煮ても焼いても食えぬ






 「やだやだやだ!ぜーったいやだ!」

 「ふっざっけんな! おれもぜってー着ねーから!」

 「キリは少しそそったけど、出水はやめろマジできもい」

 「死!ね!」

 ふりふりのメイド服を身にまとった出水はそう言って米屋を勢いよく蹴り上げた。隣のキリは出水よりも短いスカートタイプの上、フリルも数割増しなので真っ赤になってしゃがみこんでいる。

 「しゃーねーじゃん。じゃんけんで負けたらメイド、買ったら調理係って決まりだろ」

 「うう・・言いだしっぺの原理・・」

 「・・と、思うじゃん? 俺こういう時の運はいいんだわー」

 「くたばれ!」

 「てめぇ!」

 そう言って今度はキリも米屋を蹴ろうとした、が。いつものように足を上げた拍子に、ふわっと舞ったスカートに出水は真っ赤になって米屋は口笛を吹いた。

 「白? もしかしてそれ唐沢さんの趣味?」

 「そんなワケあるかぁあぁぁあ! 見るな、言うな、記憶を消せーっ!」

 なんでこうなったかというと、近々行われる文化祭がすべての元凶だったりする。
 出し物がなかなか決まらず、もはや雑談時間と化していたホームルームの時に米屋がメイド喫茶なんてどうか、と提案したのだ。
 ぶっちゃけもう帰りたいという気持ちと面白半分で、とんとん拍子で話は進み今に至る。

 「えーっと、キリのコンセプトはツンデレメイドで、出水は恥じらい女装系メイドらしい」

 「なんなのそのコンセプト!?」

 「ウチのクラスは変態ばっかか!」

 まあまあ、と米屋はニヤニヤしながら二人をなだめる。ぶっちゃけその行動でさえ煽り対象なので、出水とキリは米屋を無性にぶっ飛ばしたくなった。

 「だってほら、キリお前、罵られたい女子ナンバーワンだから」

 「知るか! つかなんなのよそのランキング!?」

 そして、と米屋は続ける。

 「ちなみに文化祭当日はボーダー隊員もわんさか来ます。連携校なめんな」

 「なめてないわよ! くんな! 本部は暇人ばっかか!」

 「・・死んだ、おれの人生終わった。ぜってーうちの隊長暇人だから来るに決まってんじゃん」

 十七年しか生きてねーのに、とか虚ろな目でぶつくさ言いながら出水はしゃがみこんでいる。隣のキリは一生懸命手帳をめくっている。

 「何してんの?」

 「・・スケジュール確認。絶対こんなの克己に見られたくない、一生笑われる」

 「必死すぎだろ」

 どこぞの変人エリートではないが、こんな姿で会ったらあのいつものからかうような笑顔で、頭のてっぺんからつま先まで見られる未来が視えたような気がして、キリは血眼でスケジュールを確認する。

 「空い・・て・・る・・!」

 絶望するキリの肩をそっと出水が掴み、虚ろな笑顔で笑った。

 「いっそのこと一緒に見られて死のうぜ、赤信号みんなで渡ればこわくねーらしい」

 キリの悲鳴が教室中に響いた。



 懐かしいな、と唐沢は文化祭で盛り上がる高校の風景を見て思った。とりわけ自分はクラスの輪の中心であれこれ行事ごとで燃えるタイプではなかったが、悪くはなかった。きっとああやって一緒くたに楽しめるのは学生時代の特権というやつなのだろう。

