ずっと夢に見ていたの
けたたましい携帯のコール音で二宮は目を覚ました。
「・・・・だから電源は切っておけと言っただろうが」
腕の中でぐっすり眠る携帯の持ち主ーーキリをちょっと睨む。彼女を起こして退けるのも、起き上がるのも億劫なので空いている右腕を伸ばして音を頼りに携帯を探す。
やっと掴んだ携帯には『ハル』と表示された人物から着信がきていた。まるで自分の物のように二宮は電話に出る。
『おいキリ、起きてんのか?また変な奴に絡まれーー』
声から人物を確認してこいつならば平気だろう、と二宮は無造作に電話をブチ切ると電源を落とす。
それから時計を見、まだ寝る時間があるのを確認すると再び目を閉じた。平日でもちろんキリは高校があるが、最悪車で送ればいい。
携帯を適当に放り投げると細い腰に腕を回すと柔らかな髪に顔を少しだけ埋めた。
「・・・・・・ブチ切りされた」
時は同じくして三門市内の高校の教室で、犬飼澄晴は不満げにそう呟くと携帯を机に置いて突っ伏す。
「間違いなくそれ二宮さんだろ」
向かい合うようにして座る荒船が日誌をパラパラめくる。今日は二人が日直ということで、いつもより早く登校していた。ぽつぽつと登校する人を窓から見つつ、犬飼はそりゃそうだ、と呟く。
「キリだったら絶対起きたってメールすぐくれるから」
「あんまりキリに近づくと二宮さんが黙ってないぞ」
「ズルいよなー、二宮さんばっか」
「ズルくはねぇだろ」
ズルい、ズルいとぼやく犬飼に荒船はため息を吐くのだった。
ずっと身体を包み込んでいた温かな感覚が消えたのにキリは気付いた。試しにぐっと腕を伸ばしてみれば、隣はすでにもぬけの殻でシーツに残った仄かな体温が指先を掠める。
ゆっくり目を開けるとぱちぱちと何度か瞬きをし、ゆっくり身体を起こしていく。特有のこの倦怠感さえ愛おしい。
そのまま立ち上がるとクローゼットまで行き、着るものを身につけていった。
「車で送る」
制服を着てカバンに必要な教科書を詰め込んだ後にリビングへ行けば、すでに起きていた二宮がキリを見るなりそう言った。
二宮の向かいに座ってすでに綺麗に皿に盛られた朝食を食べながら、テレビ画面の上端に表示された時間を見る。確かに、歩いては間に合わない時間だ。
しばらく、キリが朝食をとる音とテレビの音だけが二人の間に流れる。それさえも心地よいーーずっと、こんな光景を夢見ていたから。
キリが朝食を取り終え、準備ができたのをを見計らって二宮はキリの通学カバンを持つと立ち上がる。
「!」
気付いたキリが遠慮からかカバンを二宮から取ろうと追いかけてくる。ひょいとそれを避けると二宮は軽くキリを小突いた。
「いいから早く靴を履け」
むうっと頬を膨らませてみても知らんふりを決めてさっさと二宮は二宮で靴を履くと、車の鍵を器用に片手で取り出すと玄関のドアを開ける。このままでは本当においていくのだろうから、キリは慌ててローファーを履くと、カギを閉めて先を歩く二宮を追いかける。
「カギは?」
閉めたと言わんばかりに頷くキリに手を差し出す。キリはぱあっと嬉しそうに笑うとその手を迷わず掴むのだった。