『恋は思案の外』の場合




 「克己、のど乾いた、お腹すいた、眠い、家に帰りたい!」

 ぶっすう、と頬膨らませた目の前のワガママ少女に唐沢は大きく酸素を吸い込むとそれと同じくらいの量の二酸化炭素を口から吐き出す。

 「今日は注文が多いな」

 「うっさいだまれ」

 つん、と頬を膨らましたまま彼女は顔をそらす。ここ最近、類を見ないくらいには今彼女の機嫌はナナメだった。その原因に心当たりがあるだけに、唐沢は特になにも言えずに困ったように見るだけ。

 今日は定期的に開かれる、資金提供をする企業へのボーダーの現状を説明する、といった名目のパーティが開かれていた。どの企業とも面識があるという事で、唐沢は滅多に出ない人前に出ることになり、一応建前ながらも秘書である彼女も今日だけは着飾ってパーティに参加していた。
 あまりのお転婆っぷりに振り回されててすっかり忘れていたのだが、一応父親が大きな企業の社長である彼女はこういった場に慣れているらしく、すっかり猫を被って唐沢の隣でおとなしくしていた。

 あの、一言が出るまでは。

 「唐沢さん、ずいぶん可愛らしい人形を拾いましたね」

 そういってうすら笑いを浮かべた男は、彼女をじっとりと品定めするように眺めまわしたのだ。
 可愛らしい人形、この一言に穢れた意味を孕ませていることもその男の表情で丸わかりだった。

 ぶちのめしてやる、と言わんばかりにその男に詰め寄った彼女を慌てて引き留めてその場を丸め込むと、城戸に半ば頭を下げるような形で先にホテルの部屋に帰らせてもらったのだ。

 「・・まぁ、仕方ないだろ」

 三十過ぎた男にまだ子供の領域にいる女子高生。当人たちが気にしてなかろうが、はたから見ればいわゆる真っ当な関係に見えないだろう。
 思わずそうこぼせば、ベッドの上で不機嫌そうに座っていた彼女はさらに不機嫌になった。

 「何ソレ意味わかんない。何が仕方ないの? ほんとむかつく、ああいうやつはどうやったら黙るの?」

 ぶうぶう言いながら彼女は寝っ転がり、あっと何か思いついたように再び起き上がる。

 「結婚とーー」

 「ダメだ、やめとけ」

 即否定した唐沢に、ちょっと彼女は傷ついたような顔をする。

 「そんなことを短絡的に言うんじゃない。もっと大きくなって大学行って視野が広がった時、絶対に後悔するぞ」

 そうだ、彼女はまだ若くて高校という小さな世界しか知らない。数年経ってやがて大きな世界に出た時、きっと彼女にはたくさんの選択肢があるだろう、かつての自分がそうだったように。

 そうしたとき、彼女はそんな選択肢を捨ててまで自分と一緒になる道を選ぶだろうかーー唐沢はちょっと自嘲気味に笑った。

 「絶対後悔しない、ぜーったい」

 「いいや、後悔するな」

 「あ、あんたはそんなに私に嫌われたいわけ!?」

 ぶちん、ときれた彼女はツカツカこちらまでやってくると唐沢の目の前に仁王立ちして睨む。唐沢は優しくふ、と笑うとその頬に手を伸ばした。




 「・・いいや、逆だ。君が大切だからこそ、君には後悔ない道で幸せになってほしい。たとえその隣にいれなくとも」

 途端にぶわっと真っ赤になって彼女はただ一言、馬鹿じゃないのと漏らす。こういう時の馬鹿じゃないの、は恥ずかしがっているときだ。まったく、この少女はどこまでも可愛いな、などど思ってしまう自分に半ばあきれた。

 「・・まぁ、君は捻くれているうえにワガママだから、どうしても貰い手がないって時は貰って差し上げますよ。それこそ結婚なりなんなりどうぞ」

 「・・・・うるさい、上から目線で言うなむかつく」

 そう言いながら添えた手にちょっとすり寄る彼女に、唐沢はたまらず笑った。
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