Nocturne

 
 一目惚れなんて、おとぎ話の中での話だと思っていた。

 友人が、あまりにも熱心に学校近くの喫茶店のアルバイトの人がカッコいいと語るのだから、冗談半分言ってみれば、そこにいたのは確かにカッコいい人だった。

 「キリ、あそこに一人で行くようになったんだって? やっぱり烏丸さん目当て?」

 ある日、今日も放課後は空いているし彼のいる喫茶店に顔を出そうか、なんて考えているのが親友には筒抜けだったようで、彼女はニヤニヤしながらキリの前の席に座ると椅子ごとこちらに向けてキリの机に頬杖をつく。

 「意外だなぁ。キリって細い感じのイケメンに興味ないのかと・・ほら、筋肉ごりごり! ってのがタイプじゃなかったっけ?」

 ほら、元彼がそうだったでしょと言う友人に、キリは溜息をついた。

 「それ、レイ兄のこと?」

 「あー、それそれ。背中で語る! みたいな人」

 「レイ兄は近所のお兄さん。小さいころから面倒見てもらってんの、彼氏じゃないって何回言わせんの?」

 そう言えば、友人はつまんないとばかりに頬を膨らませた。

 「何ソレ、もったいなー! あんたねえ、あんなに近くにカッコいい人居といてそれとかおかしいって」

 「はいはい、おかしくてすみませんね」

 レイ兄、こと木崎レイジとは家が隣同士だった。親同士も仲がいいこともあって、小さなころからよく面倒を見てもらっていた。

 キリにとってレイジは一生の憧れでありーーそれももちろん兄弟的感覚だったーーあの大きな背中をいつか支え返すことができたら、なんて思うのだ。

 「あんたも行く?」

 いまだぶうぶう文句を垂れる友人にキリはそう問いかける。

 「行きたいけどこの後補修。あー、やだやだ」

 「それはご愁傷様」

 「うー、キリはなんでそんなに頭いいのさ」

 「努力してますから」

 なんで、と問いかけてくる友人にキリは曖昧に笑って見せたのだった。






 木崎がボーダーに入っていた、と聞いたのは彼が既にボーダーに所属してかなりたった時だった。
 なんで私に何も言わなかったの、と言えば彼は、

 「キリは昔からなんでも俺のマネをしようとするだろ」

 もちろん、それを聞いてすぐにキリもボーダー入隊を希望し、親のいう事を聞かずに入隊試験を受けた。

 結果は惨敗だった。テストの点数は申し分ないものの、キリには元よりトリオンとやらの素質が皆無だったらしい。それでもなお食い下がるキリに開発部への道を提案してくれたのは木崎だった。

 「学校は行け。その学校を成績一番で卒業できたら俺が特別にボスに直談判してやる」

 木崎はキリに諦めさせるために言ったと思われるこの言葉は、むしろキリを奮い立たせた。その言葉通り、今に至るまで常に学年トップの成績を維持していた。


 「・・へぇ。西条って意外と負けず嫌いなのか」

 そんな話を、ボーダーと木崎の名の部分をはぐらかしてかいつまみつつ烏丸に説明すれば、彼はちょっと面白そうにキリを見た。

 その視線に、どきりと胸が高鳴る。

 「ま、まあ。私決めたんです、ぜったい一番で卒業して認めてもらうって」

 慌ててジュースが入ったグラスを掴んでストローで吸い上げる。氷が解けたせいもあってちょっと薄くなったジュースはのろのろ喉を下ってじわじわ全身に染み渡る。グラスに付いた水滴が、冷たい。
 ふと、時計を見て大分長居してしまったことに気付いたキリは慌てて立ち上がる。

 「ご、ごめんなさい。もう帰らなきゃ」

 「・・そうですか、また、来てくださいね」

 そう言って笑う烏丸の顔は、ちょっと儚げだった。

 キリは、そんな彼に曖昧に笑って逃げるように店を飛び出す。頬に当たる風は、冷たかった。


 整えていた心拍がようやく落ち着いてきたころ、聞き慣れたサイレンが鳴る。それと同時に目の前に広がる大きなゲート。
 まずい、と思ったときには大きな白いトリオン兵がその目をぎょろり、とキリに向けていた。

 人間、心底怖いものを目の当たりにすると声が出ないのは本当らしい。キリはトリオン兵から目を離せずにただ固まる。大きな巨体がこちらへ近づいてくるーー

 「  !」

 その声がなんて言ったのかは、はっきりとは思い出せなかった。ただ、わかったのは大きな手に肩を掴まれて勢いよく後ろに引き寄せられると、トリオン兵に何かが向かっていく。
 数秒後にはトリオン兵は目の前で真っ二つになり、消えていく。

 「大丈夫か!」

 すとっと目の前に軽々と着地して、キリの手を掴んだのはーー

 「か、烏丸、さん」

 「っ、よかった・・!」

 ぐっと引き寄せられて、そのまま抱きしめられる。

 「そ、そそそ、その・・!」

 状況が呑み込めずに真っ赤になるキリに、烏丸は慌てて体を離すと換装を解く。

 「・・すまない、つい」

 「だ、大丈夫です。そ・・・その、ありがとうございました」

 どきどき、とうるさいくらいに心臓が暴れる。この音は、彼に聞こえないだろうか大丈夫だろうか。

 「・・家まで送る」

 先に、ふいと顔をそらしたのは彼だった。ぐいっと手を引っ張られて帰路につく。顔も、手も熱いのに。彼に移ってしまうのでは? と思うくらいにはキリの手は熱いのに。

 烏丸の手は、とても冷たかった。

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