャストで、』
「何にしろ俺も忙しい身だ。着いたときにはあらかじめ、外に突っ立って待っていろ。」
『待ってろって……じゃ、じゃあまさか伯父さん、これからずっと…!?』
「……チッ、やはり捕まったか。あと10分はこの長蛇の一部だぞ、ックソ…。」
それをアタシに吐き捨て、窮屈そうに貧乏揺すりを始める長い足。
普段こんな状況では絶対に自分から話しかけたりしない……というか出来ないのだが、アタシはもう気にせずにはいられなかった。
『い、イタチは……ねぇ伯父さん、イタチはどうなるの……!?』
「どうともならん。それより今後は己がどう努めれば蛇足を踏まずに済むかを考えろ。」
『そ、そんな……でも、だったらこれまで通りイタチでいいんじゃ、』
「俺の決めたことに口答えする気か。」
『いままでずっと、そうだったでしょ…!?ねぇ、伯父さんがこんな送り迎えまですることないって、なのに何で急に、イタチはずっとアタシの、』
監視役だった、はずなんでしょ……?
何で、どうして、このタイミングで……?
「自分の胸に手を当てて聞いてみろ。さっきもそう言ったはずだ。」
『え……、』
「しいて言うなら、そうだな……もう二度と、くだらんおイタが出来ぬように、ってとこか……?」
徐々に渋滞が緩和され、少しずつ車は前進するものの。
肝心のアタシの思考は、一向に前に進む気配がない。
(お、おイタって、何……イタチが来ないことと関係が……?)
次第に早まる鼓動と、まるでアタシの心境を読むかの如くスピードをあげ始めた車。
そんなことない、そんなことないと思えども、他の理由が思い浮かばないから尚更焦るばかり。
―――伯父は、あの二週間の出来事を知っている……?
「そんなに理由が知りたくば、迎えの時分に教えてやる。」
『……!!』
「それまでは自力で考えろ。せいぜい己が過ちを振り返り、反省することだな。」
最後はそう締めくくられ、ふと顔をあげる。
もう職場は、目と鼻の先にまで構えていた。
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(っていうか、帰りの車も伯父さんなの!?何で……!?)
これでは一向に、イタチの足取りすら掴めない。
アタシは伯父と別れるなり、即行携帯を取り出して彼に確認をとろうとしたのだが。
『あ、あれ……?イタチの名前が、ない……!?』
友人知人はさほど多くもないため、いつもならすぐ探せるはずのイタチの名前がない。
アドレス帳にも、履歴にすら残っていなかった。
(こ、ここまでするってことは、やっぱりアタシたちの間に何かあったって感ずかれてるんじゃ……!?)
どちらにせよ、これではイタチの方から連絡が来るのを待つしかない。
仮にもし何もなければ、心配性のイタチのことだ。
彼なら何かしらのアクションを起こしてくれるはず……そう期待して、いつもならカバンにほっぽいてしまう携帯を、肌身離さず持ち歩いていたのだが。
「……どうした。多忙な伯父が、わざわざ迎えに来てやることがそんなに不満か。」
『……い、いえ……けしてそんなんじゃ……』
「じゃあ早く乗れ。お前の会社の奴らに騒がれると面倒だ。」
……そう、現実はそう甘くはなかった。
窓際で何も知らない同期の子がはしゃいでいたり、上司も慌てて挨拶しに来ようとドタバタしていたり。
そんな場所から早々に退散し、車に揺られること30分。
『……お、伯父さん、ここ……』
「あぁ。」
車が地下に停車すれば、先に降りてアタシの助手席側に回り込む伯父。
アタシをそこから引きずり出し、すかさず車のキーをロックした。
「見ての通り、俺の職場だ。」
『でっでも何で、』
「これからはお前の仕事が終わり次第、必ず俺のところに連れていく。そういえば一つ宿題を出していたな……謎は解けたかname。」
さらりとこぼれたその言葉に、アタシはびくりと体を震わす。
『い、いえ……わ、わかりません……。』
「……はっ。そんなとこだろうと思っていたが、まぁいい。」
はじめから期待もしていなかったようで、鼻息混じりに笑われる。
(だ……大丈夫、大丈夫、バレてないバレてない……は、ずっ……!?)
だが途端に、アタシは謎の圧迫感に襲われる。
回された片腕が密着し、ぐぐっと腰を持ち上げるように締め上げられたのだ。
『なっ……!?伯父、さ、』
「name、よく聞け。貴様に解答をくれてやる。」
『は、離し……!て、』
「貴様を一人にしておく時間を極力削る。この俺が直々に相手してやれば、そんな気を起こすこともなくなるだろう……つまりだ。」
ヒールの更につま先立ちみたいな状況で、アタシは後ろにひっくり返りそうになる。
そうして強引なその手がアタシの右の手首を掴み……そのまま見せつけるように顔面に突きつけた。
「この手が自らを慰めるなど、今後一切出来ぬようにするためにな。」
『…………へ……?』
アタシはそれを聞いて、何とも拍子抜けした声を出す。
―『ひ、一人で…シてたの……。』―
―「もう二度と、くだらんおイタが出来ぬように、ってとこか……?」―
そういえば、伯父はずっとそのことで怒っていたんだっけ。
アタシは不安ばかりが先走って、どうやら必要以上に気を張りつめさせていたようだ。
(つまりイタチとの関係のことは、バレてない………!)
必ずしも理想的な結果でないにしろ。
こんな状況でも、アタシはそれだけに安心してひどくホッとしていた。
「何を息ついている、name。」
『え、あ……!』
「どうやら己のしたことの重大さが、まだ半分も分かっていないようだな。」
すると露だった首から鎖骨にかけて、伯父の顔がすかさず埋まった。
や、やばい、この流れは……このままのテンションは、マズイ……!!
『お、おおお伯父さんちょっと!?ねぇ、ここ外だって、』
「構わん。」
『!!いや…あっ…!』
直にかかる吐息を感じたかと思えば、伯父の唇が鎖骨のあたりに吸い付いた。
……きっと赤い花が咲いたであろうそこに、そのまま伯父の舌が這う。
(やだ、やめて……いぁ…!!)
アタシが唯一空いた片手で、その頭部を引き離そうと試みるも。
はたから見れば、アタシが伯父の頭を抱え込んでいるようにすら見えるだろう。
ぎゅうう…
『んっ…!あ…伯父さんっ…!』
腰に回す腕の締め付けがキツくなる。
掴まれていた手首にも、余計力がこもる。
その間一度も声を発しない伯父さんは、このとき既に、ただひたすらアタシを求めてやまない獣だった。
(……!!も、もう……駄目……っ、)
アタシが涙目になりながら、半ば諦めかけていたそのとき。
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