Rhapsody




 誰かを忘れてしまう時、真っ先に忘れるのはその人の声らしい。






 真っ暗な部屋の中、烏丸は特に何をするわけでもなくただただベッドの上に座って空を眺めていた。適当に閉めたせいか、少し隙間が空いたカーテンから差し込んだ月の光は柔らかくベッドを照らす。

 ふと、おもむろに携帯を取り出していつもの通りに指を動かす。

 『京介、もしかして寝てるのかな? ちゃんと食べていますか、ちゃんと寝ていますか? 頑張り屋さんなのが京介のいいところだけれど、たまにはちゃんと休んでよね。あ、あとこれを聞いたら連絡ください。じゃあ、また今週の金曜日に!』

 録音されたその無機質な声が今日は、あの高くおしとやかな声に聞こえて、携帯を握る手が震えた。





 「あっ、京介くん!」

 玉狛に少しは顔を出そうと思って基地に寄れば、ちょうど基地から出てきたキリと鉢合わせをする。

 バイト終わりに寄ったので、もうすでに日は落ちて星がちらほら見えていた。横を通り過ぎる人も皆、足早に家へと向かっている。

 「・・・・キリ」

 「こんにちは! 京介くんは今日もバイトだったの?」

 「・・まあ、そんなところだ」

 嬉しそうにそう言ってこちらへ駆け寄るキリに曖昧に笑う。この、笑顔を前にするとどうしていいのか分からなかった。

 素直に、それを受け入れたいのに、何かが後ろ髪を引くのだ。

 「そっかそっか。私はちょっとレイ兄に用事があったんだ。ちなみに今日は本部に泊まり込むつもり」

 そう言ってキリはちょっと溜息をついて、肩に下げた大きなカバンをたたく。ぽんぽん、と見た目に反して柔らかな音がしたから、おおむねその中身は泊まり込みに必要な衣類がぎっしり詰まっているのだろう。

 「・・そうか。ならキリ、送ってく。ちょっと取ってくるもの取ってくるから待ってろ」

 「・・え?」

 嘘、なんで、と慌てふためくキリに一方的にカバンを押し付けると基地に入って取りに来たものを掴む。
 階段をすぐに降りて基地から出ると、そわそわしているキリの元へと戻る。

 「よし、いこうか」

 「え、あ、う、うん・・!」

 ぱあっと笑うキリに、つられて烏丸も笑い返した。





 「で、もうひどいんです。最近、私ってエンジニアじゃなくて召使かなってくらいこき使われてて」

 ぶうぶうそう言ってキリは頬を膨らましつつ文句を言っていた。

 学校のこと、友達のこと、本部でのこと。
 キリはころころ表情を変えて烏丸にはなしてみせた。その変化が、温かくて眩しくて。なんとなく見ていたのだが、見つめられていることに気付いたキリは慌てて言った。今度は、顔が真っ赤だ。

 「ご、ごごごめん!! つまんないね、私ばっか話しちゃって、その・・」

 「・・別に。キリが話しているのを聞くのも、見るのも楽しいし」

 「た、楽しい・・?」

 それ、褒められてるのかなぁ? とキリが首を傾げたところで、ボーダーの本部に入る扉が見えた。

 「わあ、もう着いちゃった。ありがと、京介くん!」

 キリはそう言うとカバンを下げ直すと、真っ直ぐ烏丸を見て、笑った。

 「じゃあ、また今度!」


 そう言ったその声音は、あの日のもの同じだった。

 全てが、止まった、あの日の彼女の声音と。


 「っ、」

 くるり、と本部の入り口に向けて後ろを向く体に合わせて動いた腕を、思わず掴む。ちょっと細くて、温かい彼女の腕。

 「きょ、京介、くん・・?」

 びっくりしたように振り向いたキリは、烏丸を見てさらに目を丸くする。


 違う、この温かさは違う。

 そう分かっていても、離せなかった。


 しばらくそのまま膠着状態になり、重い沈黙が二人の間に流れる。

 その沈黙を、先に破ったのは俯いたキリだった。

 「あ、あのね、京介くん」

 ちょっと俯いた顔から表情を読み取ることはできない。ただ、その声は震えていた。

 「私ね・・!」

 ばっとあげられた顔は、真っ赤だった。ちょっと泣きそうに眉根を寄せて、緊張からか口が何回か何かを言いかけたようにはくはく動く。

 「っ、好き、京介くんが、好き」

 好き、すき、とその一言だけがぼんやり頭を巡る。烏丸はちょっとだけ息を吸い込んで間を置くと、一言、言った。

 無意識に、今まで生きてきて一番最低な感情ががこもっているとも、この言葉でキリを苦しめるとも知らずに。

 ただ、

 「・・俺も、好きです」

 とだけ、掴んだ彼女の腕を見て、言った。


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