さあ、上をむいて






 彼女には、自分を卑下するクセがあった。初めてあったときからそうだった。

 「・・ストーカーっすかね」

 「・・・・さぁ?」

 出水にそうこそっと耳打ちされて、太刀川は首を傾げる。少し目を合わせて、ばっと二人同時に振り向いた。

 「ひ・・!」

 途端に、数メートル先にいた少女がびくっと震えあがって慌てて隣の通路に身を隠す。かれこれこの一連の流れが一週間続いていた。

 最初こそ、偶然だと思ってはいたがこれが一週間も続けばさすがに、馬鹿の部類にいる太刀川も不信に思い始めたのだ。

 「あー、もうキリがねぇや。俺ちょっと聞いてくる」

 「え、ちょっ、マジすか」

 出水の制止を振り切って、太刀川はツカツカとその少女が隠れている場所まで歩いていく。

 「おい、あんた」

 隠れていた少女はまさか太刀川がこちらに来るとは思わなかったのか、数センチ飛び上がると勢いよく頭を下げた。

 「ごご、ごごごめんなさい!!!! わ、私その、ごめんなさい!」

 半泣きで謝る少女にどうすればいいのか分からなくて頭を掻きむしる。

 「いや、別に怒りに来たとかじゃなくてだな、あー・・何か用?」

 「え、えとですね、あの・・教わりたくて・・」

 「・・俺に?」

 びっくりして聞き返せば、その返事をどうとらえたのか少女はまたひたすら頭を下げ続ける。

 「ごめんなさい! B級のへっぽこが一丁前にA級一位の方に教わるとか図々しいですよね、ごめんなさい本当にごめんなさい」

 あうあうとほとんど泣きそうな少女が見ていられなくて、ぽんぽんと頭を撫でる。これ以上騒がれるのも厄介だった。

 「あー、なんだ。教えるのは一向に構わないけど、むしろこっちが俺でいいのか聞きたい」

 「あ、あの、それはですね・・太刀川さんが、い、一番強いとお聞きしまして・・」

 少女はそう言ってちょっと顔を伏せた。

 「わ、私、強くなりたいんです・・!」

 そう言ってあげられた顔は真っ直ぐで、太刀川はニヤッと笑うとくしゃくしゃっと少女を撫でた。強さに向かってまっすぐな姿勢を見せる人は、嫌いじゃない。

 「よし、とりあえずこっちこい。お前、名前は?」

 「は、はい! 西条キリ、です!」



 キリはとにかく頭が固かった。

 思考よりも先に体を動かす覚派の太刀川に対して、彼女は理詰めで、まず考えてから動く癖があった。

 「お前な、まずはいったん止まるのやめろ。考えるよりも体をうごかせ、体を」

 「は、はい!」

 ぴしっと背筋を背筋を伸ばしてキリは汗をぬぐう。そんな悪い癖以上にキリの長所は、こうやって人の意見を聞けること。そして、まるでスポンジのように彼女は吸収していくのだ。

 かれこれ太刀川の元に弟子入りをして数か月たっていたが、要領よい彼女は太刀川が教えたことはどんどん吸収したのだが、体がついていけない。
 それの対処法はもう慣れるのみなので、太刀川は内心キリのその努力と我慢強さに驚いていた。

 「まぁ、考えられるってのは悪くない。ちょっと待ってろ、もう一回練習室はいれるようにしてくる」

 「は、はい!」

 いったんキリから離れると空いている練習室を探す。そして空き部屋を見つけた太刀川が戻ってくれば、キリは何やら男と話していた。

 あれは、たしかA級のチームの隊長だったはずだ。なんでそんな人物がキリと、と思いつつ太刀川はそこへ近づこうとして固まる。

 キリは震えながら真っ青な顔をして、今にも泣きそうな顔をしていたのだ。

 「・・おい」

 太刀川はかつかつそこへ近づくと、男の肩を掴む。

 「た、太刀川、さん」

 安心からなのか、キリはぽろぽろと泣き出した。ここまで怯えきったキリを初めて見た。太刀川はわしわしとキリを撫でてやると、目の前の男を睨んだ。

 「は、本当にキリは太刀川さんに弟子入りしたのかよ」

 キリ、お前なんかが。

 嘲笑交じりのその一言ははっきりそう言った意味合いがこもっていた。彼女の努力を微塵も知らずに嘲る男に、太刀川は一瞬にして敵意が湧く。

 「お前、誰?」

 喧嘩腰の太刀川をキリが慌てて腕を掴んで制止する。

 「あ、兄です!」

 「はぁ? キリの?」

 そう言ってつま先から頭のてっぺんまで見る太刀川に、男は言った。

 「と、言っても血のつながりはありませんけれど。だから俺はA級、コイツはB級。デキもちがうんです」

 「あぁ?」

 なんとかコイツに言ってやれ、とキリを見やれば彼女は真っ青な顔をして俯いている。

 「ほら、言い返すこともできないんですよ、コイツは。あなたに憧れてここに入ったらしいから、どーせ弟子入りするとは思ってたけど、迷惑だったら適当に見切ってやってください。どうせ時間の無駄だ」

 この一言で、はっきりわかった。
 彼女は日頃からこんな風に言われてきて、自分を卑下するクセがついてしまったのだ。

 「た、太刀川、さん・・」

 捨てないで、と縋るキリの瞳を見て太刀川はキリの腕を引く。

 「キリ、行くぞ。こんなのに構っている方が断然時間の無駄だな」

 「え、」

 おい、と兄の制止を無視して太刀川はそのままキリを練習室に連れ込むと一息ついた。

 「あ、あの・・ご、ごごめんなさい」

 真っ赤になって俯くキリの顎に手をかけてくいっと上を向かせる。驚きで見開かれた瞳は、きらきら涙で光ってとてもきれいだと思った。

 「・・いいか、キリ。もう一つお前にアドバイスしといてやる。上を向け。お前は強くなれる」

 なんたって俺がついてるからな、と笑う太刀川が眩しくてキリはくしゃっと顔を歪ませて泣いた。初めてかけられた、温かい言葉はすっと胸の中に入って来て内側からじわじわ広がっていく。

 「ひゃ、ひゃい・・!!」

 「だー、もう泣くなって」

 「う、す、すみませうぅぅ〜・・」

 びーびー泣き始めたキリを、太刀川は少し笑って抱きしめた。ちょっとだけ、触れた彼の体はとても温かかった。










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