手作りの愛情

ある晴れた緩やかな日。此処は、彼の家。

「しかし…久しぶりだな、こうしてのんびり過ごすのも。」
「…それ、毎回言ってない…?」

「それもそうだな」、というやり取りはもう幾度もしている。
それをする度に、関係は深まっている。

「…そういえば前、料理の話したっけな。」
「そうだね…」

遡れば一週間前、料理の話をした。
私はそういうことには詳しくないので、聞くだけだったが。

で、彼は料理のレシピのデータを出した。

「アイリッシュシチュー…?」
「母さんがよく作ってくれたんだ。まぁ、とにかく待っていてくれ。」
「え?うん…」

手伝おうと思ったのに、なんて言おうと思ったが、私は料理の経験がない。
若干悔しくなりつつも、本を開いた。

「あ…そうだ、スピカは、苦手なものとかないか?」
「ん…甘いもの以外無いけど…」
「そっか、良かった。でも、なんでも食べられることはいい事だぞー。」

嬉しそうに頭を撫でる。
ぼーっと本を読んでいると、ふわりといい匂いがする。

「……」

ふと、横を見るといつの間にか彼が髪を結っている。
眺めていると、目が合った。

「ん?どうした?」
「髪を結ってる所…初めて見たから…」
「そうだなー…そろそろ切らないと邪魔になってくるけどな… いっそのこと、ばっさり切ってみるか…」

「それはもったいない」、そう言っておいた。
「そうかぁ?」と、意外だと言いたいように返ってきた。

「…私が髪を切ったら、同じ事思うんでしょ?」
「…まあ、そうだな。寧ろ、俺がそんなことさせないけどな。」

「せっかく可愛くなったのに勿体無い」と、拗ねたような口調で言う。
「可愛くない」と返すと、「いや、可愛いだろ」と真っ向から否定する。

「…手強いよな、お前さんって。」
「…何のこと?」
「…それだよそれ…」

そして、呆れられる。よく分からない。

こうした他愛も無く、ぼーっとしながらの会話。
これも、二人だけの時間でのいつも通り。

…時間が過ぎて、落陽の刻も過ぎた。

「…スピカ、 スピカ…」

ぼーっとしていたら、呼ばれていることに気付かなかった。

「あ…」
「ほら、出来たぜ?」

席につくと、彼の言っていたアイリッシュシチューとサラダ、それにもう一つ。

「これは…?」
「そいつはシェパーズパイだ。」
「シェパーズ…?」
「羊飼いのことさ。」

人口より羊の数が多いとは、彼が言っていた。それならこのパイの中身は羊肉だろう。

…ともかく、食べてみよう。

「いただきますっ…」

普段は、トレミーの食堂での食事ばかりで、人の手料理なんて初めて食べる。

「………」

何故だろう。涙が止まらない。

「ど、どうした…!?」
「え… あ…」

驚いた顔が見えた。
美味しいからというよりも、こういうものを初めて食べたからかもしれない。

「ったく…オーバーにも程があるだろ…」
「ごめん…私、こうして人の料理を食べるの… 初めてだから…」

慌てて笑顔を作るが、表情が保てない。

…私は、世間一般で言う家庭というものに縁がなかった。
だから、こういうものの存在には触れることすら無かった。

「…つまり、泣くほど嬉しかったんだな。」
「そう、かも…」

堪えても堪えても、涙が溢れてしまう。
涙を堪えつつ、味わいつつ。忙しくなって、夢中になって食べてしまっていた。

「でも…食べるもののありがたみは、一番知ってるもんな…」

食べられるだけでもありがたい。ずっとそう思ってきた。組織に来た直後は、栄養失調が刹那より酷いと指摘されたことを覚えている。
でも今日、今まで食べてきたものに温かみは有ったかと聞かれると疑問を抱くようになった。

「…今度は、私が料理を作れるようにならなくちゃ。」
「楽しみにしてるよ。」
「うん…ありがとう、ニール…」

普通の幸せがこんなにも近くにあること。
人の心が通っているものがこんなにも温かいものであること。
嬉しさで涙が止まらない反面、こんなことすら知らなかった自分が何だか悲しくなった。

「今から知っても遅くはないさ…後になってから知るほうが、大事さが分かることだってあるし。」

…大事なことは、まだ隠れている。まだ、知る術は見つからない。
けれど、焦ることなんてどこにもないんだと思う。

(もっともっと知っていこう。お前さんは、人の温もりの分かる子なんだ。)

――――――――――――――――

after the few hour…

腹一杯になって、眠くなっている彼女がそこにいる。

『ん…むぅ…』

風邪引くぞ、と呆れつつも、ベッドまで運んでしまう。
それでもまだ眠っているから、何故か愛おしく思える。

『…可愛い寝顔して辛い思い、いっぱいしてるんだよな…』

でもそれは、彼女が安心している証拠なんだと思う。
だから、このまま朝まで寝かせておこう…

――――――――――――――――

家庭の味の話。一応これ彼女は18歳設定。
本当はアレルヤでやりたかったですが、回想シーンで家族との描写があるのは彼しかいないからです。
あと中の人が料理上手なのもありますが、ニールはあまり料理得意じゃなさそうですよね。味付け大雑把で、他マイスターからは微妙な顔されそうな。

13.08.12


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -