壁に耳あり障子に目あり 「で、実際のところ、唐沢さんとはどのあたりまでいったの?」 ばん、と身を乗り出して興味津々、というような沢村のその一言に、キリは飲んでいた紅茶を吹き出しかけた。 ちょうどお昼休みが沢村とかぶり、ならばラウンジで一緒に食べよう、ということになったのだが先程からキリは沢村に質問攻めにあっていた。そして、極め付けにはあの冒頭の質問である。 「な、ななな・・・・!」 みるみる真っ赤になっていくキリに沢村はどんどん笑みを深める。 「ば、ばかじゃないですか! 聞いてどうするんですかそれ!」 「えー? やっぱり気になるじゃない」 それに、と沢村はちょっとジト目になる。 「あんだけ騒いでたんだもの、結果ぐらいは気になっちゃうなぁって」 「っ…」 確かに、上層部や米屋や出水達には散々迷惑を掛けたので知る権利くらいはあるかもしれない。 出水には言いにくかったものの本人から聞かれたので答えたし、米屋はその日中にさっさとメールが来ていたので一番に教えていたのだった。 「つ、付き合って・・あげてます」 「唐沢さんにだけそう上から目線なあたりキリちゃんらしいわね」 ぶくぶくぶく、とストローを吹いてちょっと紅茶を泡立てながらもごもご答える。耳が熱くてしょうがない。 「それは、分かってるの。その、つ、づ、き!」 「そ、それは、まぁ・・・・それなりに、その」 強調され、半ば諦め気味に答えれば沢村はけろっとあー、やっぱりー? と頷く。 「わっ、わ、分かってたなら聞かないでくださいよ!! は、恥ずかしいじゃないですか!! ばか!!」 キリはだん、と紅茶が入ったコップを勢いよく机に置き直す。二、三滴紅茶が飛び散った。 「ごめんなさいね〜、だってちゃんとキリちゃんの口から聞いておこうとは思ってたから」 「うー・・・・!」 悪びれもなくそう言ってサンドイッチをかじる沢村をキリは睨む。しかし、等の本人はしれっとしてみせた。 「だいたいね、べたべた付けられてるからそんな気はしたのよ」 「? べたべた? 付けられてる?」 氷が溶けてすっかり味が薄くなってしまったアイスティーを飲む。沢村はここ、と自分の首の付け根あたりを人差し指で叩いた。 「ご確認ください」 訳がわからない、と顔をしかめるキリに沢村は鏡を差し出す。 ぱっといつも通りの自分が鏡に映りーーある一点に目がとまる。 ちょうどシャツから見えるか見えないかのギリギリなラインにそれ、いわゆるキスマークはあった。 「!!?!?」 思わず鏡片手にキリは立ち上がる。 「う、う、うっそ!! 気付かなかった!!」 愕然とするキリに沢村は笑う。 「今日だけじゃないわよ、結構唐沢さんキリちゃんに付けてると思うんだけど」 「ぶっ飛ばす!!」 半ば涙目でキリはトリガーを握った。 だからか。最近出水が急に不機嫌になることがあったのは。 だからか。太刀川がちょっと呆れたような顔をしてたのは。 だからか。米屋がしょっちゅうからかう目で見てくるのは。いや、これは元からだった。 「毎回毎回キリちゃんにある程度近付いたら気付くような絶妙なとこにあるの。だけど、付けるだけで人前では絶対キリちゃんとべたべたしようとはしないから、結構唐沢さんって戦略家っていうかなんというか」 つまり彼女は俺のものだぞ、という主張ではなく、彼女は少なくとも人のものなのだからそれを知っても近付くなら容赦しないぞ、といった警告なのだ。 「わー!! 沢村さんも気付いてたら言ってくださいよ!! ばか!! 克己はもっとばか!! トマホークでこっぱ微塵にする!!」 「だってつまらないじゃない」 「うー・・・・でも、私知ってるんですからね? 沢村さんが忍田さん好きなの」 このキリの言葉に、今度は沢村が慌てる番だった。反撃開始とばかりにキリは続ける。 「だって、この前だって忍田さんに褒められたあと、喜びのあまり東さん軽くどついてたじゃないですか! ってか東さん巻き添えくらいすぎです」 「み、み、見てたの!?」 「ばっちり、そりゃもう」 ばちばち、とお互いに見つめ合う。お互いにお互いの弱点を握り合っている中、下手に出ると確実に自滅する。 「でも、それだけ愛されてるって羨ましいなぁ。どうせ、こっちは片想いですよう」 先に折れたのは沢村で、ふいと目をそらすと半ばいじけ気味にそう呟いた。 「・・・・でも、こんなことされるんですよ?」 いらいら、とキリはぐっと襟を引き寄せて赤い痕を隠すようにした。 「でもそういうとこもひっくるめて、キリちゃんは唐沢さん好きなんでしょ?」 そう言ってしまった、彼女は性格上こういわれてはいそうです、と素直に肯定するもんじゃなかったと思ってキリを見る。 しかし、目の前のキリは、特にその言葉を否定するわけでもなく、 「・・・・そう、ですけど。好きですけど」 と、真っ赤になって呟く。 ちょっとからかってやろうともう一度口を開いたところで、キリの後ろに歩いてきた人物に気が付いて声をかける。 「唐沢さん」 「どうも」 にこやかにそう笑って唐沢はふと耳まで真っ赤なキリに目を落とす。その表情さえも愛おしそうなのだから、沢村はちょっと苦笑した。 「沢村さんあんまりうちの秘書をからかわないでください。キリ、休憩は終わりだ」 「わかってるわよ! あと克己! 帰ったら話がある」 ぐっと胸倉を掴んでそうすごむキリにたまらず彼は笑った。 「ええ。いくらでも、どうぞ」 「ふん!」 そうそっぽ向いて怒るそぶりを見せても、やっぱりキリは嬉しそうで沢村は呆れたように溜息をつくのだった。 キリの前に現れる前に、キリと沢村の会話を唐沢は偶然聞いていて隣にいた林藤に、 「唐沢さん、顔がちょっとにやけてますよ」 とからかわれたのは、彼女には秘密にしておく。 |