雨に溶けゆく
「騙していたのか、キリ」
そう言って顔を歪ませた三輪から吐き出された一言は、鋭利な刃物となってどんな傷よりもキリを深く切りつけた。
「ごめん、ごめんね」
ぐっとキリの右肩を踏みつける三輪の足に力が入る。キリはその痛みを受け入れるように、抵抗はしなかった。左腕がないこともあるが、何よりもこれ以上三輪を傷つけたくはなかった。
キリは、三輪の言葉で言ういわゆる近界民だった。国の命令のまま玄界に赴き、トリガー使いを捕まえるための偵察に来たのだった。
三輪に接近したきっかけは、彼が腕の立つトリガー使いだったこと。
そして、今の状況を招いてしまったのはどうしようもなくキリが三輪に惹かれてしまったこと。
「秀次、」
「・・名前を呼ぶな、近界民が・・!」
一向にやまない大粒の雨は、絶えず二人にふりそそぐ。キリは、トリガーを手放す。
「・・ごめんね、でも私はあなたを傷つけないから」
「黙れ黙れ黙れ!」
そう言ってキリに銃口を向ける三輪の手は、震えていた。キリは換装を解くと、三輪に微笑む。
笑うな、そんな顔で笑わないでくれ。
こうやって銃口を向ける今でも、脳裏に映るのはキリと一緒に過ごした時間だった。
繋いだ時の手の温かさとか、照れた時にする仕草だとかーーとにかく甘ったるい思い出がよぎってしまう。それと同時に、そんな甘ったるい思い出に胸焼けさえ覚えた。
彼女が、近界民だと知ってしまったから。
バケツをひっくり返したかのような大雨の粒が頬を伝う。
「ーー撃って。あなたは、悪くない」
あぁ、これだから、雨の日は嫌いだ。
銃声が雨音に混じって響き渡った。
「あれ秀次、さっきお前の方に行った人型近界民はどうした?」
ふらふらと戻って来た三輪に米屋は問いかける。三輪はそんな米屋をちらりと見、換装を解く。
「・・・・・・逃げられた」
「うっわー、サシでやりたかったのに」
「黙れ」
遠ざかる足音を聞きながらキリは呆然と空を見上げていた。一面重く、暗い灰色の空と大きな雨粒。
耳のすぐそばに放たれた弾は地面に穴をあけ、まだ煙が立っていた。
「・・逃がしてやる。ただ、もう俺の目の前に一生現れるな」
今までに、聞いたことがないくらいに低く、冷たい声だった。
それと同時に、今までにないくらい震えていて悲しい声だった。
ーーもしも、もしも私がここの世界の人間だったら。
そうしたら、明日も三輪の隣にいれたのだろうか。すごい雨だったね、なんて言って晴れ渡る空を一緒に見上げることができたんだろうか。
「っ・・あーあー・・」
いっそ殺してくれればよかった。
でも、それができないくらいに三輪が優しいことも知っていた。
今まで過ごした甘い時間も、涙も、彼の温もりも、雨は全部全部流して、溶かしていくのだ。