Serenade
いつの間にか、彼女を呪いにしてまるで鎖の様に自分に巻き付けていたのは、他でもない自分だった。
きっと怒るんだろうな。男だろ! って。
部屋の片づけをしつつ、ふと机の上に置いた卓上カレンダーに目が行く。毎週金曜に丸印が付いていて、呪いがかけられたそんなカレンダー。
烏丸はそれを手に取ると、手に持っていたゴミ袋に突っ込んだ。
もうなにも感じない。むしろすがすがしいとさえ感じる。
「・・・・ごめん。俺、もう先に進むから」
「京介くん!」
ふと、ふわりと部屋と共に舞い込んだ自分の名を呼ぶ声に烏丸は笑った。
今日はやっとキリが退院できるというので病院まで迎えにいく。そのまま二人で玉狛支部へと足を進める道すがら、手持無沙汰に揺れるキリの手に指を絡めて握る。
かあっと耳元まで赤くなるキリに思わず笑えば、ますますキリは真っ赤になるのだ。
「・・京介」
ただ、いいことばかりも続かないもので、玉狛支部に入った瞬間、玄関で仁王立ちしていたのは木崎だった。
後ろの方で「れ、レイジさーん・・」と説得を試みようと迅が顔を出したが、ぎろりと睨まれ、すごすご扉の奥へと消えていく。
彼に弟子入りしてからというものいろんな表情を見てきたが、ここまで目の据わった木崎を見るのは初めてだった。
「れ、レイ兄・・」
「・・キリ、無事に退院できてよかった」
「あ、ありがとー!」
えへへーとキリが誤魔化すが、木崎の視線はさっきから烏丸から一ミリもずれていない。むしろ、繋がれたキリと烏丸の手を見てますます目が据わった。かわいそうに、いまだかつてないほどに怒り心頭な幼馴染にキリはすっかり萎縮してしまった。
木崎がキリをここまで大切にしていたのは知っていたし、彼に怒られるのも覚悟していた。軽蔑されるよりは、断然いい。
烏丸はキリの手を離すと後ろにやり、代わりに木崎に近付くーー目は、木崎に合わせたまま。
「・・・・歯、食いしばれ」
次の瞬間、頬に重くて痛い一撃が飛んできて思わずよろける。後ろのキリがはっと息をのむ。
木崎は拳をとくとふう、と息を吐いた。
「・・・・・・キリをまた泣かしてみろ。次は、ないからな」
「・・・・分かってます。でも、大事にしますんで大丈夫です」
その言葉にふん、と鼻を鳴らしてリビングに戻っていく。なぜか一連の流れを目撃していた(してしまった)迅と陽太郎が絶句しつつ頬を押さえていた。
「きょ、京介くん・・!」
慌てて駆け寄るキリに烏丸は笑う。
「平気。覚悟はしていたし」
「え、えぇぇぇ・・・・」
そのあと、玉狛支部で一緒に食事をとり、防衛任務へ行く前にキリを本部まで送っていく。
「ここまでで平気だよ。ありがとう」
入り口までくるなり、キリはそう言って笑う。名残惜し気に離れた指先から少しづつ冷えていく。
「・・・・また、迎えにくる」
「・・う、うん」
いざ恋人同士になってみると、前より少しぎくしゃくして慣れないのか、キリは緊張気味に笑う。そんなキリに近付いて、頬に手を添えるとキスをした。何度か角度を変えてキスをすると、わがままな自分はもっとキリを求めてしまう。
ふとぎゅう、と目をつむって真っ赤になっているキリの顔が目に入って烏丸は唇と体をはなすと笑った。この先は、きっとまだ彼女には早い。
「行ってくる」
「う、うん・・! 行ってらっしゃい!」
そのまま本部に入っていく彼女を見送ると。トリオン体に換装して防衛任務へと向かう。
明日。どうしようか。
彼女と一緒に何をしてすごして、何をして笑おうか。
久々に思いを寄せた未来はとても温かくて優しくてーー幸せな感情で胸がいっぱいになった。
そうして金曜日は、終わった。