グレーテルとヘンゼル いつもそうだ。いつもにこにこ隣にいるのに、ふと気付くとどこかへふらふら行ってしまう。 「東さん」 そう呼ばれて東は振り返る。そこには奥寺と小荒井がいた。 「キリさんならさっきラウンジにいましたよ」 「捜してんでしょ?」 けらけらと笑う小荒井に図星だ、と笑い返す。もうすっかりいつもふらふらといなくなってしまう小さな恋人を東が本部中を捜すことは日課になり、そんな光景が東隊に定着しつつある。 東が少しでも捜すようなそぶりを見せようものなら、一見も奥寺も小荒井もすぐさま情報を言ってくれるようになった。いや、なってしまった、だろうか。 「隊室、その次は練習場、でまたその次は訓練室を見たけど、今のところ成果ナシ、だ」 「うわぁ・・本当にキリさんって神出鬼没・・」 ある人に聞けば、練習場で嵐山と話し込んでただの、また別の人に聞けば加古に菓子で餌付けされただのいろんな話を聞くが、それを頼りにそこへ行ってみればいつもキリは去った後なのである。 いつもは東の後ろをまるで子犬の様に「春秋、春秋」とついて回るのに、ふといなくなったかと思えばこの鬼ごっこが始まるのだった。 「しかも、キリさん東さんがそこにつくころにはもう違う場所にいるしな〜。ほんとあの人アタッカーよりスナイパーが向いてるとおもうんですけど、人を撒くのうまいし」 「そうだな。俺も常々思うんだが、あいつは隠れて攻撃するより真っ向から斬りかかる花形ポジションがいいんだと」 そう言う東の笑顔は優しいもので、案外この鬼ごっこを楽しんでるんじゃないかと思ってしまう。実際、こんなにもふらふらするキリが本当にどこか行ってしまうか不安ではないのかと一見に聞かれていた時、それはないなと断言するあたり、なんとなくわかってしまう。 「あっ、東さんじゃーん!」 そう言ってこちらに駆けてきたのは緑川だった。 「ねぇねぇ聞いてよ! キリさんったらおれからごっそりポイント持ってったんだよ!」 おとなげないいよね! とはなす緑川の言葉から、今度はラウンジから対戦ブースに言ったらしい。 「キリは手加減が嫌いだからなぁ」 このままでは追いつけなくなるような気がして、東は緑川にそう言うと対戦ブースへ向かった。 「おっ、東さん」 さて、数あるブースのどこにいるのかと探していれば今度は飲み物を持った荒船と鉢合わせる。 「やっぱりキリさん捜しですか?」 もはやこの東のキリ捜しは他の隊員にも定着しているらしく、思わず苦笑した。キリに振り回される様をありありと年下隊員に見せているのも当然なのだから。 「キリさんなら緑川と俺をぼっこぼこにした後、まだ足りないみたいで今は米屋とやってますよ」 そう言われてくいと親指で指されたモニターにはこの上なく楽しそうなキリがいた。 「やっと見つけたよ」 ふう、と一息ついて観戦室のソファに座る。 「お疲れ様です」 その姿から散々キリを捜して練り歩いた東が想像できて、荒船は笑うと隣に腰かけた。 「あれだ、チルチルミチルでしたっけ? パン屑のあと追っかけるヤツ」 「それを言うならヘンゼルとグレーテルだろ。それ、俺のことか?」 「それだそれ。だってそうでしょ、キリさんの落としていったパン屑拾う東さん」 この上なくおかしそうにそう言う荒船によせよ、と冗談交じりに言う。パン屑ならもっといい。それをたどれば必ずたどり着くのだから。キリに至ってはその至るまでの手がかりであるパン屑さえ残していかない。ふらふらっといなくなっては寂しいと戻ってくるのだ。まったく、不思議なやつだった。 「でもどうせ帰ってくるんでしょう? そんなに捜さなくてもいいんじゃ?」 「捜さないと捜さないとでいじけるんだよ、アイツは」 「へぇ、またこれは」 「春秋!」 そう話してたところで、観戦室にいつものあの自分の名を呼ぶ声が聞こえる。ふと、ブースの入り口を見ればこちらへ駆けて来るキリがいた。 「聞いて! 米屋と緑川と荒船からごっそりポイントもらった!」 「聞いて! ごっそりポイント持ってかれました!」 「うっさい、米屋真似するな!」 あとはあとは、と指折り思い出すキリの手を握る。キリはきょとん、としたがすぐに嬉しそうにぱあ、と笑った。あまりにも嬉しさを前面に出した笑顔にこちらも笑ってしまう。散々振り回されたことへの小言は言葉になる前に消えていく。 「その続きは隊室戻りながら聞く。またいなくなられたら困るしな。それにお前、まだ課題の途中だったろ。もしかして今日は課題から逃げてたのか?」 「うっ・・」 ほらほら、と手を引いて歩きながら自分よりいくらか小さな手を握り締める。 この鬼ごっこが嫌じゃないのは東がキリを見つけた時の、あの嬉しそうな笑顔が何よりも好きだからというのは少し黙っておこうと思う。 |