あなたが夢まぼろしに
厳密にはいつからか分からないけれど、あなたが居なくなってから世界が鈍色に見えてしまっていた。

私は大人になっても、大切と思えるものを未だに見つけられずにいる。

「(こんな私、あなたはどう思うかしら…)」

私は、未だにあなたのことを昨日の事のように思い出してしまう。

『どうしたんだ?寂しいのか? ほら、ハロ貸してやるよ。』

そんな声も私の耳には入って来ない。

「コロガル。コロガル。 ワー。」

右に目を遣ればベッドで翠のハロが転がっているけれど、思い出すのはあなたの相棒の橙のハロだった。

ぼーっとしながらデスクのモニターに表示したのは、あの頃の私の肩を抱くあなたの写真。

写真の中の私は、今では何故かしらと笑えてしまうくらいに笑っていない。
あなたはこんなにも笑っているというのに。

「2308年の3月か…」

そう、あなたが居なくなってしまった日だ。
あの日のことを振り返ると、無力だった頃の事を思い出してしまう。

「…泣かないって、決めたんだもの…」

あの日から泣かないと決めていた筈なのに、涙が止まらない。

『そういう時は泣いたっていいんだ。たくさん泣いて、忘れるのが一番さ。』

…あなたはそう言っていたっけ。
でも、泣かないと決めた以上は泣かないと決めている。

「無理だよ…」

未だに世界のあちこちで戦火は燃えている。この世界はまだ歪んでいて、一つになりきれていない。
その戦火を消し、恒久和平を果たす時までガンダムマイスターの役目は終わらない。

「私はまだ、ガンダムマイスターなんだ…こんな事で、挫けたらいけない…!」

頬をぱしんと叩いた。それでも涙は止まらない。

痛みのせいではないのに、何故だ。

泣いてはいけないと心に刻んだはずなのに。

「くっ… うぅ…」

堪えても堪えきれない。あなたの事だからなのかもしれない。

『…我慢なんてしなくていいんだ、我慢してたほうが余計に辛いだろ?』

…何故か、初めて彼の前で泣いた日の事を思い出した。何故泣いたのかは随分前の事だったので忘れてしまったが。

「何で、私…ニールのことばっかり…」

思い出さなければこんなにも泣きそうにもならなかった。
そもそも何故思い出してしまうのだろうか、それを振り返ってみても思い当たるものがなかった。

ふとモニターに目に遣ると、既に時計は[2313.8.14 0:00 GMT]と示していた。

そうだ、今日は私の誕生日だったんだ。

あなたの事を思い出してしまったのはこれだったのかもしれない。

…今思い返してみれば、私があなたに抱いていたのは確かに恋心だった。
叶う筈なんて到底ない愚かな恋と、何故あの時気付かなかったのだろうか。
気付いていれば、こんなに悲しむ事は無かった筈なのに。

それでも、あの頃は幸せだったと今では思う私がいる。

…でも今は、どうだろうか?

苦楽を共にし、家族同然に過ごしてきた仲間が居て、友が居て。
あなただけが居ない、それだけで複雑な感情が混ざり合って、胸に深く刺さる。

「………」

憂鬱になりながらベッドに寝転がった。

どこか遠くから、『辛いなら泣いたらいいじゃないか』と言われたような気がした。

「ニール…?」

部屋を見渡したけれど、人影なんてどこにもなくて。

『女の子がそんなに痩せ我慢なんてするものじゃないぞ?』
「…!?」

左を見たら、おぼろげにあなたが見えた。

『よ、あいかわらず強がりさんだな。』
「あ…」
『どうだ、素敵な人は見つかったか?』

否定するように首を横に振った。

私は結局、あなたを越える存在を見つけられはしなかったということ。

「…今、ようやく気付いたんだ。 私は…」
『言わなくても、分かっているさ… だって、約束したろ?』

…あれは最後の出撃の前だ。

『続きは、スピカが大人になってからな?』

そう言って、そっと頬にキスをしてくれたことを思い出した。
結局、それっきりになって続きなんて無かった。

「そうだったね…」
『ガンダムマイスターだって人間なんだ、どうしようもなく辛い時には泣いたり思い返したっていい。過去が希望をくれる事だってあるんだからな。』
「過去が、希望を…」

…私は、マイスターとしての使命を優先するあまり、過去を振り返ろうともしなかった。

『アリエス…いや、スピカ。 隣に俺が居ないのは、辛いかもしれない。でも、隣に居られない俺も辛いんだ。』

あなたは少し前屈みになって、こう言った。

『でも…この先、一人で思いを抱えていくのはもっと辛いと思う。それでも、思いは変わらないのか?』

それでもあなたへの思いは変わらない、と告げた。

『ありがとな… やっぱり、スピカは本当は優しい子だったんだよ。』
「そう…?」
『…ああ、今でもそう思ってる。』

見上げるようにあなたの瞳を見つめていた。
実体がないと分かっていても、手は重なっていた。

『あ、そうだ…誕生日おめでとう、スピカ。』
「ニール… ありが、…」

ありがとう、と言いかけた所であなたは消えてしまった。

『…今度出会う時は、笑顔が素敵な娘になれよ。』

そう言い残してから全く声は聞こえなくなった。

「う…あぁ…」

一気に悲しみが理性を押し流して、気が付けば声を上げて泣いていた。
理由はたった一つだけだった。貴方が居ないこと以上に辛い事なんて無いのだから…

「…………」

…声を上げて泣いたその後はどうやらずっと眠っていたらしく、妙にすっきりしていた。
きっと、あなたがそっと諭してくれたからだ。

「ありがとう、ニール… 私、もう一度頑張ってみる…」

あの日よりも長くなった髪を翠のリボンで結い、緑のジャケットを羽織った。

もう隣には居ないけれど、思い出せばすぐ側に居る。

だから、私は寂しくなんてない。

(そう、私にはあなたが付いているんだ。)

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[After Side:B]

…あれから、よく夢にあなたが出て来るようになった。

あの日のように笑ってくれるし、時には抱き締めてくれる。

でも、とてつもない虚無感と共に目は覚める。

それでも、悲しいとはあまり思わなかった。何故ならば…

(あなたには、いつか必ず逢えるから…)

[After Side:A]

俺は、泣き疲れて眠る彼女を見つめていた。

整った寝息がとても穏やかなのが伝わってくる。

「(見た目だけ可愛いまま大人になっちまって…)」

その可愛い寝顔に、見た目だけでもキスを。

もう俺はここには居ない。それでも、愛してくれると言ってくれた彼女へのせめての礼だった。

(触れられないのがどうしようもなくもどかしいけれど、それはいつかのお楽しみだな。)

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テーマは『使命と思いで苦悩する彼女を励ますニール』。
前半は彼女の回想、後半は高河ゆんさんの[I'm Home]を参考に。

ちなみにこの話の通りにいくと、彼女はニール一筋で生きます。
どんなに笑われたって、馬鹿にされたって。戦場で受ける苦痛に慣れっこな彼女なら耐えます。
主誕生日ネタを書き損ねたので誕生日というのを盛り込んだのは内緒で。

12.10.07


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