『その二人、鈍感につき!』の場合




 「ねぇねぇ見てください! 真史先生!」

 A級上位を交えた会議が終わり、緊張感から解放された忍田がくあっと欠伸混じりに背伸びをしていれば、そんな愛弟子の声が聞こえてきて、会議室の入り口を振り返る。

 瞬間、視界にまず入ったのは純白の何かだった。彼女の動きでふわっと舞うそれが、いわゆるウェディングドレスだという結論に頭がたどり着くまでに時間がかかってしまった。
 ふわふわと髪を巻いて綺麗に化粧をして、純白のドレスを身に纏う彼女に思わずばさり、と資料を落とした。

 「え!? あ!? はぁあぁ!?」

 思わず立ち上がった太刀川は慌てて綺麗に着飾った姉弟子に駆け寄り、手を取った。ご丁寧にも、隣の奈良坂がやんわり彼女と太刀川の間に入る。その目は余計なことをしてみろ、ぶちのめすぞと言わんばかりだ。

 「お似合いですね」

 「わぁ、蒼也にも誉められちゃった〜」

 ふんわり笑う風間に、彼女は照れたように頬を掻く。 

 「めちゃくちゃ綺麗じゃん!? どうしたの!?」

 太刀川は未だ彼女を穴が開かんばかりに見つめている。

 「いやなに、CM撮影でね。本当は嵐山隊の木虎くんの予定だったんだが、クライアントがもう少し大人っぽい隊員がいいとの事でして」

 「まぁ、それなら彼女をと私が推薦したんですがねぇ。やはりよく似合う」

 「えへへ、ありがとうございます根付さん」

 後から入ってきた唐沢がそう言えば、忍田の前に座っていた根付が胸を張る。彼女を見る目は、愛娘を見るようなそれと似ていた。未だ、忍田は彼女から目を離せずに唖然としている。城戸は、特に何も言わずとりわけ優しい眼差しで静観している。

 「いいでしょ〜、こんなに高級なの滅多に着れないもんね」 

 彼女は自慢気にくるり、と回る。

 「やっべー、超可愛いじゃん」

 「当真さん、あんたは近づくな穢れる」

 「んだと奈良坂てめぇ」

 バチバチとにらみ合いを始めた二人から引き離すように、やんわり冬島が彼女の手を引く。

 「で? こんな可愛くなっちゃって、お相手役は誰なんだ?」

 冬島の言葉に一同はしん、とした。

 そして把握しているのであろう唐沢を一斉に見つめる。流石の唐沢も、そんな彼らの鋭い視線にちょっとたじろいで慌てて答えた。

 「嵐山くんだよ。彼なら、大丈夫だろう?」 

 大丈夫だろう?の一言に力を込める。一同は、あぁ、そいつなら、と頷いて一気に雰囲気が元通りになった。まったく、彼女がらみとなると末恐ろしい。キャスティングを間違えなくて良かった、と唐沢は内心安堵の溜息を吐いた。

 「そう言えば、まだ本部長の感想聞いてませんね」

 沢村がちら、と楽しそうに忍田を見つめる。

 「・・・・・・本部長」

 「あ、あぁ、うん? あぁ・・資料が」

 風間に呼ばれ我に帰った忍田はわたわた散らばった資料を掻き集める。しかし、おぼつかない手から資料はするする逃げていく。

 こんなにも取り乱す師の姿を初めて見た太刀川は驚き半分、溜息をついた。 
 
 「忍田さん、ほらなんか言ってあげなよ」

 「いや! 決して言わないとかいうつもりでは・・・・」

 そう言って顔をあげれば、この上なく嬉しそうに笑う愛弟子と視線が絡む。違う、目の前にいるのは弟子ではない、一人の女だった。
 そんな違いがまだ分からない忍田は、あーだとかうーだとか少し唸った後に

 「・・・・本当に、綺麗だな」

 と思わず呟く。本心だった。

 「・・おや、時間だ。忍田さんにお披露目できた事ですし行きましょうか」

 「あ、はい! じゃあちょっと撮影に行ってきます!」

 唐沢と奈良坂に続いて会議室を後にした彼女は、ちょっと立ち止まる。

 「どうしました?」

 奈良坂がそう問えば彼女は、

 「ううん。真史先生に、綺麗だなって言われたの、嬉しいなぁって」

 だなんて真っ赤な頬を冷ますように手を当てるのだから、道のりはまだ長いな、だなんて思いながら奈良坂は良かったですねと笑った。



 (で、奈良坂のヤローは何だったの?)
 ((彼女の護衛だそうだ。なんでも月見さんの依頼らしい))
 (((いやー、率先してやってんだろあれ)))


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