その日まで、待っていて。






 彼女は、昔から人一倍要領が良かった。

 たとえば普通の人間が、十を聞けば二を理解できるとしたら、キリは十を聞いたら十理解できる。

 天才か、と言われればそうとも言えないが凡人かと言われればそうでもない。
 ボーダーに入ったのは同じ時期だったのに、彼女はどんどん高いところへと行ってしまった。

 「あれ、篤くん」

 そう声をかけられ、穂刈は慌てて振り向く。何しろ、その声はずっとずっと自分が想いを寄せる人物のものだからだ。

 「・・キリ」

 「久しぶりだなぁ! 元気だった?」

 穂刈が足を止めれば、混じり気のない純粋な笑顔でキリはこちらへ駆け寄ってくる。その笑顔がとても見たいのに、でも眩しくて穂刈は少し顔をそらす。

 顔は、赤くなっていないだろうか大丈夫だろうか。

 「俺は、別に。・・キリは?」

 「んー、まぁね。ぼちぼち、かなぁ」

 肩を並べて歩いて、他愛ない話をするのがとても嬉しいのに、どうも何かが後ろ髪をひく。

 「・・でも、A級の部隊にされたんだろ? スカウト」

 突っかかっていた言葉を、ようやく口に出せた。キリは、ううん・・と考え込む。

 「そうだなぁ・・楽しいっちゃ楽しいんだなぁ・・やることなすことすっちゃかめっちゃかなのに、あいつら強いから」

 そう言ってふわっと笑うキリに、ずきっと心が痛む。少し前までは、その笑顔は常に自分に向いていたのに。

 どんどんキリが遠くなっていくような気がして、穂刈は知らず知らず拳を握りしめる。

 思い切ってキリにこの思いを伝えようかと思ったこともある。しかし、A級の彼女とB級の自分。
 彼女の方が上の立ち位置にいる、そんな事を理由に小さなプライドが邪魔してしまうのだ。

 キリ

 そう呼ぼうとすれば、彼女の隊の一人が先に彼女の名を呼んだ。

 「あー、もー! またなんかやったんでしょー!」

 ぱっとそちらにキリの目線が移る。そう言いながらも、彼女の瞳は楽しげに光っていた。


 遠くに、行ってしまう。


 思わずキリの腕を掴んだ。

 「? 篤?」

 ふわっと柔らかな彼女の髪が舞って、きらきらした瞳がこちらを向いた。それだけで、心臓が高鳴る。あぁ、こんなにも自分は、

 「・・好きだ、キリ」

 ついうっかり出てしまったが、こうなってしまえばヤケだ。ぎゅっと彼女の腕を握った手に力を込める。

 キリは驚いたように少し目を見開いて、ちょっと笑った。心なしか、顔が赤い。

 「・・うん」

 「でも、もう少し先でいいかちゃんとした告白は」

 「・・・・待ってるね、篤」

 待っていてくれ。君の隣に並べるようになるくらい実力をつける、その日まで。










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