貴女の笑顔の理由になれるのならば








 とにかく彼女は不思議な人だった。

 三上の幼馴染だというキリは、どんな時もにこにこ笑っている。ギスギスしている雰囲気も、彼女が加わればひとたび柔らかいものになる。その笑顔が何よりもすきだった。
 ただ、そんな笑顔の裏に抱えるものをその時までは気付かなかった。

 「ーーと、以上になります。また、今回警戒区域外にゲートが発生してしまったことに関しましては、我々は深く受け止め今後はこのようなことが起きることがないように努めていく次第でございます」

 広報に所属し根付の部下でもある彼女は、定期的に三門市への報告と称して近界民の討伐数などを報告する記者会見に出ていた。今回の記者会見は警戒区域外にゲートが発生してしまった事への会見だった。
 いつものふんわりした雰囲気とはまた打って変る、凛とした表情をテレビの画面越しに眺める。

 「しっかりしたものだな」

 珍しくそう褒める風間に三上が自慢げに笑う。

 「でしょう?」

 「なんできみが自慢げにするの」

 くだらないと言わんばかりに菊地原は三上、テレビに映るキリ、そしてちょっと早い心拍が聞こえて歌川の順に視線を移す。

 「・・歌川」

 試しに一言そう呼んでみる。いつもならよくよく周りに意識を割いている歌川が気付かないはずはないのに、彼は菊地原の呼びかけに気付いてないのか、じっとテレビを見つめたまま。ーーもちろん、テレビにはまだキリが映っている。
 これはこれでめんどくさいなと思いつつ、菊地原は頬杖をついて再び名前を呼ぶ。今度は、少し大きめの声で。

 「歌川」

 「・・呼んだか?」

 「呼んでた。ほんとに聞こえてなかったんだね」

 じろっと菊地原に睨まれてすまんすまんと呟く。ただ、視線はちらちらとテレビ画面のキリと菊地原を行ったり来たり。
 キリの事になるといつもそうだ。元来、人当たりの良い彼はどんな人にもさらっと気遣いができるしお世辞の一言二言が飛び出す。まぁ、捻くれた菊地原にこうも世話を焼けるのだからもしも人付き合いのステータスなんかがゲームのように見ることができるのならば間違いなくマックスだろう。

 ただ、唯一、キリにだけは違った。

 ただ挨拶するだけなのに体はガチガチになるわ、声もいつもより上ずるわ、いつものお世辞が消えるわもう後手後手である。しかも、生真面目な性格が災いしてか本人は、それはただ単にキリが容姿端麗すぎるから緊張するとかいう超越理論をたたき出した。だれかコイツに恋とやらを教えてやれ状態である。

 しかも災いに災いは重なり、風間にしろ菊地原にしろ、彼の周りはこうも人に積極的に世話を焼くポジションにいる人物は少ないと来た。なんとなく二人してそういう感情をキリに持っているんだな、と思ってはいるものの口には出さない。よく言えば察しが良い、悪く言えば薄情状態だった。最後の救いである三上はそれとなく歌川とキリが出会うよう仕組んでいるらしいが、歌川の緊張が絶賛発動してしまい、マッハで距離は縮むどころか離れていってる気がする。ここまでくるとご愁傷様としか言いようがない。

 「そう言えば、キリに渡す書類があったんだけれど」

 ちらちらっと三上が歌川を見る。最近、もはや開き直った彼女は珍しく人前で上がる歌川を見て楽しんでいる節はあると菊地原は思う。
 いつもなら俺が届けますよ、なんて気の利いた言葉が出て来るのに歌川はへぇ、そうですかなんてうわっついた声で呟く。

 「歌川くんにお願いしようかなって」

 「・・え、俺?」

 「多分もうすぐキリは帰ってくるはずだから! よろしく!」

 はいはい行った行ったと言わんばかりに歌川を三上追い出し、風間と菊地原を見つめる。

 「二人とも、少しは応援しましょうよ」

 「はあ? めんどくさいから嫌」

 「何故俺が」





 しゅっとした背中を見つけてドキッとする。短く息を吸って、その倍ぐらいの長さで息を吐くとその背中に名前を呼びかけた。

 「キリさん」

 はい、と返ってきた声はちょっと暗い。そんな声に少し違和感を感じつつ歌川は駆け寄るーーが、くるりとこちらに向いたキリの顔に思わず立ち止まった。

 「あ、歌歩に頼んでた資料?」

 にこにこと笑う目元は少し赤い。心なしか声も震えていた。

 「えーっと・・」

 「うんうん、さすが歌歩。完璧だね」

 掛ける言葉を探して逡巡する歌川からすっと資料を受け取るとキリはにっこりした。

 「遼くん、わざわざありがとう」

 その笑顔でさえ痛々しくて、去ろうとするキリの腕を思わず掴んだ。ほとんど、反射的だったその行為に自分でも驚きつつ、歌川は言う。

 「・・話を聞くくらいなら、できるけれど」

 こんな笑顔を見てしまってはほっておけなかった。もしもここに菊地原がいたのならば、お前はおせっかいだと言われてしまうんだろう。





 「・・なるほど」

 半ば無理やりエントランスに誘って飲み物をおごって話を聞き出せば、キリはぽつぽつと話しかけられた。なんでも、あの記者会見の後にアンチボーダーの集団に散々言われたらしい。

 「よくいつもへらへら笑えるなって散々言われちゃって、どうしようもなくて・・あ、でもその人たちの前では泣かなかったのよ、なんだか負けた気がするじゃない?」

 そこまで言うとキリはふう、と息を吐いて手元の缶ジュースに視線を落とす。

 「少ないっていってもそういう人達がいるってことも知ってたんだけどね」

 こういう事よくあるし、と笑うキリに苦労が伺えて再認識する。彼女の笑顔は、こういう辛い事を隠すためのものだったのだと。そして思う。こういう事があるたびにキリは一人背負い込んで泣いているのだろうか?

 「・・正直、今度人前に立った時、笑える自信ないんだ」

 「・・・・俺は、好きだよ、キリさんの笑顔」

 言ってしまってからしまった、とばかりに固まるが不思議と言葉はすらすら出てくる。

 「キリさんの笑顔ってすごいと思う。どんな雰囲気だって明るくするし、こういう暗い時こそそう言うのが必要だと思うし、きっと誰かの力になっているとおもう・・・・だから、負けないでほしい」

 キリはしばらく固まって、緊張の糸が切れたように体をほっと撫でおろすと笑みをこぼす。いつもの、笑顔だった。

 「・・うん、そうだよね。負けちゃ、ダメだよね。ありがとう遼くん。遼くんのおかげで笑えそう」

 「それならよかった。また、なんかあったら俺でいいなら聞くよ」

 ーーそれで、キリさんがそれで笑顔になれるなら。

 その言葉はやっぱり口の中でつっかえて。代わりにぎこちなく笑い返せば、またあの笑顔が帰って来る。もだもだしたものを抱えつつ、彼女のこの笑顔の理由に自分も入っているーーそう思えるだけで今はいっぱいいっぱいだった。










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