タイムリミット2





 「おい、大丈夫か」

 この一言から、私の世界に色がついたのだ。


 キリはそっと目を開ける。視界に飛び込んだのは無機質な白い天井。

 (また・・)

 色あせていく。
 キリは再び目を閉じた。




 あの日以来、彼女は講義に来ることはなかった。

 ーーまた会えたら。
 あの時そう言って儚く笑ったのはこういう事だったのか。講義が終わり、風間は彼女が残していった時計を手の中で転がして振り向く。

 「・・木崎」

 この前、彼女が座っていた席には思いがけない人物が座っていた。
 木崎は、風間に呼ばれて気付いたのかこちらを見て軽く会釈する。

 「お前この講義取っていたのか」

 「まぁ、一応。どうかしたか」

 それなら彼女の事を知っているかもしれない。

 「お前、西条キリって知っているか」

 「・・あぁ、キリか」

 名前で呼ぶあたり、かなり親しいらしい。風間はそうだ、と少し期待を込めて頷く。

 「確か、最近は体の調子が良くなくて病院にいると聞いたが」



 彼女は生まれつき体が弱かったらしい。大学も入学できたのはいいものの、来たり来なかったりで、体調の良しあしで出席数が少ないときもあったそうだ。

 「あ、お帰りなさい。隊長。キリちゃんのこと何か分かりました?」

 ぼんやり考え事をしながら隊室に入れば、パソコンで何かをチェックする三上にそう声をかけられた。

 「あぁ。今、入院しているそうだ」

 「なるほど。だから、助けた時も病院にいたんですね」

 そう言って頷く歌川の横で、三上は何やら調べ上げこちらに笑顔を向けた。

 「それなら、今あそこの病院にいた人はこの病院に移されたそうですよ」

 ほらこれです、と見せられた病院のホームページをちらっと見て風間は溜息を吐く。

 「・・いい。木崎が親しそうだったから木崎にかえしてもらう」

 「ええー、もったいない! 大学で会ったのも何かの縁ですって、行けばいいじゃないですか」

 らんらんと目を輝かせる三上の隣で歌川もうなずく。

 「あれだったらお見舞いってことで」

 どうです? と歌川にまでも言われるものだから風間は少し考え込む。そんな風間の背中を三上がグイグイ押した。

 「ほらほら、悩んでないで!」

 「おい、待て。何も今すぐ行くことはない」

 心の準備が、と言おうとしたところで隊室から締め出される。なんなんだ、と憤慨しながらも基地を出ていく足取りは軽かった。



 「あれ、風間さんは?」

 隊室に入れば、何やら悪戯が成功したような笑みを浮かべる三上と歌川に鉢合わせして、菊地原はめんどくさそう、と直感的に感じた。

 「・・なんなの、二人そろって気持ち悪い」

 そう言えば、がっと三上に片腕を掴まれる。

 「さぁ、行きますよ! あの堅物隊長だけでは心配ですから!」

 「そうですね」

 「はぁ? なんなの?」

 菊地原の抗議の声は見事に無視されて、半ば引きずられるように三人は風間を追うのだった。



 ついたのはいいが、ここからどうすればいい。

 受付に彼女の病室を聞くのが手っ取り早いだろうが、関係性をきかれても困る。彼女を助けたボーダー隊員です、と明言するのも億劫だった。

 (・・やはり木崎にあずけるか)

 くるっと今さっき入ってきた入り口から出ようと方向転換したとき、あの声がした。

 「・・あれ、風間さん?」

 慌てて振り向けば、患者服をきたキリがいた。




 「あれ、私風間さんに病院にいるって言ってましたっけ」

 病室へと帰るキリの隣にならんで歩けば、キリはそう言って小首を傾げた。

 「いや、木崎にきいた」

 「あぁ、レイジくんから。そうか、レイジくんもボーダーだもんね」

 うんうん、と頷くキリから目をそらしてあたりを見渡す。見舞いに来たと思われる人は皆、花やらお菓子やらを持って来ていた。

 (・・やはり何か持ってくればよかったか)

 彼女なら何をあげてもありがとうございます、と嬉しそうに笑いそうだが。買うか買わないか悩んで買わなかったのは失敗だったかもしれない。

 「あ、ここです」

 たいしたお構いもできませんけれど、とキリは笑って病室に入る。真っ白で無機質な壁の部屋は、どことなく寂しく感じた。

 「・・それと、ずっと思ってたんですけれど・・」

 そう言ってキリは風間の後ろを指さす。
 途中から見て見ぬふりをしていたが、いい加減にしろ、と言わんばかりに風間は名前を呼ぶ。

 「・・三上、歌川、菊地原。分かっているからこそこそするな」

 「だからいったじゃん、風間さんにはバレてるって」

 「風間さん、お見舞いなのになにも買わなかったんですか」

 「すみません、だけど気になって」

 ずっと後ろでこそこそしていた三人が次々出てきて、キリは一瞬ポカンとした後に笑顔になった。

 「風間さんのお友達ですか?」

 「違う、仲間だ」

 そうですか、と言ってキリの笑顔に無難なものよりもこれがせいかいだったのかもしれない。風間はちょっとだけ笑みをこぼした。
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