シンデレラタイム






 きっかけは、親がボーダーに資金提供をしたことだった。

 とりわけトリオン量とやらが多いらしいキリは、四年前の大規模侵攻を皮切りに幾度となくあの白いトリオン兵につけ狙われていたのだ。
 心配した親が、ボーダーに資金提供をする代わりにキリにボディガードなるものを付けるように説得したのだ。
 そこで、ボーダーから手配されたのが彼だった。

 「初めまして、迅悠一です。きみは?」

 今思えば、初めて会った時にそう言ってへらり、と笑ったその表情に一目惚れしたのだ。



 「悠一さん、お待たせいたしました」

 学校が終わり、校門まで行けば迅がそこに立っていた。一気に心拍が上がって、火照る頬をちょっと手で覆って冷やしてから彼に声を掛ける。

 「いーや、全然待ってないよ。まぁ、ちょっとお嬢様学校に来るってのが気がひけるかな」
 
 「す、すみません・・」

 「いやいや、キリを守るためなら全然」

 ほら、と言って迷わず差し出される手をキリは笑顔で掴む。
 ちょっと大きな手は、すぐにキリの手を包み込むと指を絡ませるように握る。それがちょっと恥ずかしくて、嬉しくて。キリは上がっていく体温を誤魔化すように、握り返した。

 守る人と守られる人、の均衡を先に崩したのはキリだった。猛アタックの末に恋人となったのだが、迅はことあるごとに、

 「案外キリは大胆だよなぁ」

 なんてちょっと照れたように言うのだから、余計に恥ずかしい。
 いわゆるお金持ちの一人娘の肩書きを持つキリは、世間に疎い。今日は迅に連れられて生まれて初めて立ち寄るアイス屋で、味でうんうん悩んだのちに決めたアイスを二人並んで座って食べていた。
 二段重ねのアイスは、結局迅の物までキリ好みの味になり、ちょっと申し訳ないと思いつつも初めての普通の女の子らしい事が出来たことが嬉しかった。

 「ねぇ、キリ」

 ふと、迅が真面目な顔をしてこちらを向いた。じっとまっすぐ見据えるその瞳に、ちょっとだけ不安を覚えた。

 「なんでしょう?」

 「キリはさ、ずっとおれと一緒にいなきゃならなくなったら、後悔するか?」

 「・・・・え?」

 まるで、終わりがすぐそこに見えているような彼の物言いに、キリは思わず固まる。

 「わ、私、その・・何かしましたか・・?」

 「あー、いや。キリは選びたい放題だから、おれなんかでいいのかなー・・って、泣くなって」

 無意識に溢れ出たらしい涙にキリ自身もびっくりしつつ、ちょっと苦笑いした迅が拭うのを黙ってされるがままにしていた。

 「・・私、むしろ一緒にいたい、です。悠一さんはいつだって温かいから」

 いつだってキリに近付く男は大きな欲を持っていた。貼り付けられた笑顔の裏に見え隠れするそんな欲が、いつだって嫌だった。

 「・・・・んー、そっか。なら、迎えに行くから」

 「・・はい?」

 話の意図が見えなくてキリが思わず首を傾げれば、迅は今までにないくらい優しく笑うとキリを撫でた。

 「時間になったら、迎えに行くから」



 あの日から、どれくらい経ったのだろう。

 キリはぼうっと鏡に映る自分を見つめる。そこには、化粧を綺麗に施されて真っ白なドレスに身を包む自分がいた。
 結局、親が決めた許婚と結婚する事が決まってしまった。嫌だ、という機会はいくらでもあったのに、両親が嬉しそうに紹介してきた彼を拒む事に躊躇してしまったのだ。

 そうして全てをいい加減に引きずったまま、キリは逃げるように迅の隣から消えた。

 「っ・・さいてい、だなぁ・・」

 何やってるんだろう、私。
 ここまで来てしまった以上、もう許婚との結婚しか道はないのに、どうしても迅の隣に帰りたい、だなんて図々しく考えてしまうのだ。
 こんこん、とノックが響いて慌ててキリは涙を拭う。相手にも、親にも迷惑はかけたくなかった。ふと時計を見れば、式まであと数分。きっと迎えが来たのだろうと、キリは扉を開けて固まった。

 「え、なん・・で」

 確かに迎えが来たのだが、開いた扉の先にいたのは予想だにしなかった人物だった。

 「おー、すっごい綺麗だなぁ」

 そう言ってニコニコ笑って立っていたのは、迅だった。

 「ゆ、悠一さん!? 何でここに!?」

 一ヶ月ぶりの彼に、ぶわっと顔に熱が集まる。キリがそう言えば、迅は優しく笑う。

 「言ったろ、迎えに行くって」

 「で、でも・・私、勝手に悠一さんの隣から消えといていまさら・・」

 すごく嬉しい言葉に何も考えずに縋りたい反面、勝手に消えた事が後ろめたい。キリが数歩下がれば、迅はキリの手を引く。

 「知ってるよ。キリは優しいから、相手側も蔑ろにしたくなかったし、親にも迷惑かけたくなかったこと」

 でもな、と迅は続ける。

 「おれは、今、キリがどうしたいのか聞きたい」

 どうする? と優しく手を握られて、きゅっと喉の奥が締め付けられる。

 「わ、私、私・・!」

 「・・うん」

 ぼろぼろ零れ落ちる涙を気にも留めず、キリは吐き出すように言った。

 「いたいです・・!悠一さんの、隣にいたい・・!」

 「うん、了解」

 迅はぐっとキリの腕を引くと、部屋を飛び出して走り出す。キリは慌てて真っ白なドレスの裾をあげると、引かれるままに走る。
 まるでお伽話のように魔法をかけられたみたい、なんて考えていると迅が止まる。

 「こっちの方が早いや」

 ちょっとごめん、と迅はひょいとキリを横に抱え上げると再び走り出した。何も考えずに思わず迅の首に腕を回して、目が合ってキリは真っ赤になる。

 「あ、あの! どこに行くんですか!?」

 「さぁ、とりあえず基地に帰るかなって感じ」

 「え、えぇぇー・・!」

 思わずキリがそう言えば、迅はけらけら笑った。

 「でも、大丈夫。これからはずっとおれはキリの傍にいるよ」

 おれのサイドエフェクトがそう言ってる、なんて茶化してそう言う迅に、キリはぎゅっと抱き着いた。何よりも、今はそんな笑顔と言葉は魔法の様に、キリを包んであったかくしてくれる。

 「そうですね、悠一さんが言うのならきっと・・そうです」

 その後、やはり色んな方向からこっぴどくお叱りを受けるのだが、二人から笑顔が消えることはなかった。












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