スピカ ※色々ねつ造ありです、注意。 「そうだキリ。ここの屋上からなら綺麗に見えるぞ、星」 三雲達を見送り、宇佐美や烏丸、小南が帰宅した後に風呂に入り、ゆっくり基地のリビングでくつろいでいればふと林藤がそうきりだした。 「え?」 いきなり言われたことに、ヨーグルトをすくいつつキリは思わず聞き返す。 「お前、好きだったろ。たしか望遠鏡がどっかあったなぁ」 そういえば、隣の陽太郎が目を輝かせる。 「ぼうえんきょうか・・いくぞ、キリ!」 ちらっと基地の窓から外を見れば、川の水面に星の光がぼんやり反射している。けして三門市は田舎のほうではないのだが、何せ警戒区域に近いこの基地の周りには家の明かりなどないのだ。つまり、星空が綺麗に見える。 今日は雲一つない快晴だったし、さぞかし星は綺麗なのだろう。キリは陽太郎に負けじと目を輝かせ、頷いた。 「あれ、悠一」 屋上に行けば何故かすでに迅がいて、キリは望遠鏡を持ち直して駆け寄る。陽太郎はおぉー、と綺麗な星空に感嘆の声を漏らす。 「来ると思った」 そう言って笑う迅の手を握ってキリも思わず笑う。 「サイドエフェクトは便利だなぁ」 そのまま望遠鏡を設置すれば、陽太郎が慌ててこちらに駆け寄ってきて望遠鏡を覗き込んだ。 ふと、ぽつりと迅が呟く。 「・・・・今頃なら、春の大三角が見えるんじゃないか?」 「はるのだいさんかく?」 キリは陽太郎に合わせるようにしゃがむと、指を指す。 「あれが牛飼座のアークトゥルス、そしてあっちが獅子座のデネボラ。で、最後に乙女座のスピカ。これを繋げて春の大三角って言うんだよ」 「ほーう・・! キリはほしにくわしいのか!」 「まだまだ分かるよ」 そう言って胸をはるキリに、陽太郎はじゃああれは?これは?と質問攻めにする。迅はそんな様子をちょっと後ろから見て、目を細めた。 あれは確か、キリが連れ去られる一ヶ月くらい前だったか。 「春の大三角を見にいこう!」 そんなキリの提案で、星を見にいくことになったのだ。 夕方頃、いきなり家に押しかけてきたキリは望遠鏡を持って準備万端、といったところである。 「見るって・・おまえ、どこで見るか決めたのか?」 この辺は住宅街ということもあって地上の明かりが多い。星は薄っすらとしか見えないだろう。 そんな迅の言葉にキリは笑顔のまま固まり、しだいに引きつらせていく。キリは思い立ったが吉日精神で、計画無しにすぐ実行に移すのは長年一緒にいて知っていた。 「・・・・だと思った。・・あ、でもあそこなら綺麗に見えるかもな」 まだその当時はボーダーが公ではなかったので、ボーダーの面々はあまり人が寄り付かない場所を活動拠点としていた。そこならば、明かりはないし大丈夫だろう。 なによりも、近界民に狙われやすいキリもそこならば夜出掛けても安心だ。そんな迅の内心を露ほども知らないキリは、そんな迅の言葉に嬉しそうに笑った。 「お、何だ迅。それが例の彼女か?」 目的地に着くなり、真っ先に鉢合わせた林藤にそうからかわれて、隣のキリは真っ赤になって繋いだ手を離そうとする。 「いいでしょ。でも、林藤さんにはあげないよ」 迅はそう笑って離れようとするキリの手を強く握る。繋いだ手は、少し熱い。 「お前、その子はここのこと分かってるのか?」 初めて来る場所に、興奮気味にきょろきょろするキリに聞かれないように林藤がそう耳打ちする。 「知らないよ。大丈夫、星を見るだけだから」 こんな事、キリは知らなくていい。彼女には、ずっと近界民の脅威なんて無縁でいい。 そういった意味合いを込めてそう言えば、林藤はそうか、と少し笑って迅を撫でた。 「忍田や最上さんは大丈夫だろうけど、城戸さんには見つかんなよ〜。色々また言われるぞ」 「うん、分かってるって」 「よーし。キリちゃん、だっけ?」 「は、はい!」 