マイヒーロー






 つくづく、キリはずるいと思う。

 「ふざけんなよ!」

 いつもは大好きな手が、今はちょっと不快だ。
 出水はそう叫んで自分の頭をぽんぽん撫でていたキリの手を払いのける。構わず出水は続けた。

 「いつも、いつもそうやって子ども扱いすんな!」

 勢いでだーっと一方的にキリに言って、顔をあげて初めて気付く。キリは、今まで見たことがないくらいに傷ついたような顔をしていた。

 「・・ごめん」

 「っ、」

 それだけ言って、手をおろすキリに余計出水はイライラが増すのを感じた。

 これでは本当に自分は、子供じゃないか。

 なにも言わず、出水はその場を後にする。公平、と呼ぶ声が聞こえた気がしたが、振り返らなかった。



 キリは、八個年上だった。

 ボーダーで初めて射手という戦闘スタイルを編み出した人物で、その戦う姿を初めて見た日の事は、いまでも目に焼き付いてはなれない。

 あの四年前の近界民の存在が知れ渡ったあの悲劇のあの日、近界民に襲われていた出水の前に颯爽とキリは現れた。

 「おー、君。平気?」

 「・・へいき、です」

 きゅん、と軽い音を立てて弾はキリの指示通りにトリオン兵を倒していく。

 まるで、幼いころ夢中になった戦隊ヒーローが等身大でそこにいるような、とりあえずそんな彼女に見惚れたのだ。

 最初こそは、ただ憧れだった。夢中でボーダーの活動を宣伝する番組や、雑誌の記事の中に彼女を見つけては魅入った。宣伝で彼女が隊員を募集した時なんて、親の反対を無視して立候補した。

 そうしてボーダーに無事に入れた時、ボーダーの服を着て忍田の隣に立って、新入隊員の指導に当たる彼女を見つけて胸が高鳴った。あぁ、憧れにまた一歩近づけた、と。
 それからは、彼女に一直線だった。

 「あの、西条キリさんですよね」

 「はーい。そうだけど何?」

 「おれ、射手やりたいんすけど」

 「ええぇ〜、本当!? ねぇ聞いた春秋! 射手やりたいって!!」

 「はいはい、聞こえてる」

 嬉しそうに飛び上がって、迷うことなく出水の手を掴むキリにどきっとする。

 「うんうん、私でいいなら! 知ってることぜんぶ教えるよ!」

 そう言って手を引くキリはとても眩しかった。

 やっと、そうやって彼女と肩を並べて戦えるぐらいの実力はついたと思う。そこで、師匠と弟子という関係から、所謂恋人、というものになった。

 きっかけはいつだって自分の方から。いつも、キリは受け身。だからこそたまに怖くなる。

 もしかしたら、この好意は独りよがりでキリはまだ師弟関係の延長線上だと思ってるのではないか、と。
 そんな中、キリは師匠と弟子だったときと変わらず、よしよしよくやったと出水の頭を撫でるのだから、ついカッとなってしまった。



 「おい、出水ー」

 鬱憤を練習室の疑似トリオン兵で晴らしたところで米屋に呼ばれる。

 「・・何」

 「うっわ、機嫌悪っ。あー、だからか」

 「はぁ?」

 米屋は苦笑いする。

 「キリさん泣いてたから、なんかあったんだろうなーって」

 「は? 泣いてた!?」

 「あの東さんがカンカンだったぞ、泣かせたのはどいつだって」

 米屋のその言葉を最後まで聞かないうちに、出水は走り出す。違う、決して彼女を泣かせたいわけじゃなかった。

 ただ、彼女にちゃんと意識してほしかった。もう、目の前にいるのはもうヒーローに憧れる少年じゃないことを。

 「キリ!」

 ラウンジに彼女の姿を見つけて慌てて駆け寄る。名前を呼ばれたキリは、慌てて笑って見せる。

 「あ、公平。さっきはごめんね?」

 無理に笑う彼女にどうしようもなくて、出水ぐっとキリを引き寄せて抱きしめた。数年前より大きくなった出水は、すっぽりキリを腕の中に収めることができるようになっていた。

 「・・ゴメン、悪いのはおれだから」

 「そんなこと」

 「ただ、キリも悪いからな」

 ぎゅっと抱きしめる腕に力を籠めれば、キリは少し戸惑いながらも出水の背に腕を回した。

 「おれはもう、あの時キリに助けられた少年でも、キリの一番弟子でもねーから。キリの、恋人だから」

 「こ、公平」

 「っ、だから」

 ちょっと上げたキリの額にキスを落とす。

 「キリが可愛い弟子、だとか思えねーくらいカッコよくなってやっから覚悟しろ、ばーか」

 真っ赤になったキリは、少しだけ恥ずかしそうに笑ってうん、と頷いた。











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