プール [ 4/5 ]

 「あっ、とりおかえり!」

 バイトを終え、あるものをキリに渡そうと帰りがけに玉狛へ顔を出せば、目当てのキリと玄関で鉢合わせした。

 「ただいま。って言ってもこれ渡したらすぐ帰るんですけど」

 「? なになに?」

 目を輝かせてこちらへ駆け寄ってきたキリに、渡してやる。

 「・・チケット? どこの?」

 「今、そこのプールの売店でアルバイトしてるから。貰ったけれど俺、どうせ行かないし、バイト先だからちょっと遊びにくいんで」

 迅さんとどうぞ、なんて言われてキリは真っ赤になった。そんなキリに後ろから迅が声をかける。

 「キリ? どうした?」

 「ぷ、プール! いこう! ふ、二人で!」





 「・・・・・・で、なんでみんな一緒なの」

 ちりちりと肌に刺さるような真夏の日差しに目を細めながら、迅はパーカーを羽織ってそう溜息をついた。
 烏丸からチケットをもらったから一緒にプールへ行こう、とキリに誘われて二人っきり、プール、の二文字で頭の中をいっぱいにさせて内心でれっでれしながら、いざ当日を迎えてみれば、待ち合わせ場所であるプールの入り口にはキリーーだけでなく陽太郎、三雲と雨取、空閑、そして宇佐美と木崎までいた。ほとんど勢ぞろいである。

 「んふふ、迅さんざんねーん! キリちゃんと二人っきりプールなんてまだ早いんだから〜! キリちゃんと下心全開デートしたいならこの四天王が一人、宇佐美を倒していきなさい!」

 何故かドヤ顔の宇佐美の隣で空閑と陽太郎はここがプールか!と目を輝かせている。そもそも四天王とは何の四天王だよ、とつっこむのさえももうめんどくさい。

 「ご、ごめんね。れーじに話したら皆も行きたいって・・」

 大き目の麦わら帽子をかぶったキリはちょっとおろおろしながら答える。その横の木崎はどこまでも冷たい目をしていた。

 「・・・・どうせお前はロクなこと考えてなかったんだろ」

 ちょっとでもキリに手を出したら最後、トリガーで粉砕されかねないな、と思ったら背中に冷や汗が伝ったような気がする。だいたい、周りにも自分にも厳しい木崎だがべらぼうにキリには甘い。しまった。サイドエフェクトで木崎にプールの話を聞かれることを阻止しておくべきだった、と迅は内心舌打ちした。とんだサイドエフェクトの無駄遣いである。
 ただ、

 「でも、皆であそぶと楽しさも倍だよね!」

 なんてキリがとても嬉しそうに笑うのだから、おまけがいくらついてこようがどうでもよくなった。





 「で、結局こうなるじゃん?」

 「ほらほら迅さん、文句言わないで浮き輪膨らませて!」

 「・・はーい」

 ついて早々、拠点を確保するなりプールが初めてだという興奮気味の空閑と相変らず保護者のごとく世話を焼く三雲、そして雨取にキリは連れられて波のでるプールへ行ってしまった。宇佐美に浮き輪を膨らませる係に任命された迅は絶賛浮き輪を膨らまし中だった。前言撤回、いくら可愛いキリの笑顔があろうがやはりおまけはいらない。
 はやくはやく、と一刻も早くキリたちの元へ向かいたい陽太郎にせかされつつ迅は浮き輪に空気を入れていく。

 「そう言えば小南は?」

 「防衛任務。すっごい悔しがってたよ、あたしもキリとプール行きたい! って」

 「別にそれはどうでもいいや・・あー・・キリと二人っきりプール・・」

 「・・・・迅」

 「何でもないです、ゆるしてくださいレイジさん」

 ようやく膨らまし終わり、陽太郎に渡したところでキリたちが帰ってきた。

 「すごいな! 波がきたぞ波が! そういうトリガーか? こっちのは何だ?」

 「あれはながれるプールだな」

 「あ、遊真くん、陽太郎、待って!」

 「おい空閑、千佳、陽太郎、走るな危ないだろ!」

 今度はキリに代わって陽太郎が加わり、四人は嵐の様に去っていく。木崎はそんな四人に溜息をつきつつついていく。四人だけにするとろくなことが起きないと踏んだのだろう。そんな後ろ姿を見ながらキリは笑いながら迅の横に腰かけた。

 「すごいんだよ、ゆーまいがいと泳ぐの上手なの。おさむはへたっぴだけど」

 「・・ねぇキリ

 「? わわ、」

 ぐい、と片手に浮き輪を持った迅に引っ張られて立ち上がる。そのまま引き寄せられて、

 「いこうよ、おれたちも」

 なんてささやかれて真っ赤になる。ちょうど宇佐美は飲み物を買うためにここにはいなかった。今がチャンスとばかりにキリの手を引いてプールサイドを歩き出す迅に、キリはされるがままだった。





 「ゆ、悠一って、肌白いよね」

 「んー?」

 あの後、流れるプールにつくとキリは身長が足りなくて浮き輪を使い、迅にそのまま後ろから浮き輪ごと後ろから抱き込まれるような体勢になる。休日と気温の高さも相まってプールは人でごった返していた。

 咄嗟にでたその一言にそうかぁ?なんて言う迅にキリはうなずく。そしてまた沈黙。

 迅との関係は恋人、なんだとは思う。あの日、好きだと言われて以来それらしい告白もないままずるずると今日この時まで来ている。
 まだ、キリのなかでは時間がちゃんと動いていない。ただ迅の隣に帰ってこれたことが嬉しくて、それだけでいっぱいいっぱいだった。でもきちんと時間は流れていて、五年という月日は迅をただの幼馴染から一人の男にしてしまっていた。それが、キリをとてつもなく混乱させた。
 迅もそれをよくよく分かっていて、好きだというけれどそれ以上に迫ったりはしない。ただ、キリがきちんと整理するのを待っていてくれる。一回りも二回りも体は成長してもこういう優しいところはちっとも変わらない。それがただ、嬉しかった。

 「あのね、」

 「なあ、」

 沈黙に耐えかねて口を開けばちょうと迅とタイミングがかぶってしまう。

 「あ、ごめん。悠一いいよ」

 「いや、キリこそ」

 あわててお互いに譲り合う言葉も重なって、顔を見合わせると思わず笑い出した。

 「もう、悠一タイミング悪すぎ」

 「おれじゃないだろ、キリだろ」

 「ぶっ」

 そう言って悪戯っぽく笑った迅に水をかけられる。負けじとキリもかけ返した。

 「あのね、今日みんなでこれたのももちろん嬉しいけれど、悠一とこうして笑えるのが何よりも楽しいの」

 笑って、笑った後に思わずそう言えば迅はちょっと固まって赤くなる。へぇ、こういう顔もするんだなぁとおもう自分だって顔が熱い。

 「・・おれも、おれもだよ」

 そっと額を重ねて笑う。当たり前の幸せが、ちょっと照れくさくて何よりもうれしい。

 そのあと、まんまと陽太郎に見つかったので流れるプールで謎の鬼ごっこが始まり、これまた何故か異様に泳ぎが上手い空閑に捕まることになることを迅はまだ知らない。


 







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