しのぶれど 色に出でにけり わが恋は *『木の芽時』の続き。 しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで きっかけは何だったかは覚えていない。こちらの一方的な一目惚れだったのはよくよく覚えている。 よく、想われる側に回ることはあった。「一目惚れでした」なんてざらに聞いたし、そんな一目惚れに戸惑いつつのやんわり断ってきた。 でもそんな一目惚れを自分がして、想う側に回って。初めての感情を持て余しているうちに、彼はどんどん笑わなくなっていった。 「西条くんの家族、近界民にやられちゃったんだって」 ある日、ぽつっと友人が昼休みにそう言った。 「え?」 「ほら、最近西条くん部活やめちゃったでしょ? 顔いいし性格もいいし部活でもエースだったのに、残念だよね」 「だから、最近あまり笑わないのね」 思わずそう呟けば、友人はちょっと目を見開く。 「え、なになに? 遥そういう?」 「えっ!? あ、えっと・・」 「・・すみません」 友人の問いにわたわたしていると、ふと後ろから声がする。振り返れば能面のように表情がないシグレがいた。 「あ、西条くん、」 「・・後ろ、通りたいんですけど」 「ご、ごめんなさい」 「・・あと、陰でこそこそ言わないでくれません? 心象悪いんですけど」 「・・ご、ごめんなさい」 それだけ言ってふい、と去っていくシグレに友人は悪態をつく。 「なにあれ、感じわるー」 それでも、その背中がどうしようもなく物悲し気で、なんとかしてあげたい、と思う気持ちの方が強かった。 初めて名前を呼ばれたあの日から、大分たった。あの日以来、シグレとはよく話すようにもなってシグレが笑う事も多くなった。 本部を何気なく歩いていれば、あの声が耳に届く。 「綾辻さん」 綾辻はすう、と深呼吸して振り返ると笑ってみせる。顔が、熱い。 「こんにちは、シグレくん」 「綾辻さんこれから隊室いくの?」 それ、持ちますけど、とひょいとシグレが綾辻の荷物を持つ。ここは素直に甘えて彼に任せることにする。 「うん、ちょっと今後の打ち合わせを隊でね」 「そっか、綾辻さんまたテレビにでるんなら言ってよ、録画すっから」 そういってにしし、と笑うシグレにつられて綾辻も笑う。 あの後、シグレはどうやらボーダーにエンジニアとして入隊したのだ。ある日、突然基地でエンジニアの服をきてこちらにやってきたシグレを見た時には思わず飛び上がってしまった。 いつも通り、二人の共通の話題でもある本の話をしつつ、綾辻は何気なしに聞いた。 「そう言えば、シグレくんはどうしてボーダーに入ろうって思ったの?」 「んー・・誰かの、ためになればなって思ったから、だと思う、のと・・」 「のと?」 シグレはちょっと気まずそうに眼を泳がせた後に、笑った。 「綾辻さんに、恩返ししたいから。綾辻さんの力になれたらなって。でもエンジニアだし、綾辻さんオペレーターで実質、俺力になれねーし、なんか出鼻くじかれた、けどさ」 ちょっと赤くなってシグレは口ごもる。 「まあでも誰かの力にはなれるし、綾辻さんとはこんな風にいつも話せるようになったから、結果オーライってことで」 隊室につき、シグレは荷物を置くとじゃあまた、と去っていく。 「あれ、あのエンジニアの人と仲良いんですか?」 ふと、先に隊室に来ていた木虎がそう言って綾辻を見、ちょっと驚く。 シグレが去っていった扉をちょっと眉根を寄せてじっと見つめるその顔は真っ赤で、 「・・シグレくんって、狡い」 と、呟く。木虎はちょっと笑って、 「先は長そうですね」 だなんて言うのだからちょっと綾辻は驚いたような顔をして、ばれちゃった、なんて照れくさそうに笑った。 |