 何故、唐沢がここにいるのかは先週のキリの言葉がきっかけで、

 「いい!? 来週の土日の文化祭はアレだから、私は裏方でぜんぜん会えないから! 忙しいから!」

 と真っ赤になって言うのだから、これは来ないではいられない。

 一緒に過ごして得た経験上、そうやってキリが必死な時はだいたい唐沢にとって面白いことになっている。雉も鳴かずば撃たれまいとはこのことであった。

 「あ、唐沢さん」

 ふと後ろからそう声をかけられ、振り返れば私服姿の沢村がいた。

 「おやおや沢村さん」

 「唐沢さんも、もちろんキリちゃん目当て・・ですよね?」

 隣に並んで歩く沢村の冗談めかした視線から、そっと顔をそらして問いかける。

 「まあ、そんなところですよ。も、という事は沢村さんもです?」

 「私、っていうか上層部の皆さんがそわそわしてたので、代わりにです。まあ、忍田さんに様子を見てきてくれって頼まれたんですけど。ご一緒しても?」

 唐沢はちょっとだけ沢村を見、笑顔を張り付けた。

 「ええ、構いませんよ。どうぞ」



 「よぉ、ツンデレメイドさん」

 「・・・・・しょっぱなからお前か」

 ニタニタ笑う暇人ボーダー隊員その一、諏訪の出現にキリは思わず頭を抱えた。

 「で、でも! 似合ってます秘書さん!」

 「可愛いと思うけどなぁ」

 「あー・・・・うん。ありがとう日佐人くん、堤さん」

 その隣に座る笹森は真っ赤な顔でそう褒め、堤は楽しそうに笑う。とうに部屋の隅に逃げた出水を恨めしく思わずにはいられない。

 「つーか、お前がメイドとか仕事できんのかよ」

 「で、き、ま、す! けれど、あんたなんかのためにやってやらないんだから!」

 キリがそう言って注文票を叩き付ければ周りがちょっとどよめいた。何故か客の視線がキリに集まる。

 「はい、ツンデレツンデレ」

 「うっさい! さっさと注文しなさい!」

 なんとか注文を取り終えてカウンターに戻ってすでに呆然としている出水に泣きつく。

 「帰りたい、なんかもうベイルアウトしたい勢い」

 「・・・・おれも」

 「大丈夫、大丈夫。キリの罵り言葉と出水の女装で客が増えてっから」

 客を数えていた米屋が、そう言ってキリの肩をたたくとウインクした。

 「むしろそんなやつ帰れ!」

 「西条さん、出水くん! なんか二人の知り合いって人が入り口に来てるよ? なんかイケメン!」

 クラスメイトの一人が興奮気味にそう言ってこちらに駆けて来る。二人の共通の知り合い、となるとーー出水とキリは油の足りない機械の様に、ゆっくり顔を入り口に向けた。

 「おー、じゃじゃ馬に出水ーー」

 「おかえりくださいませご主人さま!!!!」

 「同じくですご主人さま!!!!!」

 そんな太刀川の言葉を遮るように出水とキリは、トリオン体に変身しているとき並の速さで入り口まで駆けると、扉を閉めて太刀川を視界から消す。
 出水とキリは入り口を押さえつつ顔を見合わせた。

 「おいおいおいおい、なんなんだよ、マジでボーダーは暇人ばっかかよ、街守れよバカか? さっきなんか風間さんに会ったし」

 「風間さん!? ・・・・どんな反応されたの?」

 「・・超憐れみの目を向けられた」

 「・・うわぁ、私会わなくてよかった」

 「いやお前、そんな他人事だと・・・・・」

 出水がそう言い返そうとして、何かに気付いて固まる。その視線は、キリではなくその真後ろを見ていた。

 「・・すみません」

 笑いをこらえるような震える声だったがすぐわかる。

 キリが今、この世で最も聞きたくない声だ。出水が口パクで言う。

 『どんまい』

 意を決して思い切り振り返れば、満面の笑みの唐沢がいた。何故か隣に座っている沢村も、笑顔だ。

 「注文いいかな」

 「〜〜〜〜!!!???」

 声にならない悲鳴をあげて、キリは飛び上がる。唐沢はこらえきれなかったのか、とうとう笑い出した。

 「な、ななななんで!!?」

 「いや、キリがあまりにも来てくださいアピールするものだから」

 「してないしてない! バカバカ克己のバカ!」

 もはや半泣きでキリは唐沢の頭をたたく。叩かれる唐沢はくつくつ笑って楽しげにキリを眺めている。顔に熱が集まって注文どころの話ではなかった。穴があったら埋まりたい。

 「でも似合ってるわよ、キリちゃん」

 「沢村さんまでひどいです、許しませんうぅぅ・・」

 「泣くほど嫌か」

 恥ずかしさやら驚きやらがごちゃごちゃになってでてきた涙に、唐沢は苦笑いして拭ってやる。熱いのは頬なのか、唐沢の親指なのかがもはや分からない。

 「い、嫌じゃないけど、嬉しくもないっ」

 「もったいない。似合っていますよ、とても可愛らしい」

 「うっ・・そんな言葉で騙されると・・」

 唐沢は少し周りを見て、キリの手を取って指先に口づけた。

 「ただ、あまり色んな人には見せたくはなかったな」

 瞬間、一気に教室がしんとする。出水は頭を抱え、米屋は面白い物を発見したかのようにニヤッと笑っていた。

 キリは、パクパク口を動かして唐沢を凝視する。ここは家ではなく、人目の多い教室なワケで。と、いうよりもうすでに注目を浴びきっていたことに加えてこの唐沢の行動に、教室は一気にどよめいた。

 「さあ、行きましょうか。沢村さん」

 「え・・あ、は、はい!」

 そんな教室の雰囲気を見た唐沢は上機嫌で去っていく。残されたキリは、へなへなと座り込んだ。

 「・・西条さん、いまの人ってその・・!」

 そのあと、キリは文化祭終了までクラスメイトに質問攻めにあう羽目になったのだった。



 (学生相手に唐沢さんも大人気ないです)
 ((学生だろうが何だろうが、キリ関連には手加減はしないスタンスなんですよ))










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