唐突に呼ばれてびっくりしたのか、キリはしゃんっと背筋を伸ばす。 「ここの屋上からは綺麗に見えるぞ、星」 そんな林藤の言葉に、二人はぱっと顔を見合わせて笑った。 「わぁ、綺麗!」 屋上につくなり、キリは望遠鏡を迅に押し付けて走り出す。 「あれと、あれとあれで春の大三角!」 「あればっかじゃ分からないよ」 「そんな時に望遠鏡です!」 「はいはいお先〜」 「あー! 悠一ずるい!!」 自慢気に望遠鏡を設置したキリを横に押しやって望遠鏡を覗きこむ。青白く光る星が一瞬だけ視界に移ったが、キリに押されたのですぐ見えなくなった。 「あー、これは名前分かるよ! スピカだよね」 はしゃいで望遠鏡を覗きこむキリに、迅は少し笑って隣に座る。 もとから、キリは星を眺めるのが好きというわけではなかった。迅が母親を亡くし、それをどうにか元気付けようと星を見たその時から、興味が出たらしい。今では迅のため、というよりは自分が見たいから迅を連れ出す、の方が近い。 ただ、それでも迅が寂しくないようにと、星座の話をするという名目で部屋に押しかけてくるキリは、あまりにも温かいのだからふいに泣きたくなるのだ。 「キリ」 「ん? なに?」 まるで星のように、きらきら、と瞬くキリの瞳と視線が絡んで、喉の奥がきゅっとして思わず言葉が詰まる。 「・・・・なんでもない、そろそろ帰るぞ」 「えー、あともうちょっと!」 「はいはい」 いつまでもこうしていたい、だなんて言うのはまるで終わりがあることが前提みたいで嫌だ、なんていったらきみは笑うのだろう。 終わりなんてあるもんか、と。 ただ、終わりの代わりに転機はあった。 あの日、あそこでまた星が見たいと呟いたキリに、連れて行く約束をしていた。 ふと、見えた未来に迅は走っていた。 あぁ、どうして、なんで。 答えの出ない質問が次々と頭に浮かんでは、消える。トリガーを握る手が、汗ばんでいて不快だ。 そうしてやっと辿り着いた約束場所に、キリはいなかった。 無造作に放り投げられた、望遠鏡が夕日に照らされて鈍く光っている。 からん、とトリガーが、手から滑り落ちる。 望遠鏡へと、踏み出す足が、震える。 ーーそこから、ボーダーの活動拠点までどうやって辿り着いたかは、未だに思い出せない。ただ、頭は考えることを拒否したらしく、何も浮かばないで真っ白だったのは確かだと思う。 「おい、迅。今日はキリちゃん来るんだろ?」 いつのまにか、林藤が目の前にいた。 キリ、キリ。そうだ、キリは? 彼女が連れ去られる未来が、みえた。 そして、待ち合わせ場所には、いつも大切そうにキリが抱えていた望遠鏡だけがあった。 ようやく、頭は一つの正解を導き出す。残酷で、迅をどん底に落とす、そんな答えだった。 「・・キリは、キリは・・!」 いきなり泣き出した迅に、林藤は慌てふためく。 あぁ、どうして、なんで。 母の時もそうだった。キリの時も、最上の時さえも。 サイドエフェクトは終わりしか見せないのか。 「悠一!」 大きな声が響いて、慌てて迅は意識を引き戻す。どうやら、屋上のベンチに座っていたらいつの間にか寝ていたらしい。 星空をバックに、キリの不安そうな顔が視界いっぱいに映る。 「こんなとこで寝ちゃダメだよ、風邪ひいちゃう・・・・って、悠一?」 ぐっとキリを引き寄せて抱きしめると、首元に顔を埋める。温かいキリの体に、自然と涙はこみ上げてきた。 「・・・・っ、ごめん」 キリには情けない姿見せたくなかったな、なんて言えばキリは何も言わずにただ、とんとんと迅の背中を優しくさすった。 「・・・・私は、ここにいるよ。戻って、きたよ」 「・・・・・・知ってる、知ってる」 「・・・・うんうん」 何度も何度も確かめるようにキリを抱きしめて、ちょっとだけ顔を上げると星を見る。 スピカは、少し寂しげに、されどいつもよりきらきらと輝いていた。 |