『ジャスミンの夢』の場合
「六月、かぁ。早いなぁ」
ぺりぺり、とリビングの壁に掛けてあったカレンダーをめくりつつ思わずそう言った彼女のいつもより低い声音に林藤は笑った。
「なんだなんだ、お前はあまり六月好きじゃないのか」
「うーん、じめじめするし雨だし天気悪いしなぁ・・」
日が傾き、雲が出てきた空をちょっと見つつそう言った彼女はそのまま籠を持ってリビングを出ていく。
「せんたくものとりこむのなら、おれもてつだうぞ」
「ありがとー、よーたろー」
「まあな、おれはおにいちゃんだからな」
そう言って雷神丸の上で胸を張る陽太郎に彼女はクスクス笑った。
「うんうん、よーたろーは頼りになる私のお兄ちゃんだもんね」
その様子をちょっと仕事の手を止めて林藤は優しく見守る。
住み込みの隊員がいるとはいえ、彼らはいつも任務に追われて忙しいので、暇を持て余していつもこの時間はつまらなさそうにしている陽太郎が、彼女を引き取ってここに住み込み始めてからは、とても楽しそうに過ごしている。
対する彼女も、玉狛独特ののんびりした空気と優しい周りに支えられながらちょっとづつ平穏を取り戻していたーーいや、そうなったのはひとえに彼のおかげかもしれない。
そんな彼女と陽太郎と入れ違うように、学校から直で任務に向かっていた木崎が帰ってくる。
「おう、お疲れさん。あいつなら洗濯物取り込みにいったぞ」
「そうですか。いや、今日は一緒に夕メシ作る約束してたんで」
「へぇ。そういや、いつだか小南が買ったエプロンがどっかにあったろ」
「ああー」
木崎は少し何か考えるような仕草をしたのちに、心あたりある場所があるのかリビングを出ていく。
彼女がここに住み込む前はすべて家事やら掃除は木崎に一任してきたので、なんとなく分かるのだろう。今は彼女と木崎が半々で家事や洗濯物をやっていた。
「あ、れーじ! 洗濯物部屋に置いといたよ〜」
エプロンを引っ張り出してきた木崎と洗濯物を持った彼女がリビングに戻って来たのはほぼ同時だった。
「すまない。ほら、これ」
「わー!」
渡されたエプロンを広げて彼女はさっそく身に着ける。白地の生地に少し大きめの赤い水玉模様のエプロンはとても彼女に似合っていた。
「あれだ、なんか新妻みたいな感じだ」
「・・ボス、感想がおやじ臭いです」
「にいづま?」
咄嗟に出た林藤の一言に木崎がぴしゃっとそう言い放って陽太郎が首を傾げる。彼女はちょっと照れたようにえへへ、と笑った。
「そういや、六月ってあれだな。ジューンブライド」
「ジューンブライド?」
「直訳すると六月の花嫁、六月に結婚するといいってはなしだろ? ボス」
そう言ってリビングに入って来たのは、こちらもまた任務を終えた迅だった。迅はぎゅっと彼女を抱き寄せる。
「わあ、びっくりした、悠一かぁ」
「んー、ただいま」
「うん、おかえりなさい」
「・・・・マジで新妻だな」
「だからボス、おやじ臭いです」
彼女にでれでれな迅と相変らずな林藤に呆れ果てた木崎は台所へ向かう。迅はそっと彼女を離してやる。彼女は慌てて木崎の後に付いていく。
「まぁ、でも簡単にあいつはやらんぞ〜。この匠父さんの審査は厳しいからな」
「おにいちゃんのおれもきびしいぞ!」
「はいはい、どう転んでもおれがもらうんで」
「うー、れーじなんか恥ずかしい」
「ほおっておけ」
木崎はこの後宇佐美や小南、修たちが加わってまた一段と騒がしくなるんだろうな、と呆れつつもちょっと心に温かい何かが広がった、気がした。