忍田の場合
「じゃじゃ馬がシール集めてる?」
「らしいんだが・・いったいどれなのか・・」
そう言って、二種類のシール台紙を目の前に真面目に悩む忍田に太刀川は少し呆れ気味に見つめた。
あの日以来、彼女のためならばとシールを集めようとしたのだが、どの会社も考えることは同じらしく、同じようなキャンペーンをやっていて彼女が集めていたのはどれだか分からない。
日頃仲良くしているらしい太刀川なら分かるだろう、と忍田はわざわざ太刀川に聞きに来たのだ。
低成績のお叱りかと思って内心震えていた太刀川は、一変して余裕そうな態度でシール台紙を眺めていた。
ぶっちゃけシールはどうでもよかった。お叱りではなかったから。
「あー、こっちだった気がする」
適当にそう言えば、忍田はなるほど、と頷いて去っていく。
この時の太刀川は、まさか本当に忍田がシールを集めるとは微塵も思ってなかったのだ。
「あれ、忍田さん。克己なら今営業行っちゃいましたけど」
ちょうど唐沢を見送って、書類整理をしようと本部の営業部の部屋に来れば、扉の前に忍田が立っていた。
そんな彼の背中に呼びかければ、忍田は振り返ってキリを見るなりちょっと嬉しそうに笑った。
なんだなんだ、と思いつつ待たせていたこともあって慌てて駆け寄る。
「いや、君に渡したいものがあって」
あー。これは、と最近幾度となく上層部メンバーから聞いた言葉に自然と頬が引き攣る。
「集めてるんだろう?」
「・・や、やっぱりー!!」
思わずそう呟けば、忍田はちょっと首を傾げた。ここまで相手が嬉しそうに持ってくるとこちらも無下にはできない。なんとか笑顔を取り繕ってシール台紙を受け取とる、が。
「あれ・・これ違う・・」
「!?」
今度はこちらが首を傾げる番で、忍田の顔が引き攣る。
「慶に・・これだと、聞いたんだが・・」
目に見えてしゅん、とする忍田に慌てて台紙をひっくり返して言った。
「で、でも! これもとっても可愛いなって思ってて欲しかったんです!!」
や、やったー! と半ば震える声で言えば、忍田はちょっと笑ってそれはよかったと呟く。
この一言がきっかけに、皿祭りが激化するのをまだ彼女は知らない。