嘘も方便






 最初こそ面白半分だった。

 戦闘などの楽しいボーダーでの生活とは反対に、いつも同じようにだらだら流れていく学校生活にキリという変化が現れた時も、そんなキリに出水が惹かれていくのが手に取るように分かった時も。

 お前、好きなんだろ。キリの事。

 いつもみたいにへらへら笑って冗談交じりの声音でそう言えば、出水は真っ赤になって頷いた。なんだよそれ、本気かよ。と呆れつつ危惧はしていた。いつか、そんな感情がぶつかって曖昧に保たれた、今の友情が壊れてしまう気がして。

 そして、キリと出水の三人で過ごす他愛ない時間が、そんな場所が何よりも居心地が良くて失いたくないことに気付いたのだ。

 出水は気付いてなかったが、キリはいつだって唐沢にだけ女の顔をしていた。バカ、あほ、とか言いながら頬を膨らませるキリはいつだって米屋や出水には見せない表情をしていた。

 それが、いつだって怖かった。いつか出水がキリに思いを伝えて彼女が選択に迫られた時、彼女はどうするのか。その選択肢によって、今の居心地の良い居場所が壊れてしまうこともあったから。

 だから正直、唐沢が彼女を突き放したと気付いたときどれだけ安堵したことか。

 今、キリの中の天秤は少しづつ出水に傾き始めている。

ーーその天秤が完全に出水に傾くまで、この関係を守るためならばどんなことだってしてみせる。



 「陽介!」

 「よ、キリ。お疲れ。まーた出水にフルボッコにされたんだろ」

 パタパタとこちらに駆けて来るキリは長い黒髪を結わいて、ご立腹な様子だ。どうせそんな事だろうと思って、あらかじめキリに献上する予定だったミルクティーを投げてやる。

 「そうなの! 公平がね、まったく手加減なしなのむかつく!」

 「まあそうだろうな。あいつ、手加減とか嫌いだしな」

 「見てなさい、今にフルボッコに仕返してやるんだから!」

 ここでへこたれないでむしろ燃えるあたり、いつもの彼女らしくて思わず米屋は笑う。ここ最近、やっと彼女の笑顔も出水の自然な笑顔も戻って来た気がするのだ。

 「・・何」

 缶を開けてじとっと睨むキリに笑ってみせる。

 「いいや、通常運転で安心したわ」

 そういってわしわしと撫でてやれば、キリは少し照れくさそうに米屋の腕を振り払う。

 「うっさい、ばか」

 ふと、視界の端に映ったものに米屋は真顔になるとキリに言う。

 「お前、もう戻らなくてもいいの? 負けて逃げたと出水に思われんぞ」

 「それは嫌! 今日こそは公平を負かせるんだから!」

 そう言って去っていく背中を見守りつつ、米屋は声をかけた。

 「なんか用ですか」

 「・・怖いな。そんなに威嚇しなくても、もうキリには何もしませんよ」

 そう言ってひょこりと顔を出したのは唐沢だった。少し気まずそうに頭を掻いて苦笑するその男に米屋は笑顔を張り付ける。

 「だったらしばらくキリの目の前に現れないでくださいよ、やっとここまで来たのにな〜」

 「・・君も大概だな」

 キリが出水に傾くためならどんなことだってした。二人にはにこにこしておいて、いつもキリの視界内に彼を入れないようにうまく仕向けてきた。どんな嘘だって、ついてきた。

 ここまできた今、たった一度の出会いで水の泡にするわけにはいかない。

 「とある人の言葉でね、小さな嘘より大きな嘘より通じやすい。小さな嘘は繰り返していれば遅かれ早かれ信じてもらえる、とあるが私はそうは思わないな。小さな嘘っていうのはつけばつくほどもろくなっていくものさ」

 すっと細められた目をじっと見つめ返して、米屋は笑った。

 「じゃあ脆くなるたびに嘘を吐けばいいじゃないですか、簡単だな」

 このままでは埒があかない事が目に見えて、米屋はその場を後にする。何かが軋んでくるっていくような音がした、気がした。










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