03
がこん、と自動販売機からでてきたジュースを取っておつりを財布に入れていると、不意に声をかけられる。
「あれ、あんたこの前の」
「?」
振り向けば、キリよりもいささか年上といったところの男がいた。何故か髪はぐしゃぐしゃで、髪を撫でつけながらそういう男はキリの顔をみてやっぱり、と呟く。
「・・どなたですか」
今はすこし虫の居所も悪いこともあって、距離をおいてぶっきらぼうに聞く。
「慶! だから日頃から・・って西条くん」
後からこの男を追いかけてきた方は、キリにもすぐわかった。あの会議室にいた、あの男だ。
「ええっと・・忍田さん、でしたっけ」
「なになに、この子忍田さんの知り合い?」
いったい何者だ、と言わんばかりに慶と呼ばれた男はキリを頭のてっぺんからつま先まで凝視する。
「そうか、慶は知らなかったな。この子は訳あってボーダーの保護下においている西条キリくん。そしてこっちは私の教え子の太刀川慶だ」
「どーも。あ、あれか、お前、出水が言ってた」
「・・はい?」
キリがすこし警戒気味にうかがっていると、太刀川は続ける。
「どうして保護? あんたは戦わないの?」
「・・はい?」
太刀川は少し好戦的な目をして続ける。
「だって、トリオン量すごいんだろ? 使わない手はないだろ。しかも、保護なんていらなくなるし」
「え・・?」
「慶」
余計な事を言うな、と隣の忍田が叱咤するがキリはなにやら考え込む。
(たしか、出水はトリガーってのがあればって・・)
「あの、忍田さん。だったら私、トリガーってのを使ってみたいです」
その言葉に、太刀川はにやりと笑って忍田は苦い顔をする。
「だがしかし・・」
「もう嫌です。近界民から逃げるのも」
この力で誰かが離れて行ってしまうのも。出水は離れないと言ってくれたーーだけれど。
ぐるぐるしていた考えを少しずつほどいて、答えを出していく。
「もう逃げたくないんです。自分で、戦いたい」
忍田はまっすぐキリの視線を受け止め、頷いた。
「分かった城戸さんに話してみよう」
「ありがとうございます」
「よーし、そうとなりゃあんたはこっちだ」
「ちょっと! なにすんですか!」
太刀川にひょい、と小脇に抱えられてキリは抗議の声を上げた。
「なにって、特別にA級一位チームが直々にあんたに特訓してやるってことだよ」
「・・なんでキリがここに」
「・・なんで出水がここに」
太刀川に抱えられてやってきたのは、いつだか出水に連れられてきた隊室だった。
今日はまだオペーレーターの子は来ていないらしく、扉を開けて早々今もっとも会うと気まずい人物と鉢合わせする。
「じゃあ、とりあえずトリガーの説明ーー」
「慶! 逃げるな話は終わってないぞ!」
「・・はいはい、いきます」
太刀川も忍田の怒号に呼ばれてうなだれながら去っていく。部屋にはキリと出水だけになる。
「・・説明してくんない?」
「あっ、そ、そうだよね」
ぎこちない空気にキリは引きつったように笑う。そして、何かを決めたように言い出した。
「・・私、トリガー使えるようになりたい」
「キリが? お前、そんな簡単なことじゃ」
「・・分かってるよ、出水。・・そ、それと」
ここで大きく息をすう。
「・・昨日の、こと・・」
一瞬、出水は目を見開いて、今までにないくらい優しく、そして切なく笑った。
「・・聞かねーよ、その顔で分かるって」
「え、でも」
「ただし、お前射手やれ。トリオン量も申し分ないし、おれがみっちりしごいてやる」
なにも言わないうちにとんとん進んでいく話にキリは戸惑う。答えを出したことで、出水が離れていくような気がしてキリは名前を呼ぶ。
「出水、」
「なんだよ、その顔」
なっさけねー、と笑う出水はくしゃくしゃっとキリの頭を撫でた。
「いったろ、おれはお前から離れねーって。これからもよろしく・・つっても、訓練はビシバシやってやる」
「・・うん」
「勘違いすんなよ、鍛えるのも教えるのもキリのため。それ以上の事はやってやんねー」
「・・うん、うん。ありがと、出水」
そう言えば、彼は以前と変わらない笑顔でおう、と言ってくれるのだからどうしようもなく泣きたくなるのだ。
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