シュレディンガーの猫
※若干タイムリミットと繋がってます
聞こえてくる無機質な機械音は日に日に小さくなってきていた。それに比例するように、ゆっくり体も動かなくなっていった。
はじめはほんの、指先。
そこからまるで水の波紋のように広がって動かなくなっていった。ゆっくり、静かに、しかし確実に。
瞼を無理やり押し開けて、瞳だけを動かすとベッド脇を見た。小さなトランプの箱が、静かに佇んでいる。手を伸ばして触りたいけれど、もうピクリとも動かない。
このトランプの持ち主は、少し前に遠くへ行ってしまった。小さいけれど、大きな人。大きくて、温かい人。
「また、くる。少し待っていろ」
あぁ、その一言がどれだけ支えだったか。その一言が、どれだけの夢を見せてくれたことか。
「・・・・そうや、くん」
挫けそうになった時、寂しくなった時に呟く魔法の言葉。
「・・おやすみ、なさい」
せりあがってきた微睡みに意識を委ねる。いつもの睡魔とは違う微睡みだった。ひどく静かで、少しだけ冷たい。だんだん機械音が単一なリズムを刻んで、ついにただの伸びた音になってゆくのが聞こえた気がした。
少しだけ、寝よう。もしかしたら次に起きた時にはあなたがいるかもしれない、なんて期待を抱いて、わたしはまた、夢を見る。
す、と頭に温かい何かが触れる感触に目をさました。そのままするすると頭を撫でてくれるそれに思わず笑って、瞼を開けた。視界に入ってきたのは、ちょっとつんつんした黒髪と赤い瞳。
「おはよ、蒼也くん」
「・・大丈夫か」
「? 何が?」
じっ、と見つめてくる赤い瞳にどきどきしながらキリは聞き返す。付き合い始めてそれなりに経ったが、一向に甘い雰囲気には慣れない。
「泣いていた」
「え、なんで!?」
ぐい、と親指で目尻を拭われて始めて自分が泣いていた事に気付く。
なにか嫌な夢を見た、のかもしれないがあいにく今日は見た夢の内容を覚えていない。思い出そうと頭をひねって出てくるのは昨晩の事だけだ。
「うーーーん、まぁ、覚えてないから平気!」
「またおまえは」
声音こそ呆れたようなものだけれどその実顔は笑っていて。す、と顔が近付いてくるのだから思わず目をぎゅっとつむる。
ふ、と微かに笑う声がした後におでこに当たる柔らかくて温かいものと軽いリップ音。
「起きろ。そろそろ用意しないと間に合わなくなる」
「・・そっか、今日から蒼也くんは遠征か」
ベッドの縁に腰掛けて着替える風間を見つつキリは呟く。なんとなく彼とまた会えないんじゃないかという、あり得ない不安がこみ上げてきた。なんだか今日は、おかしい。
「お前の隊も立候補すればよかった」
「うちは一人受験生いるからね、今回はパスしたの」
よいしょとキリも起き上がると、部屋を出て行く風間の後に続く。
「ねぇ、帰ったら風間隊もうちの隊も巻き込んでトランプしよ! ババ抜き!!」
「・・・・なんだ、いきなり」
「何でもいいから!」
出掛けようとドアノブに手を掛けた風間は呆れたように聞き返すがその実、表情は柔らかかった。
キリは少し息を吸って、笑顔で言った。
「行ってらっしゃい」