Traumerei
彼女は、五つ年上の幼馴染だった。
「私は京介のお姉さんだもんね」
が、口癖で事あるごとに烏丸に世話を焼いた。お世辞にも、しっかりしているとは言えないし、自分のことだって間に合ってないくせにいつだってお姉さん風を吹かせる変な奴。でも、そんな彼女と過ごす時間が何よりも好きだった。
その日は前日、夜遅くまで宿題をやっていて就寝時間が遅かったこともあって、久々に会う彼女との待ち合わせの時間に目を覚ましてしまった。
「やばいな」
不在着信多数にその少し前に来た留守電が一件。どれも彼女からの物だーーきっと怒ってるんだろうな。烏丸はちょっと笑うと慌てて着替えると携帯、財布を掴んで家を出る。
その日は、三門から引っ越してしまった彼女が遊びに来る日だった。
待ち合わせ場所につくと、遅い! と怒る彼女に謝って、他愛のない話をして、ぶらぶらしてーーそうなるはず、だった。
「きょ、京介!」
待ち合わせ場所にいたのは、恐怖ですくみ上る彼女と、得体のしれない白い化け物だった。
あれはなんだ、どうして、とりあえず彼女を助けなければ。とりあえず、とりあえずーー
「 !」
名前を叫んで、手を伸ばす。瞬間、目の前に広がったのは真っ赤な鮮血だった。
烏丸は、幼馴染が目の前で近界民に殺された。
そんな木崎の言葉にキリは言葉を失う。
「・・一度だけ。一度だけ京介からその幼馴染の写真を見せてもらったことがあるんだが、そっくりだったよ。お前に」
きっと、あの日。
あの日、烏丸が近界民からキリを助けた時に聞こえたあの叫び声は彼女の名前を叫んでたのだ。幼馴染によく似たキリが襲われるのを見て、あの金曜日に重なってしまったんだ。
そしてきっとあの日から烏丸は、キリに彼女を重ねるようになったのだ。
あの日から、あの日からーー不思議と、やはり自分を見てくれていたわけじゃなかったんだと落胆はしなかった。
「・・そっか。とにかく、教えてくれてありがとう、レイ兄」
それだけ言うと、キリはちょっと笑って部屋に戻ってゆく。
きっと、彼も苦しいんだ。
呼ぶ名前も違うのに、自分を呼ぶ声も違うのに、向けられる顔だけは似ていて。どうしても重ねてしまう、けれどそうして彼女にキリを重ねてキリに接することが後々キリを傷つけることも何よりも分かっていてーーだから、苦しそうな顔をするのだ。
進みたい、でも進むことで彼女を忘れてしまうのが怖い。
それなら、私はーー
その日は、烏丸の家で一緒に勉強をしようという話になっていた。そもそも二人で勉強、だなんてロクに進まないことなんてお互いに分かっていて。
ちょっと前なら。何も知らない時ならどぎまぎしてたんだろうなぁ、なんて思いつつキリは進められるままに烏丸の部屋で待つ。
殺風景な部屋だった。その中でも、一段と変わったオーラを醸し出すそれは机の上にあった。
「金曜日にだけ・・・・」
すると聞こえる、背後からドアを開ける音と息をのむ音。キリは大きく息をすう。
助けてあげたい。彼を、彼の時間を進めてあげたい。
烏丸の中でキリが幼馴染と重ねていられていようがいまいが、初めてあったあの日の笑顔に惹かれたのは変わらない。彼を想う気持ちも今だって変わらない。
「まだ、あの金曜日にいるの?」
だから、救いたいんだ。