Recitative

 もしかしたらひょっこり帰ってくるんじゃないか、あの出来事は夢だったんじゃないか

 そんな願望が、

 どうしてあの時助けてやれなかった

 という呪いに変わって、まるで鎖の様に体に巻き付いて。そうしてしまったのは自分なのに、それを知らぬふりをした。そうしてしまえば、楽になれると思った。
 力を手に入れたって、結局、根本的なところは弱いままーーそんな事実にだって目をそらしかけた時、君が現れた。





 「・・京介くん」

 自室に戻った鳥丸を出迎えたのは、どこか物悲し気な顔をするキリだった。

 どうした、そんな顔をして。

 そう言おうと口を開きかけて、キリの持つ卓上カレンダーに気付く。毎週金曜に丸印がついた、卓上カレンダー。
 喉までせりあがったこの言葉は、まるで風船が萎んでいくかのようにちいさく、ちいさくなっていってしまって、しまいには消えた。

 「やっぱり、京介くんは、」

 じ、と此方を見つめるキリの瞳には非難の色も敵意もなくてーー思わず、烏丸は目をそらす。

 また、目をそらしてしまった。そんな烏丸に構わず、キリは続ける。

 「まだ、あの金曜日にいるの?」





 「あれ、今日は家にいるの? めっずらし」

 むわっとこもった部屋の空気を入れ替えたくて、自室の窓を開ければちょうど同じく窓から顔を出していた木崎と鉢合わせる。ちょうどお互いの家が隣り合っていて近いのだが、とくにキリの部屋と木崎の部屋の位置が同じなのでこういう事はよくある。
 ただ、ボーダーに所属してからというものの、基本あちらで過ごすようになったのでここ最近は鉢合わせしていなかった。なんだか、昔に戻ったみたいだなぁ、なんて思いつつキリは木崎に声をかけた。

 「・・キリこそ、もう本部の寝泊り生活から解放されたのか」

 「そう。学生にあんま無茶させないためだって。こちとらもう十分に無茶させられたっての」

 ぶう、と頬を膨らませて文句を言うキリに木崎は笑うーーただ、どことなくぎこちない。

 「・・・・キリ」

 しばらくためらうような、迷うそぶりを見せた後に木崎はキリの名を呼ぶ。

 「ん? なに?」

 「・・・・・・いくらキリいえどここまで口出しするのも、引けるんだが、」

 珍しくそう言って困ったように頭を掻く幼馴染を見つめる。なんとなく、言わんとしている話題が分かったから。

 「・・・・京介くんのこと?」

 「分かっているなら話が早い。俺は別にお前らの邪魔したいとかいうことは思っていないし、京介がいいやつってことも、俺がどう言ってもキリはどうせ聞きやしないことも知ってる」

 ただ、と木崎は続ける。

 「・・あいつからは絶対に言わないだろうから、言っておく。その上で、考えろ。中途半端な関係はお互いを傷つける」

 知ってるんだ、目の前の幼馴染は。
 時折、烏丸がキリを通して誰かを見ているような目をする理由も、そのたびに苦しそうにする理由も。

 「・・レイ兄、教えて」

 京介くんは、誰を見ているの?

 さすがに、そこまでは言えなくてキリはそれだけ言うとじっと次の言葉を待った。
 木崎はふう、と短く息を吐き出すとぽつぽつと語り始めた。

 「・・・・・・あいつの・・・・あいつの時間は、五年前の金曜日から、止まったままなんだ。そこから、動けないんだよ」


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