赤い果実






 「へーい彼女、俺と遊びませんかー?」

 ぶっ飛ばすぞ、と思わず言いたくなるが加古はぐっと我慢する。その代り、並大抵の男ならしっぽ巻いて逃げるような冷ややかな視線を声の主に向けた。

 「・・シグレ、からかってるのかしら」

 「うおー、加古様の絶対零度の視線いただきました!」

 そう言って声の主ーー西条シグレはにこにこ笑って加古の前の席に、あたかも当たり前のように座る。
 顔はまぁまぁ整っているが、頭の中身も性格もちゃらんぽらんそうなシグレというこの男は、つくづく読めない。

 「で、要件はなにかしら?」

 「いやぁ、人生の先輩としてナンパのお手本を」

 そう言ってシグレはにこやかに、後方のほうにいる少年を指す。たしか、彼はシグレの隊の一人で加古の部隊の黒江と同い年のはずだ。

 後輩になんてこと教えてるんだコイツ。呆れて物も言えない加古はとりあえずシグレの中身のなさそうな頭をひっぱたいておく。
 こんなバカでさえ一応A級に属する隊の隊長なのだから、一度忍田は根本的にA級昇格の条件を見直した方がいい。

 頭のよさとか頭のよさとか頭のよさとか。
 まあ、そうすると間違いなく某髭だったり、某リーゼントだったりは完全にアウトである。目の前のシグレも。

 「うちの黒江にこんな風に絡ませないでよ? 貴方の後輩の身のためにも」

 間違いなく黒江なら初見でぶっ飛ばしそうだ。加古は飲んでいたジュースのストローをくわえながらシグレに注意しておく。
 はいはい、とにこやかに笑っているこいつは間違いなく聞いてない。加古の忠告なんか右から左へ流している。

 「で、何の用なのかしら」

 「・・お前さぁ、もうちょいこうなんつーの、甘い雰囲気とかさぁ・・」

 「ナンパの時点でそんな雰囲気微塵もないでしょ」

 「デスヨネー」

 そう言いながらもシグレはふんわり笑って楽しそうにするのだから、まったくこちらの調子が狂う。

 「いや、ね。ようやく俺も免許とれたんでドライブにでも、と。いかがでしょう?」

 「ドライブ?」

 たしかお前好きだったろ、と言いつつ笑う何考えているのか分からないシグレをじとっと見つめた。

 「・・なんで」

 「そりゃ俺が望とドライブしたいから」

 さらっとそう言ったシグレに危く加古はジュースパックを落としかけた。

 「あんたね、人をからかうのもいい加減にーー」

 「そして今なら望が大好きなリンゴつき」

 加古の反論を遮ってシグレはそう言うと、どこから取り出したのか丸いリンゴをテーブルの上に置いた。
 どこまでも赤いそのリンゴのつるつるした表面は、加古が映っていた。

 「スケジュールはお前に合わせるし、行きたい場所の指定もどうぞ」

 シグレはじっと加古を見つめる。

 「いいお返事待ってます」

 真っ直ぐなその瞳に、のど元までせりあがった言葉は、声にならずにしぼんでいく。
 言いたいことだけ言ったシグレはそれだけ言うと、去っていった。

 「・・ドライブ、ね」

 シグレはまるで寄せては引いていく波のようだと思った。

 気付けば完全に相手のペースで、流されるしかないのだーー捕まえられることはあっても、捕まえることはできない。きっと、これからも。

 赤いリンゴを手に取って数回手で転がし、額をくっつけると深く息を吐いた。途端に甘い匂いが鼻をくすぐる。額に触れるリンゴはひんやりしていた。











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