20.
『今度、付き合うことにしたの。』
「…………は……?」
別に報告する義理もないと思ったけど、もののついでだ。
話がややこしくなる前にさっさと打ち明けてしまおう。最初はその程度だった。
「……おいちょっと待て、お前今なんて、」
『あーストップ!本来の目的はそっちじゃなくてね、』
妙に焦ったような幼馴染みを遮ると、アタシは腰に手を当ててその目を覗き込む。
『サソリさ、何でここ最近怒ってるの?』
そう、本来の目的はこっちだ。
アタシはあの日以来、サソリが何に怒っているのかさっぱりわからないでいる。
このままではいろいろと厄介だし、自分に身に覚えのないことで口を利かないでいるのもおかしな話。
―――結局のところ、今日アタシは“仲直り”しに来たんだ。
「そんなことはどうだっていい。それよりその世迷いごとは何だって聞いてるんだ。」
『どうでもよくないでしょ?もう何日も前から一人でふてくされてたくせに。』
「どこのどいつだ、何で付き合うにまで発展してんだよ。そいつに何された、脅されてんのか?」
『ちょっと、話が全然噛み合ってない、』
「テメーがオレに合わせりゃ済む話だ。」
……ちょ、何その言いぐさ。
ほんと、久々にまともに会話したと思ったらろくなこと言いやしない。
『あーもう!じゃあわかった。アタシが何で付き合うことになったのか言うから、その代わりあんたも教えなさいよ。』
一向に前に進まない状況に業を煮やせば、アタシはそう言ってある条件をつき出す。
あのときサソリに言われた言葉を思い返しながら。
―「……まぁ今はどうとでも思え。オレはお前を信用しない。」―
『一体アタシの何が信用できないのかって。』
「前置きはいい、早く言え。何があった。どこの馬の骨だその輩は。」
ついにはアタシの肩を鷲掴みにして詰め寄ってくるサソリ。
自分から条件を出したものの、こうも正面切って言うのも今更ながら恥ずかしいもので。
……アタシはその威圧するような目から視線を外すと、唇を尖らせ気味にようやく告白する。
『……一回アタシがフラれた子。その子が改めて付き合いたいって。』
「っ……!!」
『ほらもういいでしょ?次はあんたの番よ!それで?アタシの何が信用できないっていうの?』
一度言い終わればこうもスッキリするものか、今度はアタシが一歩前に進み出た。
突然逆転した立場にひるむサソリだが……すぐにその目が何かを訴えるように色を変える。
―――と、普段より幾分か低いトーンで突拍子もないことを打ち明けた。
「お前の………女のさがだ。」
『…………は?』
アタシは自分の耳を疑った。だって意味がわからない。
だがサソリはためらう様子もなく単調に続ける。
「お前の中にある“女”が、いつオレに降りかかるとも限らねぇからだ。だからお前とひとつ屋根の下でなんか暮らしたくない、だからオレはお前を信用しないと言ったんだ。」
『な、ちょっと何よそれ!?まるでアタシがふしだらな女みたいじゃない!』
「どうせフラれた男にも腰を振るような女だ、お前は。」
『はぁ!?何を根拠にそんなこと、信っじらんない!サソリが今までアタシのことそんな風に見てたなんて、』
「あぁそうだな。だが今は。」
そこで一旦言葉を止めれば、
―――再び合わせたその目は、ひどく冷めきっていた。
「お前のすべてが信用できない。」
『っ!!』
パアンッ、
乾いた音が、サソリの頬から放たれた。
ジワジワと赤くなる奴の左頬、次第に熱を持つアタシの右手。
……今まで口喧嘩は幾度となくしてきたが。
思えばアタシがサソリに手をあげるのは、はじめてかもしれない。
『…………っ知らない知らない知らない……!!』
「…………。」
『サソリなんかっ……大っ嫌い!!!』
アタシはもう、その場から駆け出していた。
即行に玄関を開けて階段をかけ上がり、自室のドアを壊れんばかりに勢いよく閉める。
そのままベッドにダイブすれば、その体をきつく抱くように縮こませた。
―「姉さん……オレはあんたを好きになりたくはない。」―
好きになって離れるくらいなら、好きにならないでずっと側にいてくれる存在が欲しい。
―『あんたはアタシの恋にはならないって……誓って………!』―
いつだって気兼ねせず本気で話せる相手が、アタシの隣にずっと居てくれるという確証が欲しい。
そう思ったあの日、アタシの足は自然とサソリに向かい。
そんな不確かな約束事を、アタシはサソリに託したのだ。
―「……あぁ、飲んでやるよ。針の千本でも二千本でも。」―
そんなアタシにサソリは、何の抵抗も……嘲笑すらもしてこなかった。
ただ言われるがままにアタシを受け入れてくれた、その小指。
そのときからアタシは、サソリのこと………
『………信じてたんだよ、バーカ……。』
勝手かもしれない。
勝手に奴を仕立て上げて、勝手に期待して。でも……、
―「好きだろ、杏仁。」―
―「バーカ。何気ぃ遣ってんだよ。いいから食え見栄張り女。」―
―「もう要らねぇんだよ、そいつ。」―
―「何パニクってんだ。大事な落としもんは見つかっただろうが。」―
―――「お前は他人じゃ、ねぇだろ。」
そう。アタシたちはもはや、他人なんかではない。
約束という次元を越えた絆が、確かに二人の間にあったのだから。
『……アタシはサソリのこと……全部ひっくるめて信じてたんだ……!!』
悔し泣く声とともに、何年振りの涙が頬を伝う。
それが口に入れば、アタシは更に歯をきしませた。
それは、本当の涙の味しょっぱいんじゃない。それは涙の常識を覆すほどに、辛かった。
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