魔女との契約を、ゆめゆめお忘れなきよう



 「先輩、おまたせしま・・っ・・!」

 すっかり提出を忘れていた課題を担任に届けに行った後にそのまま廊下を走って真っ直ぐ走る。
 あの体育祭の準備の日からしばらくはお互いにまごついてなかなか距離は縮まらなかったものの、最近は一気にその距離は縮んでいく気がした。こうして、放課後にどこかへいこうという恋人らしいことができたのは、その大きな一歩だ。
 どこか浮かれた足取りで待ち合わせの場所、下駄箱へ向かえばそこに見慣れた背中が、二つ、あった。キリはもう片方の背中を見るなり、足を止めてそこに立ちつくしてしまった。その、背中は。

 「あ、あなたは、」

 「ああ、キリ。二宮と付き合いだしたんだって?」

にっこりと形の良い唇が弧を描く。整った顔立ちの、裏に住む化け物ををキリはよくよく知っていた。何度も何度も、自分を蹂躙した化け物を。

 「おまえ、兄がいたのか」

 二宮のその言葉にキリは曖昧に笑う。ぎこちないキリに二宮は何か気付いたのかつかつかキリの前までくるなりぐいと腕を引っ張る。

 「いくぞ。待ちくたびれた」

 「は、はい。えと、その」

 「行っておいでよキリーー門限は、守れよな」

 通りすがりにささやかれたその言葉は、体の芯までも冷やすような、冷たい声だった。

 「仲がよくないのか」

 そのあとせっかくの二宮との貴重な時間でも、どうしてもさっきのあの男がちらついて始終キリは上の空だった。不意にかけられた二宮のそんな言葉に、キリは慌てて背筋を伸ばす。

 「え、えと、仲が良くないというか・・えと・・うまく、いってなくて」

 そう、何もかも。
 その言葉は慌ててのみこんでキリは作った笑みを張り付ける。二宮はそんなキリに、そうか、とだけ呟いた。





 それは、そんな日の数日後の事だった。

 「夏だねぇ」

 「夏ねぇ」

 校庭には夏の日差しがさんさんと降り注いでいた。夏きたる七月、今日は終業式ということで式を終え、後は担任がくるまで何もやることないクラスは夏休みに浮かれた雰囲気が漂っていた。
 ばたばたと下敷きで風を起こしていた友人がにやにや、とキリを見つめる。

 「で? キリは先輩と何かするの?」

 「何かって?」

 「ほら海いったりお祭りいったりさぁ」

 「え、えぇ・・」

 「はー、しっかしまさかキリが二宮先輩と付き合うとはなー・・って、え」

 「キリ」

 友人がキリの真後ろを見て固まるのと、そんな声がふってくるのは同時だった。キリは慌てて振り向く。

 「に、二宮先輩、」

 「おまえ、明後日から一週間予定は空いているか」

 「え、えと、はい。とくに何もないです」

 クラス中の視線を痛いほどに感じながらキリは答える。対する二宮はそんな視線に全く気付いていないのかはたまた無視しているのかーー真相は定かではないが、なにか納得したようにうなずくと、平然としてこう言った。

 「泊まりにこい」

 「・・は?」

 「詳しいことはまた連絡する」

 それだけ言うと二宮はさっさと教室を後にする。キリは油が足りない機械のように友人を振り返る。振り返った先の友人も、キリと全く同じ表情をしていた。困惑、である。

 「だ、だそうです・・どうしよう」



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