(3)/1.
休日、お昼時の店内はなかなか賑やかだ。
がしかし、アタシの苦難はまだ始まったばかりである。
「こらテメー、なに愛想のねぇ顔してんだ。ちんたらしねぇでとっとと注文とれ。」
「いやぁでかした新入り!丁度人手が足りなくてなぁ!」
「まぁ大船に乗ったつもりで任せな店長。ちなみにこいつのバイト代はオレのに上乗せで。」
『ふ・ざ・け・る・な。』
アタシは隣に並ぶ幼馴染みの足を、店長その他に気づかれないよう思いっきりふんずけてやった。ざまぁ見ろ。
だが途端にすねを蹴られた……横暴すぎる。
『大体あの美術館だってサソリの付き添いで行ってあげたようなものなのに……たかが帰りの電車賃ごときでバイト一日手伝わされるとか、わりに合わないんですけど!』
「今さらぐちぐち言ってんじゃねぇよ、尻の穴の小せぇ奴。」
『こんなとこに来てまで下品な発言やめなさいよっ!普通に目の前にお客さんいるでしょうが!』
アタシが小声で叱咤するが、サソリはそんなのどこ吹く風。
わざとらしくお店のBGMを口笛で吹き始めた。
(……もういい。とっとと終わらせちゃお。)
ちなみにサソリの新たなバイト先は、かの有名なピエロ男率いる「マク○ナルド」。
ていうか、あのサソリがマック店員って……笑えるんですけど!
「……あの…す、すみませんっ。」
「はい、ご注文はお決まりでしょうかお客様?」
……うさん臭ぁ〜…。
お客さんが並ぶや否や、いつかにも見たその洗礼された営業スマイルを浮かべる幼馴染み。
アタシは声に出さずともドン引いてしまった。
「え…えっと、照り焼きバーガー1つと、ジンジャーエール…あ、Sサイズで……」
「はい。照り焼きバーガーがお一つ、ジンジャーエールのSサイズがお一つ。以上でよろしいでしょうか?」
「あっ、あの!」
だがそんなサソリ相手に、何やら言い淀んでいるお客さん、もとい女の子。
(……まさかあのサソリがクレームを………!?)
そう、いつもアタシに対しては強気なサソリだが。
さすがにお客さん相手のクレーム対処ともなれば頭を下げないわけにはいかないだろう。
(なんて千載一遇のチャンス!あのサソリが人に頭を下げるところが見られるなんて!)
そう内心ガッツポーズをとれば、今日奴のバイトに付き合わされた甲斐もあったというもの。
そうしてアタシが半ば冷や冷や、半ばわくわくしながらその様子を見守っていると。
「……す、スマイルください!!」
……What’s?
だがもちろん、そんなアタシの淡い期待は見事に打ち砕かれる始末。
そうだ、ここはただのファーストフード店ではない。
普通の店にはないその画期的かつ店員側からしたら地獄の制度……その名も恐ろしきマックの“スマイル0円”プライスレスサービス!
(いやでもまさか本当にそんなものを注文するお客さんがいるなんて……。)
すると少なからず困惑の色を見せるアタシに対し、幼馴染みがチラリと目配せ。
そうして何やら諭すように、奴が口パクでアタシに伝えた。
「ミテロ」―――と、つまりはそういうことらしい。
「―――以上でよろしいでしょうかお客様?」
「「キャアアアア!!」」
『…………。』
……誰だあんた。
もはや別人の域に達している幼馴染みに、アタシは内心そう突っ込む。
それはゆうにあの嘘八百な笑顔の三割増し。
見事なお手本を見せ終えた幼馴染みはといえば、女性客の黄色い悲鳴を浴びながらアタシに向けて「どうだ?」と根性の視線で訴えてくる。
いやどうだってあんた、超ノリノリじゃん!
「あのー、すんません。」
するとアタシの正面で遠慮がちな野太い声がすれば、知らない男の子と目が合う。
ってそんなの当たり前か、彼はお客さんだもの。
『あ……あぁすみません!驚いちゃいますよねアレ!あっちのレジは何だか混んじゃってるので、どうぞこちらでご注文を、』
「スマイル一つくださいお姉さん!!」
『…………はい?』
何だここは、何か変にカオスってるぞ。
しかし参った…まさか生きてるうちにこんな羞恥プレイをすることになろうとは。
隣で余計な男がニヤニヤこちらを窺っていて目障り極まりないが。
あぁもうどうにでもなれ!
