そうして大好きな世界は廻る 「キリちゃん!」 聞き覚えのある声に、キリは顔を上げた。 「じゅん! あれ、じゅんもこの学校だったの!?」 「あぁ、キリちゃんがいるはずだから見てやってくれと迅に頼まれてな」 ニコニコそう笑って嵐山はキリの向かいに座る。慌てて散らかった課題やプリントをまとめつつ、キリも笑い返した。 「そうなの。れーじが来るまで待ってるの」 本来この日は二限終わりなのだが、キリが一人で帰る、ということに不安があるらしい迅に三限終わりの木崎を待って一緒に帰るように言われているのだった。 加えて嵐山にそれまでの面倒を頼むあたり、迅は過保護だなぁとキリは内心ちょっと笑った。そんな些細な気遣いが、なによりも彼らしい。 「大学にはついていけそうか?」 「うーん、なんとかなりそう・・なのかな。れーじとかぼすは、大学の勉強は高校のまでの勉強とは全く違う物が多いから大丈夫って言うんだけど」 「まぁ、何かあったら言ってくれ。俺もキリちゃんの力になりたいからな!」 「うん。ありがとう、じゅん」 そう笑いあったところで、何かに気付いた嵐山が手を振る。 「ほら、木崎さんだぞ」 キリが振り返る前に、ぽん、と大きな掌が乗ってキリは笑顔で顔を上げた。 「大丈夫・・そうだな。待たせたな」 「うん、大丈夫。じゅんがいてくれたんだ、れーじもお疲れ様」 「そうか。・・帰るぞ」 そんな些細な一言さえ嬉しくて、キリはたまらず笑った。 「うん」 記憶が戻り、本当にキリが穏やかな生活を手に入れるまでは少し時間がかかった。 まず、五年もこの世界から切り離されていたことは重く、学力も知識も将来さえも同い年からは劣っていた。その辺はボーダーがきっちり責任を持ってやるということで、大学はボーダーと連携した大学へ、将来はボーダーへの就職が確約された。 次に、家族のこと。自分の家族はいたが、当時キリがこちらの世界に帰ってくることは絶望的だった為、近界民の秘密保持の為にキリの記憶諸共消されたらしい。 そうでなくても、いまさらその幸せそうな空間に自分が入っていくことは気が引けた。 「大丈夫、おれがずっとキリの隣にいるから」 泣きたい気持ちをこらえて、キリはそう優しく笑った迅の手を掴んだ。迅がいるなら、大丈夫。 「それならキリは今日から小南キリね、一番語呂がいいわ」 「アタシは宇佐美キリに一票!」 「あ、雨取キリもなかなか語呂がいいと思います・・!」 「三雲キリもいいと思います!」 「空閑キリが一番かっこいいと思うぞ・・ってか迅さんは参加しないの?」 「いいよ、どうせキリの苗字なら将来、迅になるはずだから。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」 「うわぁ。ないっすわ、それ」 「まったくだな」 その日帰ってから、誰の家がキリを引き取るかの話で仁義なきキリ争奪戦が玉狛で始まった。結局キリは林藤に引き取られることになり、玉狛の基地に住みこむようになったのだった。 「キリちゃん、多分この部分が違うんだと思う」 「ここ?」 「うん。この選択肢、二行目の部分がおかしいから」 「なるほど・・おさむ、先生になれるね!」 三雲に指摘してもらった箇所に線を引き、キリがそう笑えば三雲はちょっと慌てふためいた。 「い、いや・・そんな」 「おー、いいじゃん。オサム先生、だな」 「く、空閑までやめろって」 「おさむ先生ー、ここわかりませーん」 「だから、キリちゃんぼくは・・!」 キリと空閑は真っ赤になる三雲を見、目を合わせると笑い出した。 いつだって温かいこの場所が大好きで、たまらなかった。 「キリ」 ふと大好きな声にそう呼ばれて、キリは振り返る。 「悠一! おかえりなさい!」 ばっと駆け寄って思わず抱きつく。迅はそんなキリの頭を撫でるとふわりと笑う。 「はいはい、ただいま」 帰って来てから大分たつというのに、やっぱりこの笑顔と温かさに喉の奥がきゅっとして、泣きそうになってしまう。キリは誤魔化すようにぐりぐりと迅の胸に顔をこすりつけた。 「ってか、あんた連れ去られる前からこんな感じだったの? 外でもこんな風にやってないでしょうね?」 後から入ってきた小南がちょっと呆れつつキリにそう声をかければ、迅はけらけら笑った。 「いやー、キリお前、記憶がないときの動きがちょっとクセになってるだろ」 「そう、かな?」 「はあぁ!? それなら今すぐ直しなさいよ、変なのがよってくるでしょうが!」 「むーこなみいひゃい」 「そう言えば、千佳ちゃんは? 今日はここで三人とも一泊するんだろ?」 迅がやんわり小南の手をキリの頬から外しながら言う。 「あ、今さっき家についたらしいので迎えに行こうかと・・」 そう言う三雲に、キリが提案した。 「なら、私がちか迎えに行こうか? おさむとゆーまはこれから特訓でしょ?」 「それならおれもついていくよ。キリ一人じゃ不安だ」 そうかなー、と首を傾げるキリに部屋にいた一同はうなずいた。 「わあ、意外と外は暗いなぁ」 身支度を整えて迅と共に雨取を迎えに行くために、玉狛の基地を出れば真っ赤な夕焼けが浮かぶ反対側には星が瞬いていた。 「ほら、キリ」 そう言って優しく笑って差し出す迅の手を、キリは笑顔で握る。ぎゅっと握り返されて、少し離れたかと思えば指を絡んできた。 「・・やっぱりここの星の方が、きれいだなぁ」 「そうか」 「・・うん、この世界はきらきらしててあったかい」 キリがそう言えば、迅はちょっと笑った。 「この世界、じゃないだろ。ここはキリがいるべき場所、だろ」 「・・うん、そうだね、そうだよね」 これからもきっとこうやって優しく世界は廻っていくのだろう。ずっと、ずっと。キリは、確かめるように迅の手をまた握り返すのだった。 |