今はまだ幼いままで




 「だー! 疲れた!」

 しばらく黙々とペンを動かしていたキリが不意にそう言って、手に持ったペンを放り投げると教科書をしめるとそのままごろりと後ろへ倒れた。
 数分前から難題にぶち当たっていたのかペン先が止まっていたのが見えていたので、特にこの行動に対して何も言わずに向かいに座る奈良坂もペンを動かす手を止めた。

 「もうイヤー、数字もxとかyとか、グラフも見たくないー」

 「我慢しろ。来年で文系選択すればそんな数学とはお別れだ」

 「・・・・今すぐお別れしたい」

 机の向こう側からそんないじけた声が聞こえ、奈良坂は立ち上がるとキリの横に腰を下ろす。

 キリは一つ下の幼なじみだった。
 兄妹みたいな関係性を壊して、恋人として過ごし始めて3カ月。これといって変わらない普段に、奈良坂はじりじりと焦りを覚えていた。

 寝転がっていることによって無造作に広がるキリの髪にそっと触れる。さらさらと指の間から零れ落ちる髪の感触にいちいちどきどきする。しかし、当の本人はちらりと奈良坂を見ると口を尖らせた。3カ月前となんら変わらない空気が満ちている。

 「いいよね、透は頭いいから」

 透、の一言だけがやけに響く。3カ月前には呼ばれていなかった呼び名だ。

 「・・勉強したから分かるんだよ。しなきゃ、分からない」

 「えー? 絶対嘘、透は問題見るだけでなんでも解けちゃうじゃん」

 「そんなことあるわけないだろ」

 一度集中が切れてしまえばしばらく机に向かってもぼーっとするのが目に見えていたので、奈良坂はキリから手を離すと立ち上がる。

 「一旦休憩するか」

 「する!!」

 「待ってろ。菓子を探してくる」

 待ってましたと言わんばかりに笑うキリに、思わず奈良坂も笑い返した。

 今日は来たる定期テストに向けて全くと言っていいほどに何もしていないキリを、奈良坂という監視つきで勉強させるために家に招いていた。
 学校行事の振り替え休日でもある今日は平日で。つまり、それは今現在家に二人きりという状況で。

 いくら彼氏であろうとそれを承知した男から家にこい、と言われて笑顔で付いてくるキリには全く警戒心はなかった。
 もちろんそんな下心からキリを招いた訳ではないが、ちょびっともそういう甘ったるい雰囲気にならない今の距離を残念に思う自分はいる。

 もんもんとしたもの抱えつつ、棚から適当に取り出した菓子と麦茶が入った容器とグラス二つを抱えて部屋に戻る。

 「キリ。食べたらきちんと勉強再開だからな」

 「ねー、透ー」

 真っ先に目に入ったのは、ぱたぱたと動く白い足。

 「なんでこの漫画、二巻だけないの?」

 ベッドにごろりとうつ伏せにまくらを抱えて寝転がるキリがこちらを向く。ほんの数分の間にベッド周りには漫画が散らばっていた。もちろん、そのベッドは奈良坂の物である。

 「・・・・当真さんに、貸したからだ」

 「へぇー、勇先輩こういうの読むんだ意外だわ」

 その間もずっと足はぱたぱた動いていて、その度にスカートの裾から見え隠れする太ももから思わず目を逸らした。

 「でもさぁ、勇先輩と透って案外気が合うよね。なんだろ、好みとか?」

 この無防備な姿も、違う男の話題も、キリは恐らく無意識なんだろう。きっとまだ、自分は兄妹みたいな幼なじみの延長線上にいてキリからはまだまだ頼れるお兄さんなのだ。
 持っていた物を机へ適当に置くと、キリに近づく。漫画を手にまだ何やらしゃべるキリは近づく奈良坂には全く気付いていない。

 「でもさ、私はさぁーー」

 「・・・・・・キリ」

 ぎゅっと後ろから覆いかぶさるとそっと耳に口を寄せて名前を呼ぶ。
 
 「わっ、なになに」

 慌ててこちらを向く頃には遅い。漫画を持つキリの手に自分の手を重ねると、キリの手はびくりと震えた。今までにないくらい熱くて甘ったるい手つきだった。
 そのままわざとリップ音が響くように耳にキスをすれば、ぶわっとそこから熱が帯びてゆく。逃げようとするキリへ御構い無しに奈良坂はもう一度キスをした。

 「ま、待って、なに」

 堪え兼ねたキリがこちらを向いたところで、キリの肩をぐっと掴み仰向けにするとそのまま覆いかぶさる。シーツに縫い付けるようにして手を繋げれば、キリは恐々と奈良坂を下から見つめた。

 「お、怒ってる・・?」

 「・・・・いいや。キリ、少しは意識してくれ」

 「い、意識?」

 そのまま顔を近付けるとそっと唇を重ねる。そういえば、これが初めてかもしれないだなんてどこかで思いつつ、すぐ離すともう一度重ねた。ちゅ、と軽いリップ音を響かせて何度かついばむようにそうした後、もう一度じっとキリを見つめた。
 今すぐにでも強く抱きしめて、もっともっと口づけて、触れたいーー

 「と、透、」

 しかし、ぶわっと熱を帯びた真っ赤な顔であっけからんとするキリに鎌をもたげたそんな感情はしぼんでいった。その顔は、まだまだ幼い幼馴染そのものだった。
 なんだか勝手に一人で盛り上がってしまった気がして、奈良坂は小さく笑うとそのままキリの横に寝転がるーーまだ、手はつないだままだ。

 「なんでもない。キリにはまだ早いんだろうから」

 そう言えば、キリはちょっとむっとした顔になる。

 「そ、そんなことないよ! わかってるよ」

 「嘘付け。真っ赤になってるくせに」

 「こんどは大丈夫! ほらして!」

 そういって目をつむって促すキリの額にそっとキスをすると抱きしめる。

 「ほら、すぐそうやって無意識にするだろそう言う事。だからまだ駄目だ」

 そして体を起こす。不満そうなキリの頬を少しひっぱって、

 「ほら、菓子たべるんだろ」

 と言えば、へにゃっとキリは笑った。

 「うん」

 あどけないその笑顔も仕草もやっぱりまだ幼くて、まだまだ先はながそうだなんて思うと同時にこの空間が何よりも居心地よく感じる自分がいるのだった。










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