『こ……こんな感じでよろしいでしょうかお客様?』
アタシが錆び付いたような笑みを浮かべれば、途端に怒号のような雄叫びが一斉に沸き起こった。
……って何これ恥ずかし!ていうか別に対抗しなくていいからね男性諸君!
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『っもう!何なのよこの店は!変にお客さんのノリ良すぎでしょ!』
「ククッ…!テメーのあの引きつり笑い……!」
『どうせあれがアタシの渾身の営業スマイルですよーだっ!』
さっきのことを引きずる幼馴染みに、アタシは開き直ったように突き返した。
でもやっぱり、日頃学校とかで見るサソリと違うものがあるのは、素直に新鮮だと思う。
『にしてもあんたは楽しそうね。さすがにいくつもバイトしてきただけあって、世渡り上手っていうか、勝手がわかってるっていうか。』
「まぁ基本は楽しんでやっちゃいるが、別に誰に対してもあぁ上手くいくとは……チッ、噂をすれば…今日も来やがったなあのアマ。」
あのー、一応まだバイト中なんだけど。いいのあんたその顔?
さっきスマイル0円注文した子硬直してるよ?
しかし、そこまで反応されてはアタシも気になってしまう。
すぐさまサソリの顔のすぐ横から、奴の視線の先を追うように目を凝らしてみる。
……すると丁度、入り口付近にさしかかる若い女の人が映った。
『わぉ、美人さんだね。あの人が何なの?』
「あぁ、うちの常連客、兼クレーム女。」
『へぇ……このお店にもいるのね。そういうクレームするのを日課みたいにして楽しんでる人。』
「いや、まぁこの場合オレじゃねぇんだけどな。」
『はい?』
アタシが頭に疑問符を浮かべていれば、そのお客さんはヒールをカツカツいわせてこちらに歩み寄ってくる。
と、急に駆け出すように助走をつければ。
―――ガバッ!
『いっ!?』
突然のその行動に、隣にいたアタシは思わずびくりと肩を揺らした。
その人は何の抵抗もなく、カウンター越しに思いっきり身を乗り出してきたのだ。
「サソリくぅ〜ん!会いたかったよぉ!今日もカッコいいのね、早くワタシのお店で一緒に働こうよ〜!」
「何歳誤魔化してんだか知れねぇ年下好きの女のいる職場なんざ、行くわけねぇだろ。」
「そっかぁ、サソリくんまだ学生だもんねぇ〜。早く大人になってワタシのこと迎えに来てほしいな〜っ。」
「テメーみてぇな香水臭ぇケバ嬢お断りだ。」
『…ちょっ、あんたさっきから素出てるよ!?』
「いんだよこのアマにはこんくらいで。」
「……ふーん…。」
するとその美人さん、正面のサソリから横目にたどり、今度は隣のアタシを探るような目でジッと見てきた。
……な、何?
「……サソリくぅん、この子だれぇ?随分親しい仲のようだけど?」
「あんま突っかかんなよ。まだ客相手に耐性ねぇから。」
「へ〜ぇ。まぁ興味ないし、いいけど……。」
「つーかここは井戸端じゃねぇんだよ。店に貢献する気がねぇんならとっとと失せな。」
「やぁ〜んサソリくんってば冷たい〜!じゃあねー、ソフトクリームちょうだい?ちなみにオーダーはそこの子に、ね。」
『…………へ?』
何故かアタシに目配せを送るその人に、アタシはお客さん相手だということも忘れてすっとんきょうな声をあげた。
……だって普通お目当てのサソリがいるんだったら、そっちに注文したがるものでしょ、この美人さんなら尚更。
だがサソリいわく、この人はクレーマーだ。下手に刺激しない方がいいに決まってる。
アタシは会計をサソリに任せて、出来上がったそれを恐る恐る手渡しすれば……その美人さんはニッコリ。
「ありがと。なかなか筋がいいんじゃない?」
『い、いえ…ありがとうございます……。』
アタシがぎこちなくお礼を言えば、美人さんは意気揚々とカウンターを離れていく。
『なぁんだ。サソリがクレームがどうとか言うから、変に緊張しちゃったじゃない。』
「だってそうだろ。今だってあいつ、とんだクレーマーだしな。」
『またまたぁ、そんな大袈裟だって。まぁ毎回あんな、ねちっこく言い寄ってくる人を相手にしなきゃならないあんたには同情するけど。』
「勘違いすんなよ。」
すると何か忠告するような口振りの幼馴染み。
と同時に、離れたはずのヒール音が再び近づいてくる。
「あいつの場合……“オレに近づく女へのクレーム”だからな。」
―――べちゃあっ
間髪いれず、アタシの視界は文字通り真っ白になった。
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